第65話 訴えたら勝てる
血を見て気分が悪くなったパイアは、今ベッドで横になっている。逆にベッドに寝ていたリミはすっかり元気になったため、ベッドから立ち上がっている。
要するに、リミが寝ていた場所に、パイアが寝ているのだ、今。
「……え、何この状況」
先ほどまで怪我人だった人物を診るために来た保健教師が、回復したとはいえ怪我人と入れ代わりにベッドに寝ている。
なんとも珍妙すぎる光景である。
青ざめた顔のまま、パイアはベッドに横になっている。先ほどまでとの温度差で、逆にこっちが青ざめそうになる。
リミは結局、体調は回復したし……まあ、つまり……
「先生が来た意味がまったくなかったってことだな」
「はぅ!」
「イサカイ、お前ホント容赦ないな」
とりあえずリミが動けるようになったので、達志としては目的は果たせたわけだ。
結果的に、パイアを連れてきて血を見せた挙句に、気分を悪くさせたというものになったわけだが。
さて、とにかくリミが回復したのだ。ちなみにセニリアは帰った、窓から。
で、達志にはもう一つ行きたいところがある。
先に行っておいてもよかったのだが、眠ったままのリミを一人にはできなかった。それに、ちゃんと目覚めるまで自分で、待っていたかった。
状況はかなり違うとはいえ、眠りから目覚めた時に誰も居ないというのは、不安になることを、達志は知っている。
「で、タツの行きたいとこって?」
「あぁ。ほら、生け捕りにしたトサカゴリラの行く末を見届けたくてさ」
「そこだけ聞くとものすごい不穏ですね」
そう、達志が気になっていたのは、リミの魔法……ではなく、ルーアの魔法がほぼ直撃したことにより、気絶したトサカゴリラの現状だ。
ちなみに、何度もトサカゴリラと呼んでいたため、もう本名を覚えていない。トサカに関する名前だった気がする。
別にトサカゴリラがどうなろうと知ったこっちゃないが、行く末がどうなるのかは気になるところ。まあ、野次馬精神だ。
「そんなわけでゆ……如月先生。トサカゴリラ今どこにいるか知ってる?」
「さっきからトサカゴリラトサカゴリラって言ってるけど、ちゃんと蛾戸坂って名前があるんだよあの子」
「……そんな名前だっけ。いやあ、だって見た感じトサカから生えたゴリラだしさ……うん?」
そうそう、そんな名前だった。すぐに忘れそうだが。
ちゃんと名前を覚えているなんて、律儀だなぁと思う……が、ふと、今の会話に違和感を覚える。
気にしすぎかも、しれないが。
「あれ、聞き違いかな。今トサカゴリラのこと、『あの子』って言わなかった?」
聞き違い……ではないようにも思うが、それでも聞き違いであることを願う。今由香は、トサカゴリラこと蛾戸坂を『あの子』と言ったのだ。
その表現は、大抵は年下相手に使うもの。由香は二十七歳……まさかあれで二十代だとでも言うつもりか?
とても悪い冗談だ。
いやそれ以前に、名前を訂正したりとした由香の口振りはまるで、知り合いを説明するかのようなものに思える。
「え、だって……あ、そっか。たっ……勇界くんは知らないんだっけ」
「いや、知らないってなにを……」
「蛾戸坂 鶏冠くん。彼、ウチの学校の生徒だよ?」
「……………………え」
聞き違い……どころの話ではなかった。由香の口から語られたのは、それは到底信じがたいもので。
話を続けようとする由香。しかし、達志は『ストップ』と自分の手でジェスチャーをして、ひとまず深呼吸。
とりあえず落ち着いて、それから自分の耳を指で軽く刺激。最後にもう一度深呼吸をしてから……
「悪い、もう一度頼む」
「あ、うん。えっと、蛾戸坂 鶏冠くん。彼、ウチの学校の生徒だよ」
「嘘だろぉおおおおおお!!?」
やはり聞き違いでもなんでもなかった。それは、とんでもない衝撃だ。あまりの衝撃で吐きそうなくらい衝撃だ。
あまりの衝撃に立っていられない。その場に膝をつき、崩れ落ちる。
だって……あれが、この学校の生徒なのだという。とても冗談を言っているようには見えないし、冗談ならどれほどいいだろう。
だって、あれが由香より年下どころか、自分達と同年代なのだという。そんなの信じられない。
「だって、どう見ても三十……いや四十はいってるおっさんだったじゃん!! あんな貫禄しといて、学生とか嘘だろ!?」
「この上なくストレートに言うよなタツって」
「あ、そっか。きっと何十年も留年してるんだろ! それなら学生のまま、五十歳くらいでもおかしくない!」
「なんで増えていくんだ。現実を受け入れろ。彼はまぎれもない、年齢十八歳の高校三年生だ」
「一個上ぇええええええ!!」
今自分たちが二年生で、トサカゴリラが三年生。あれと一つしか違わないなど、信じられない。というか信じたくない。
本来であれば、達志は今より十年の時をその身に刻んでいたはずだ。
だが、今より十年を足したところで、アレに見た目では遠く及ばないだろう。
まあ詰まるところなにが言いたいかというと、あれで高校生なのは詐欺だ、ということだ。
詐欺どころではない、訴えたら勝てる。




