第97話 彼女たちの話
キーンコーン……
チャイムが鳴る。それは放課後の延長にある、部活動の終わりを告げる鐘。正確には、その十分前を知らせるものだ。
この学校では、運動文化系関係なく、部活動で残っていい時間が決められている。これはそのリミットを知らせる十分前の鐘。
これにより、生徒たちはそれぞれ片付けに取りかかる。
「おっと、もうこんな時間か……じゃあみんな、今日はここまで! 片付けるよー」
それはここ、調理部も例外ではない。チャイムを聞いた彼女……如月 由香は、パンパンと手を叩く。
まだ続けたい生徒もいるようだが、仕方ない。続きは明日だ。
由香が顧問を務める調理部では、五十を越える生徒が所属している。
そのほとんどが女子で、皆日々スキルアップに励んでいる。
さて、この調理部では、年に何度かある料理大会というものに、毎回出場しているのだ。そこでの優勝経験は、一度や二度ではない。その実績が認められ、学内でも比較的優遇されている。
その顧問である由香も然り。
なにしろ、調理部が大会に勝ち始めたのは、由香が顧問として入ってきてからなのだ。
ただでさえ異性の目を惹くプロポーションに加え、調理部を優勝へと導いた実績。
さらには、誰にでも優しく親身になって話してくれる嫌みのないその性格は、異性のみならず同性からも人気がある。
それが教師生徒関係なくというのも、また然り。
特に、思春期真っ盛りの男子生徒からはそういう目を向けられ、女子生徒からは話しかけやすさからよく話しかけられ……と実に慕われている。
生徒から相談を受けることも多く、それが由香は誇らしかった。
教師というよりも、友達という感覚で接してくる生徒たちに対して、もしかして教師らしくないかもしれないと思ったことは、あるのだが。
「せんせー、さよならー」
「はい、さようなら」
片付けを終えた生徒たちを見送り、ほっと一息。後は最終確認をして、帰るだけだ。
残っているのはもう、由香自身と、もう一人……
「んお、どうしたの?」
ポツンと一人残っている生徒は、何事あったのか由香をじっと見つめている。はてどうしたのだろうか。
そう思っていたが、やがて生徒は周りに、誰もいないのを確認してから……
「あの、ちょっとお話いいですか……由香先生」
こう、話しかけてきた。なんの用かはわからないが、断る理由もない。というわけで由香は……
「ん、いいよー。じゃあ帰りながら話そっか、リミちゃん」
こちらを見上げてくる生徒……リミを見返して、答えた。澄んだ赤い瞳が、まるで鏡のように、由香を映し出している。
リミ・ディ・ヴァタクシア。誰が呼んだか『校内二大美少女の』一人として人気の彼女は、由香とは少々容姿が違っている。
それは腰まで伸びた白髪……といった、髪型の違いなどというものではない。頭から生えたウサギの耳、おしりにある尻尾……これが、二人の違いだ。
逆に言えば、これ以外に大した違いなどない。
自分より十も年が下の少女なのに、羨ましい要素がいっぱい詰まっている。
綺麗な髪、宝石のような瞳、雪のように白い肌……あぁ、いいなぁ。十代いいなぁ。
「先生?」
「ふぁっ! な、なんでもないよ!」
不思議そうな顔をされてしまった。なんとかごまかせたと思うが、気をつけなければ。
室内の戸締まりを済ませ、部屋を出る。下駄箱……ではなく、職員室に向かって二人で歩く。
思えば、こうして並んで歩いたことは、そんなにない。というか、話し掛けられることがない。
あ、いや、話はするのだ。正確には……あんな真剣な顔で話し掛けられることは、あまりない、だ。クラスも担当だし、部活の顧問だ。話す機会ならたくさんある。
そのほとんどが、彼女の作った料理の味見であるが。
由香はいつも、リミの味見は断らない。そんなことをすれば失礼だからだ。どんなにまずくても、断らない。どんなにまずくても。
不思議なのが、リミは別に変な作り方をしているわけではない。ないのに、まずいのだ。
こういうのはたいてい、自己主張の強い人が、オリジナルを入れてみました! と変なものを入れるからまずくなるというのが、ありがちだ。
だが、リミはそんなことはしていない。レシピ通りに作っている。それなのに、まずい。
もしかしたら味覚オンチなのかもしれない。リミは、自身の料理を普通においしいと思っているらしい。だがその他の料理も、みんなと同じ感想なのだ。
だから味覚オンチかも、はっきりとはわからない。自分の料理に対してのみの味オンチだろうか。
「えっと、準備してくるから、ちょっと待っててね!」
職員室にたどり着き、リミを外に残して由香は中へ。
部活が終わったことで、由香ももう上がりだ。さっさと準備を済ませて、リミと一緒に帰ろう。
由香にとってリミは、単なる生徒の一人……だけではない。
幼なじみ……彼と、深く関わりのある人物だ。リミ自身は、彼に対して負い目を感じているらしいが。
そんなに、気にすることもないだろうに。なにしろ彼が、そう言っているのだから。
リミの話というのは、多分彼のことかもしれかい……そんな直感を抱き、荷物を纏めた由香は、リミの待つ外へ。
「お待たせ! じゃ、帰ろっか!」




