第54話 悪いのはどちら
ルーアが悪い手前、こちらはおとなしくしているつもりだったが……もう限界だ。
十年眠り続けた達志の体は、我慢とかそういうことが、かなり緩くなっていた。
思ったことが勝手に口から出たり、耐えなければいけない場面で笑ってしまったり。
「なに笑ってやがらァこのガキャア!」
「ぶははは! も、もう無理……!」
そんせいで、さらに蛾戸坂の導火線に火をつけてしまっているが、止めるのは無理だ。それに、笑っているのは達志だけではない。
後ろのクラスメイトからもくすくすと笑い声が漏れており、それどころか蛾戸坂の部下からも、笑い声が漏れているではないか。
それほどに、達志と蛾戸坂のやり取りにはまってしまったらしい。
「……黙れ」
だがそこへ、恐ろしく低い声が響いた。それにより場の空気が変わる。笑っていた部下から笑いが消えたのが、その証拠だ。
蛾戸坂は額に血管を浮き出し、目を見開いている。
鼻息を荒くし、ものすごく怒っている。まるでゴリラだ。
「ぷっふははは……」
だがそんな中でも、笑いを止めない者がいた。正確には止められないのだろうが、達志は腹を抱えながら、笑い続けていた。
ドツボにはまってしまったようだ。
そしてこの時点で、達志はクラスメイトから『いろんな意味でヤバい奴』と思われてしまっていた。
「くくく、げほげほ! ははっ、し、死ぬ……」
「なら死ね」
むせるほどに、笑い死にしてしまいそうな達志。それにとうとう、蛾戸坂も限界が来たのだろう。
その手には黒く光る拳銃があり、構えるや躊躇なく弾丸を放つ。
その狙いは眉間、爆笑中の達志に避ける手段はない。それどころか、銃を撃たれたことにも、気づいていない。
放たれた弾丸は狙いが狂うことなく、達志の眉間を……
パキンッ……!
……撃ち抜くことはなかった。弾丸は達志の眉間に届く前に止まり、その役目を果たすことなく、散ったのだ。
確かに弾丸を撃ったはずの蛾戸坂は微かに動揺し、部下にも動揺が走る。
そこでようやく、達志は素に戻る。
周りの空気から、なんだかとんでもないことになっているようだと察したようだ。周囲をキョロキョロと見回している。
「え? なに、どしたの?」
「……キミはすごいないろんな意味で」
知らないうちに命を狙われて、知らないうちに命を救われてしまっていた。今いったいなにが起きたのかと原因を探る。
だがそれは、弾丸を撃った男も同じことだ。
「い、今なにが……」
「今、タツシ様のことを狙いましたね?」
戸惑いの中、凛と透き通る声が一つ。その主は一歩前に出ると、その存在を露わにする。
美しい白髪を揺らし、頭からぴょこんと生えたウサギの耳が印象的な少女、リミだ。
「どうやら悪いのは、そこの眼帯バカ……こちらに非があるようなので、タツシ様が頭を下げるのも我慢していましたが……」
「……?」
「タツシ様に手を出すのなら、話は別です!」
堂々と立つその姿に、瞳に、恐れはない。キッ、と暴走族を……達志を狙った男を睨み付け、堂々たる宣言。
達志を守るように立つリミ、その背後にいることに達志は情けなさを思うが……同時に、見惚れてしまう。
後ろ姿でも、凛々しく立つその姿に。
「このやろぉ!」
それでも怯むことなく、蛾戸坂は再び引き金を引く。今度は三発、放たれた銃弾はどれも、リミの眉間、顔、体をそれぞれ狙っている。
だがリミは避ける素振りもなく、その場に突っ立っている。
パキンッ、パキ……!
再び、弾丸が砕け散る。リミに到達する前に、音を立てて三発ともが散ったのだ。それは先ほど、達志を狙ったものに起きたのと同じ現象だ。
偶然でもなんでもない。
「今の……どうやって……」
暴走族と、達志だけだ。状況がわかっていないのは。おそらく、クラスメイト全員がわかっている。
同時、頭上に微かな重みが。
達志の頭の上に乗ったスライム、ヘラクレスだ。
「へへ、驚いたろタツ。リミたんの力に」
「なんでお前が偉そうなのよ。……やっぱ、あれリミの魔法?」
やはりというかなんというか、弾丸が砕け散った現象は、リミによるものだったようだ。あんなに堂々としているのが、その証拠だ。
しかしそれがリミの仕業だということはわかったが、その種まではわからない。
「そう。なにを隠そうリミたんは、弾丸を凍らせてから砕いてんのさ」
「凍らせ……凍らせて!?」
「口では簡単に言っても、誰にでもできることじゃねえ。なにせ、凍らせる標的を目に捉えないと、魔法は発動しねえんだから」
語られた、弾丸が砕け散った理由。それは驚くべきものだった。詰まるところ、リミはあのスピードにも関わらず、弾丸の動きを正確に捉え、その上で凍らせたのだ。
凍った弾丸は、その働きを失い、その場で砕け散ったのだ。
それは、どれほど驚異的な動体視力。どれほど驚異的な魔法技術。そしてそれが、当然であると本人も、クラスメイトも周知している事実。
それほど、リミ・ディ・ヴァタクシアという存在のすごさが、証明されているということだ。
「そうだな。大事な、クラスの仲間を狙われたんだ。もうお前らに情状酌量の余地はない、容赦してもらえると思うなよ? 族ども」
その存在に圧倒される暴走族をよそに、別の声が。
リミと同じく凛とした声でありながら、その感情には厳しさも混ざっている。達志たちのクラスの担任、ムヴェルだ。
それを皮切りに……場の空気が再び一変する。緊迫し、一種の均衡状態を保っていたが……それが、崩れる。
片や雄叫びを上げバイクを走らせ、片や襲ってくる暴走族を迎え撃つ。
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