第62話 血なんて見たくもない
保健室を出た達志は、魔法の実技授業をした場所へと向かう。今の時間帯は、クラスの人間はそこに集まっている。
達志の目的の人物も、そこにいるはずだ。
「せんせー……っと」
目的の場所にたどり着き、中に入る。さて、目的の人物はどこにいるだろうか。
「おい、イサカイ」
そこへやって来たのは、マルクスだ。こうしてわざわざ達志に話しかけてきたのだから、なにか用事があるのだろう。
だが、はっきりした性格の彼には似つかわしくなく、言いにくそうにもじもじしている。男のもじもじを見ても嬉しくもなんともない。
どう言ったらいいのか考えているようだが、その姿は正直言って……
「キモいな」
「いきなりなんだ!?」
おっと、思っていたことが実際に口に出てしまったらしい。
十年間の眠りから目覚めてからというもの、思ったことが口に出てしまうのだ。自重せねば。
もう何度も決意を固めた気がする。
「悪い悪い。男の、しかもマルちゃんみたいな見た目ガチガチ不良の野郎のもじもじとかマジいらねえからさ。で、何?」
「誰がマルちゃんだ。なにを言ってるのかよくわからんが……あー、そのだな」
なにか用事があるから話しかけてきたのだ。そしてこの状況で、マルクスから達志に話しかける用事など……
考えたところで、思い当たるのは一つだけだ。
「……ヴァタクシアは、目を覚ましたか?」
やはり、リミのことだった。直接聞いてはいないものの、マルクスがリミのことを好きなのは、達志もほぼ確信している。
好きとは、もちろん異性としてだ。
好きな人のことを心配するとは、なかなかにピュアじゃないか。
「おう、起きたぞ。だからそれで、保健の先生を呼びに来たところ」
正直に達志は答える。心なしか、マルクスの表情が明るくなったような気がする。
「で、先生はどこに? 俺まだあんま顔覚えてないんだけど……あ、ごめん。聞くまでもなかったわ」
リミの無事を伝え、達志は探しに来た人物がどこにいるか、問う。
これだけのことが起こったのに、まだ復学初日だ。人の顔など簡単には覚えられない、と思ったのだが。
考えるまでもなく、保健の先生は大人だ。そしてこの場にいる大人は、由香とムヴェル……
そのどちらでもない、見覚えのない人物が、探し人だろう。
生徒たちの様子を、あちこち見て回っている人がいる。白衣も着ているし、あの人で間違いなさそうだ。
それに……顔を覚えるのは苦手だが、その特徴はとても印象が強い。
「いたいた」
腰よりも長く伸ばした黒髪をまとめ、それをマフラーのように首に巻いているという、とても印象的な容姿だ。
加えて、牙のように尖った歯も、印象に強い。
先ほど保健室にリミを運んだ時に、彼女と会い……そこで、少しだけ話した。
パイア・ヴァンという名の女性。保健教師で、彼女の見た目は人間のようだが……その正体は、ヴァンパイアなのだという。
獣人やスライムがいる世の中だ。ヴァンパイアのような亜人も、当然いるだろう。
牙のように尖った歯は、まさしく牙だったのだ。それはつまり、物語の中の話のように、人から血を吸うこともあるのだろうか。
そう、質問した結果……
「ヴァンパイアなのに血が苦手で、なのに保健教師って……なんかもうめちゃくちゃだな」
返ってきた答えは、ノーだった。それどころか……血を吸うどころか、彼女は血を見るのも苦手なのだという。
ヴァンパイアは血を吸う生き物……そんな常識が達志の中にあったのだが、その常識は見事に壊れた。
そしてそんな彼女が、教師の中で一番怪我や病気を扱い、血を目にする機会の多い保健教師になっている。その事実が、理解できなかった。
「あ、なんかふらふらしてる」
よく見ると、彼女はふらふらした足取りで歩いている。おそらく、生徒の怪我を治す際に、血を見てしまったせいだろう。
黒焦げのリミを見た時も、直視できずにいたようだ。血だけでなく、グロいのもダメらしい。
ホント、なぜ保健教師になったのか。
「ま、腕は確かみたいだけど。現にリミも回復したし」
ほとんど威力が軽減されていたとはいえ、ルーアの魔法が直撃したのだ。
だというのに、起きた今ではリミの体に、もう傷はほとんどない。その腕は、確かと言える。
回復魔法とは一言に言っても、術者の力量によって効果は変わるらしい。
医者だって、同じ医療器具を使っても、執刀医が違えば結果も変わる。そういうものらしい。
「それにしても、パイア・ヴァンってすげーまんまだよなぁ。
……まあいっか。手っ取り早く、先生にリミの容態見せて……」
「イサカイ、僕も行っていいか」
忙しく動き回る彼女の、忙しくなさそうなタイミングを見計らって、リミのところへ連れていこう。そしてそのタイミングは、今だ。
そう思って歩きだそうとしていたところへ、声をかけてくるのはマルクスだ。
どうやら先ほどから、リミのことが気になって仕方ないらしい。
「そんなにリミのこと気になるんだな?」
「べ、別に。クラス委員として、クラスの仲間を心配するのは当然のことだ」
とんでもないツンデレ野郎である。別に達志に許可を取る必要もないのだが、妙なところで律儀な奴だ
「はいはいツンデレおつ。早いとこ行こうぜ」
「ツン……!? おい待て! ひどく心外な言葉を聞いた気がするが!?」
やいやい騒ぐマルクスは放っておいて、達志はパイアの所へ。




