第82話 ロリキュバスの家に行こう
ロリにタックルされたマルクス。
「な、なにをしているんだ……」
「マル! マルは私がなにか、わかりますか!?」
もう喋ることさえ許さない、ただ私の質問に答えろ……
そう言わんばかりのルーアの圧に押されたのか、あのマルクスが押し黙る。正直質問の仕方もどうかと思うのだが……
ここは見ものだと思うので、おとなしく見物していよう。
マルクスは頭いいし、質問の意図を汲み取ってくれるかもしれない。なのでちょっと期待しておこう。
「なにって……高校生の皮を被った小学生じゃないのか?」
「ぬぉおおおお!」
……ダメだった。期待していた分、がっかり度が高い。
「ひどいなマルちゃん、せめて中学生と言ってやれよ」
「誰がマルちゃんだ。それとひどいのは貴様もだろ」
どちらもひどいが、優等生であるマルクスにまでそんな認識だったのが、よほどショックだったらしい。
せっかく立ち上がったのに再び膝をつき、「ぐぅううう……!」と唸りながら床を叩いている。
時折「あんちくしょーめ」といった恨み声も聞こえる。
その姿を見てしまうと、さすがにいたたまれない。
「まあ、サキュバス云々についてはスマンと思ってる、ちょっとだけ。これからはロリのサキュバス、略してロリキュバスと呼ぶよ」
「呼ばんでいいですし、それ以外についてはスマンと思わないんですね。
……ちょっとって、どれくらいですか」
ひとまず謝る。が、最後にくっつけた余計な一言が、やっぱり余計だったらしい。
納得するわけもないルーア。涙目で不機嫌な彼女にどう説明すべきか……少しだけ考えて、言った。
「ルーアの胸くらい?」
「…………」
てへっ、と舌を出した達志の言葉に、場が凍った。
「……我が胸の内にある漆黒の怒りよ、この男に制裁を与えたまえ……」
「詠唱やめろ! 俺が悪かったから!」
これに関しては達志も、やっちまったと思ったため素直に謝る。
こんな場所であんな魔法をぶっ放されては、たまったものではない。
「……はぁ。まったく……でしたら、提案があります!」
「提案?」
呆れなのか疲れたのか、ため息を漏らすとともにひとまず落ち着いたらしいルーア。彼女は、倒れていた椅子を立て直して、腰を下ろす。
それから、提案があると達志を見つめて……
「今日、私の家に来て下さい!」
「どうしてそうなった」
……またも唐突に、なんの脈略もないような言葉を告げた。
絶句するリミ……果たしてルーアは明日を無事に迎えられるのだろうか。達志はそんなことを、ぼんやりと思った。
そして、あっという間に放課後がやって来た。
「ふんふふふーん♪」
「機嫌良いな、お前は」
街の中を歩く達志は、スキップをしながら先に進むルーアに向けて声をかける。
学校終わりに、いつもの道を通って帰らないというのは、なかなかに新鮮だ。
ちなみに達志とルーア以外には誰もいない。
あの場にいたメンバーも着いて来ているわけではなかった。
『ぐっ……私も行きたいですが、どぉーしても外せない用事がありまして』
とは、リミの言葉だ。誘われた達志に着いていくつもりだったリミ、しかし外せない用事があったようで、血の涙を流すのではないかというほどの葛藤の中で断った。
どうやら部活の方で何かあるらしいが、深くは聞かなかった。
同じ理由でヘラクレスも断念。折り紙の部活になにが忙しいことがあるのかと思ったが、そこは部活それぞれなので突っ込まないことにした。
達志も部活を理由に断ろうと思ったが……
『大丈夫です! 私は今日は休みです!』
なにが大丈夫なのかまったくわからないし話も聞いてない。ルーアが部活休みだからって、達志まで休みとは限らないのに。
改めて断ろうと思ったが、なぜかマルクスがたまには休め、と言ってきたのだ。
復学してからまだ日も浅いし、気を遣ってくれたのだろうか。
副部長に言われては仕方ない、今日は部活を休むことにしたのだ。
「おっと、赤です」
とまあ、いろいろ面倒だとは思っていたが……こうして一緒に帰宅し、嬉しそうな表情を見ていると、こういうのもたまにはいいかと思う。
二人きり自体があまりないが、思えば身内以外の女の子と二人で下校なんて、初めてかもしれない。
幼なじみである由香やさよなはもちろん、リミは同じ家に住んでるから身内のようなものだし。
……しかしさっきからルーアを見ていると、普通に普通だ。てっきり赤信号を飛び出すとか、奇怪な行動をするんじゃないかとヒヤヒヤしていた。
そんな心配はなさそうだ。するとそこへ……
「タツタツ。見てくださいよあれ、歩きスマホウですよ」
ちょいちょいと達志の服の袖を引っ張り、正面を指差す。そこには、ちょうど青になった信号を渡っている男がいたのだが……
正面を見ず、なぜだか少し顔を下げて、なにもない空間に指を置いている。忙しなく動かしているのだ。
「歩き……なんて?」
聞き慣れたような聞き慣れないようなその言葉に、達志は首を傾げる。
するとルーアは、目を丸くしていた。
「え、歩きスマホウですよ」
「スマ……なに? スマホじゃなく?」
「まさか、知らないんですか?」
「うん」
聞き間違いではなかったようだ。歩きスマホ、なら知っているが、歩きスマホウ、には聞き覚えがない。
言葉の意味的に、それがなんなのかわからんわけでもないが……
「えっと、まずスマホウってのがわからないんだけど……もしかして、スマホの魔法バージョン、ってこと?」
「簡単に言えばそうですね。スマートフォンというインターネット機器を現代技術というなら、これは魔法技術を駆使したインターネット機器とでも言いましょうか」
そう言って、ルーアは手のひらに何かを出現させる。
そこには、一見何もないように見える。が、目を凝らしてよく見ると、透明な板のようなものがある。
長方形型のそれは、スマートフォンのようにも見える。
透明なスマートフォンを型どるように、淵にはうっすらと緑色の光の線が見える。ハイテクな感じだ。
「これが現在主流になりつつある、携帯機器……『スマートなマホウ』、略してスマホウです」
「え、そうなの? スマホと魔法でかけてるんじゃないの?」




