第63話 それって普通に不法侵入
保健医パイア・ヴァンに話を通す。ここでの作業も終わったようで、今から各自教室に戻るところらしい。
よって、達志とパイア、マルクスの三人で、保健室に向かうことに。
「お、なになに、リミたん目ぇ覚ましたの? オイラも行くー」
「なんですか、水臭い。そういうことなら私も行きますよ。なにしろ私の魔法をくらって、気絶してたんですし」
「あ、私も行く! 私のクラスの生徒だからね! ま、私副担任なんだけど。ムヴェル先生は忙しいみたいだし」
どこから聞いたのか、ヘラクレス、ルーア、由香の三人も同行することに。別にこんな人数で行くことでもないのだが、断る理由もないので同行を許可。
計六人で、保健室へと向かうことに。どうでもいいことだが、達志の頭にはやはりヘラクレスが乗っている。
……で、保健室へと到着。そこで達志が扉を開けて……
「おーいリミ、先生プラス愉快な仲間たち連れてきたぞー」
「誰が愉快な仲間たち……」
「うぅ……ひっく……」
……そこには、ベッドの上でめちゃくちゃ泣いているリミがいた。なにを一人で……?
そう思っていたのだが、角度を変えると、傍に誰か立っているのがわかる。その人物は……
「……セニリアさん?」
「! これはタツシ殿。皆さんも」
リミの傍に立つ人物、それはセニリアだった。そして、めちゃくちゃ泣いているリミ。
なにが起きているかは一目瞭然だ。
おそらく、セニリアにめちゃくちゃ怒られたリミが、めちゃくちゃ泣いているのだろう。
問題は、そうなっている理由だが……
「セニリアさん、なぜここに?」
「実は、姫の魔力の乱れを感知しまして。暴走に近いものでしたので気になり、それでその場所……つまりここに来たわけです」
「へ、へー」
学校関係者でないセニリアがここにいる理由は、理解した。どういう原理かは知らないが、セニリアはリミの魔力の異常を感知したのだと。
だから、ここに来たわけだ。やっぱりあれ、暴走しかけてたのか。
理由は、わかった。だが、次に浮かぶのは……いや、むしろ一番気になる疑問が残っている。それは……
「セニリアさん、どうやってここに?」
彼女がどうやって校内に入ってきたか。暴走族の乱入により、学校への出入りは厳しく監視しているという。
とはいえ、ハーピィであるセニリアならそんなものは関係ない。
空から来ればいいのだから。
だとしても……セニリアは、来客用のスリッパを履いていない。というか靴だ。
校内に入るには、来客用スリッパに履き替えなければいけない。
仮に来客スリッパ制度がなくなっていれば別だろうが、ちゃんと来客用のスリッパがあったのは、確認済みだ。
疑問を受け、セニリアはきょとんとした顔で……こう言った。
「どうって、そこの窓が開いていたので、そこから……」
「いやそれ不法侵入!」
真面目そうな秘書の、常識を疑う瞬間だった。
あまりに非常識……というか犯罪だ。
「ごめんなさい……」
「すみませんでした……」
ベッドの上で謝罪の言葉を口にする少女と、床の上で正座しながら謝罪を口にする女性。
二人共申し訳なさそうにしゅんとしており、本当に申し訳ないと感じているのだとわかる。
「セニリアさんって実は結構抜けてるよね」
「うぐ……」
「あ、謝るのはともかく、別に床の上に正座しなくても……」
床の上でご丁寧に正座しているセニリアを見ながら、達志は言った。初対面時、長のつく真面目人間だと思っていたが。
共に暮らす中で、それは間違いだと思い知らされた。
床の上で正座しているセニリアに、由香は焦ったように声をかける。
そういえばこの二人も、顔見知りなんだよな、と達志はぼんやり思う。
「この度姫の魔力が暴走しかけたこと、ひどく皆様に迷惑をかけたこと謝罪いたします。あと、不法侵入の件も」
「あとって言った! 自分の不法侵入の件ついでにしようとしてるよこの人!」
ベッドの上のリミも、自分を見失いかけてたことに対して、申し訳なさそうだ。
それは達志に対してだけではなく、他のみんなに対しても同様に、申し訳なく思っている。
だが、謝罪を受けてのそれぞれの反応は……
「私としては、魔法をぶっ放せてすっきりしましたし、むしろ私の方がリミに撃ったことに謝罪とお礼を告げるべきな気が……?」
「あれは仕方ないっていうか……たっく……勇界くんのためのことだったんでしょ? だったら私からは別に……」
「そうそう。そのタツも元気なんだし、むしろ気にする必要なくね?」
「気にはしないとダメだろ」
誰も、リミを責める人はいないわけで。優しい人たちだと感じる一方で、ちゃんと怒ってほしい気持ちも、リミにはあるわけで。
まあ先ほど、セニリアからこっぴどく怒られはしたわけだが。
「みんなして、私を怒りに来てくれたのかと……」
「え、リミお前怒られたいの? いつの間にそんな性癖を……」
「ち、違います! 変なとこだけ切り取らないで下さい!」
変な誤解を与えられそうになったリミは、慌てて首を振る。「そんなんじゃなくて……」とうつむく少女の横顔が、なにを思っているか。
それを察することが出来ないほど、達志は鈍感ではない。
要はリミは、ちゃんと怒られたいのだ。セニリアに怒られはしたが、あの場に彼女はいなかった。
そうではなく、あの場にいた者から、ちゃんと怒られたい。
優しいのは嬉しいが、怒るべきにはちゃんと怒ってくれなければ、自分を許すことも出来ない。
……その中に、達志の事故に対する想いがあることに、本人は気づいているのだろうか。
 




