第73話 復男だって男の子だもの
「そんなわけで、テニス部に見学に来たわけだけど……」
「そんなわけって、どんなわけです?」
結局あの後、シェルリアの後を追いかけ、テニス部が練習している場所へとやってきた。
グラウンドから少し離れた場所に、テニスコートとして活用されている場所がある。
そこで、部員たちが部活動に励んでいる。
どうやら、男子と女子とで混合しているらしい。男女関係無しに練習したり、試合をしたり……活気にあふれている。
その中にいて、ひときわ輝いている人物がいる。
「ひゃあ、部員数も少なくないってのに、あのエルフっ子は目立つなぁ」
比喩的にだし、物理的にも輝いているように見える。
妖精というか、もはや天使のようにさえ見える。
「タツシ様……まさか、あのエルフ娘が目当てでテニス部に?」
「んまあ、それもないわけじゃな……ごほん! 俺元々テニス部に入ってたからなぁ。だから興味は、今んとこ一番」
エルフ娘……シェルリアがいるから、テニス部に興味を持っているのではないかと疑うリミ。
達志は正直に告白しかけてしまう。シェルリアへの興味がないわけではない。
だが一番の理由としては、達志が元々テニス部に所属していたから、というものだ。
それを聞いたリミは、ちょっと複雑そう。
もしもシェルリア目当てだというのから、不機嫌を全面に出せたのに。
「あら、もしかして見学ですか?」
金網越しのコート外から、中を見つめていた二人。二人に、ふと声がかけられる。
それは二人に対する、質問であった。
「あ、はい。一応……」
「テニスに興味あるの? それとも、興味はウチの女連中の方?」
話しかけてきたのは、灰色の体毛に覆われた、金色の瞳を持つ猫だった。詳しくは、人型の猫。獣人だ。
その声色や、女性用のテニスウェアを着用していることから、女生徒のようだ。
猫の獣人。リミのような人間寄りの獣人とは少々異なる。同じく人型ではあるものの、どちらかというと獣寄りの獣人だ。
達志が目覚めたばかりに目にした獣人ナース、彼女と同系だ。
改めて見ると、獣人には人間より、獣寄りの二種類がいるのだとわかる。どちらも二足歩行のようだな。
「この時期に見学って珍しいけど、そんなの気にしにゃいから。にゃんにゃら体験してく? 男の子でも女の子でもウェルカムよ?」
「あ、私はもう、部活に入ってますので……」
口早に、話し始める猫獣人テニス女子。
どうやらぐいぐい来るタイプらしく、少し押され気味だ。リミなんか、達志の後ろに隠れてしまっている。
「えっと、いいんですか?」
「もっちろん! あ、私テニス部部長の三年、ヤー・カルテア。よろしく!」
「ど、どうも」
体験入部を提案する猫獣人のテニス女子は、自己紹介。まさかのテニス部部長であると判明する。
女子テニス部の部長なのか、それとも男子と女子で混同しているのだろうか。
その勢いに押される達志が自己紹介する前に、ぐいぐい引かれて、テニスコートの中へと連れられる。
「おーいまーくーん! まーくんやーい!」
「その呼び方やめてください!」
達志はぐいぐいと引っ張られ、さらに達志に続くようにリミもコート内へ。
引っ張っていくヤーは、誰かの名前……というか愛称だろう……を呼び、それに答えるように、誰かが駆け寄ってくる。
それは……
「部長、その呼び方はやめてくださいと何度も……い、イサカイ!?」
「あ、マルちゃんだ」
駆け寄ってきたのは、達志も見知った人物……マルちゃんことマルクスだった。
彼も、白いテニスウェアに身を包んでいる。
「マルちゃん言うな!」
「およ、お二人は知り合い? にゃら話は早いにゃー。あのね、この子体験入部したいんだって。
だからちょっと相手したげてよ、まーくん」
あれよあれよという間に、マルクスが世話をすることに。マルクスの、それはそれは不服そうな顔よ。
「体験、入部……?
……いや、それよりまーくん呼びやめてくださいと……」
「じゃあマルちゃんがいい? かわいいし」
「いやだから…………はぁ、まーくんでいいです」
マルクスの抗議。それは自身の呼び方に対してだ。
まーくんもマルちゃんもやめてくれと言うのに、聞く耳持たないヤー。その言葉に、ついにマルクスダウンだ。
今のやり取りだけで、彼の苦労が察せられる。
それにしても、まーくん……ヘラクレス命名のマルちゃんに比べて、こちらの方がかわいく感じる。
呼んでる人が、スライムではなく女生徒だから、というのもあるのかもしれない。
「うん? イサカイ……イサカイ……
あ! もしかして、復男のイサカイ タツシくん!?」
「へ? あぁ……そうですけど、復男って?」
「復学男子、略して復男!」
この人も、だいぶクセが強そうだ。思わず後ずさってしまう。
どうやら、シェルリアが知っていたように……達志の噂は広まっているらしい。三年のヤーが知っているなら、それこそ全学年レベルで。
別に噂が嫌なわけではないが、噂の中心にいるというのは、なんだか恥ずかしい。
「ほーほー……普通の男の子だね」
「当たり前です」
達志のことをまるで観察するように……というか観察していたヤーであったが、なにを期待していたのか、少し残念そうだ。
だがそう言われても、達志の知ったところではない。十年寝てても普通の男の子だもの。




