第95話 男と同棲してまして
男と同棲しているらしいルーア。一人暮らしだと言っていたではないか、という恨み言は、今は置いておこう。
今は留守にしているらしいので、今のうちに帰ろうと思っていた矢先……
チャイムが、響いた。
それに、去ろうとしていた足が止まってしまう。これかまさか、彼とやらが帰ってきたのでは?
その音に、いの一番に反応したのはルーアだった。
「お! 彼です! 彼が帰ってきましたよ!」
「え、何でわかるの!」
「この音の感じは彼です!」
「どういうこと!?」
タタタッと駆けていくのを、ただ見ているしかない。仕方ない、こうなれば必死に説明するしかない。自分はただのクラスメイトで、やましいことは何もないと。
諦めの境地。物事には、諦めも必要だ。
ルーアもルーアだ。同棲している彼がいるのに、他の男を連れ込むなんてなにを考えているのか。
「お帰りなさい、ベアくん!」
「ガウ!」
まあどちらにしても、勘違いしてしまうであろう彼には、誤解を生まない説明を……
「……ガウ?」
今、変な声が、鳴き声のようなものが聞こえた気がする。しばしの思考中断。なんなんだろう、この違和感。
勇気を出して、玄関に向かう。
するとそこにいたのは……
「お、タツ、紹介しますね! こちら同棲中のベアくんです!」
「ガウア!」
「クマじゃねぇか!」
でっかいクマがいた。玄関の扉よりもでかい。でかい体を縮こまらせて、入ってくる。
「彼って、まさか……」
「はい、くまのベアくんで……」
「名前が安直すぎる!」
その場に崩れ落ちる。なんかもう、いろいろとキャパオーバーだ。
ルーアの生い立ちだけでもいっぱいいっぱいだというのに、その上クマと同棲だと。
「なんだよこの、思いついたんで取ってつけてみましたみたいな展開はよぉ!」
「やっはタツは、たまにわけのわからないことを言いますね」
「わけのわからないのはお前だよ!」
返ろうとしていた達志は、部屋に戻された。
「それでー、絶対キャシーはカロンのこと好きだと思うんですよねー!」
「ガウガウ!」
「……」
現在再び部屋に戻り、三人……正確には二人と一匹で、テーブルを挟み円になって、床に座っている。
盛り上がるルーアとクマ……ルーア曰く名前ベアくん……は笑いながら、話し合っている。
話し合うとはいっても、達志の目にはルーアが一方的に喋っているようにしか見えないのだが。それでも、相づちを打っているあたり、人の言葉はわかるらしい。
クマってあんな風に笑うんだなとか、そもそもなんでクマと普通に会話成立してんだろうなとか、いろいろ思うところはあるが……
(なんで俺、中二病とクマと仲良くテーブル囲んで恋ばなしてんだろーな……)
完全に帰るタイミングを逃し、なぜか会話が恋ばなに発展してしまい、今に至る。
ちなみに今話題に上がったのは、クラスメイトのキャシーという女子とカロンという男子である。クラス内の恋模様を、ルーア目線で面白おかしく語っている。
達志としても、恋ばなに興味がないわけではない。他人の恋愛ほど面白いものはない、と達志は考えているからだ。
だからこうして、恋ばなに参戦するのもやぶさかではない。
とはいえ……なぜ、初対面のクマと一緒になって、楽しく笑いあわなければいけないのだろうか。いや、今達志は全く笑ってないけども。
(帰りてぇ……)
切に思う。あの時もう少し早く帰ろうと考えてればなとか、そんなことを考えるが、後の祭りだ。
今からでも帰ると言い出せばいいのだが、このクマの気性がわからない以上、下手なことを言えば切り裂かれかねない。
その結果、ルーアとクマの今夜のご飯になるのはごめんだ。
もちろん、そんな物騒なことにはならないと信じたいのだが……
(熊……熊だもんなぁ)
当たり前だが、クマと同じ空間で過ごしたことなどない。それにルーア曰く、ベアくんは彼……つまり男だ。
同棲している女の子が見知らぬ男を連れ込んでいたら、いい気持ちでいるはずがない。普通の男なら。
まあ、それは人間での話。ベアくんは普通どころか人間ですらない。
ベアくんの心境はわからないし、そもそもルーアのことをどう思っているのか。そして逆もだ。
「なぁ、二人はどんな関係なんだ?」
思い切って、聞いてみる。盛り上がっていた二人はピタリと止まり、うーんとルーアが何かを考えている。
顎に指を当てている仕草が、なんだかあざとい。
「ベアくんはですねー、私の家族。お兄ちゃんみたいなものですね」
「おにっ……!?」
予想外過ぎる答えが返ってきた。一つ屋根の下に住んでいるのだから、ある程度以上に親密度は高いと思っていたが……まさかお兄ちゃんとは。
それを聞いたベアくんは、初見でもわかるくらいの照れ笑いを浮かべている。
頬を染めるな頬を。「俺がお兄ちゃんだ!」って言い出しそうだ。
「こうやって抱き着くと、もふもふしてあったかいんですよぉ。彼が来てくれてからは、夜も寂しくなくなりましたし」
「ガウッ」
もふっ、と、女子高生がクマに抱き着くという奇想天外な光景が広がっている。
ルーアはベアくんのお腹に頬擦りし、ベアくんはルーアの頭を撫でている。その様子は、まるで本物の兄弟のよう。
なるほど、ベアくんもルーアのことを妹のように思っているようだ。
そして、何気なく語ったが……彼が来てからは夜も寂しくなくなった、とルーアは言った。それは、両親を失ったルーアの悲しみを、見事にベアくんが埋めてくれたということだろう。




