第50話 ゼロか百か……ってこと!?
頭上に乗っかっているヘラクレス。
思えば、ルーアによる魔法のときも、一人だけ慌てず平然としていた。クラスメイトはみんな慌てていたのに。
「ヘラって、もしかして結構大物?」
「はっはー、そう見えるかね」
「あー! あったぁ!」
お叱りのルーアを見学しながら、ヘラクレスとの会話に花を咲かせる。
そこに響いてきたのは、リミの声だ。それは歓喜の色を含んでいる。さっきまであんなに落ち込んでいたのに、いったいどうしたというのか。
「よかったぁ! まだ残ってた!」
リミが駆けていく先には、先ほどの爆発から逃れたタツシ型彫像があった。奇跡的に一体だけ残っていたらしい。
ただし、残っているのは頭だけ……無惨に転がっている。首から下は粉々だ。
これには思わず達志も、思わず複雑な気持ちを抱くが……
「ふん!」
「「あぁああああ!?」」
直後、タツシ型彫像が、何者かの手によって破壊される。いや、手ではなく足だ。
これにはリミだけでなく、達志も驚くばかりだ。そして、そんな驚きの視線を受けても微動だにしない、タツシ型彫像を壊した張本人は……
「マルちゃんじゃねえか!」
「誰がマルちゃんだ! なぜ貴様までその呼び方を!」
逆立った赤毛を揺らす、一目見て不良を飛び越えたような存在感を放つ人物。
マルクスことマルちゃんだ。いやマルちゃんことマルクスだ。
「何してくれてんのお前! せっかく残ってたのに!」
「ふん、あんなもの、この場に不必要なものだ」
純粋なる怒り……だけではない感情を胸に、達志はマルクスに近づいていく。いくら首だけとはいえ、自分の頭を潰されるのはいい気はしない。
だがマルクスは、知らん顔。
それはおそらく、達志に対しての挑発だったのかもしれない。しかしそれを挑発と捉えのは、別の人物だった。
「ふ、不必要……ですか。それはつまり、私の魔法が不必要だと?」
「っ……べ、別にそんなことは……」
自分の姿の彫像を壊された達志ではなく、タツシ型彫像を作ったリミだ。リミは静かな声で、圧力を放つ。怒り……よりも、冷たさが先に来る。
それは達志は知らないが、以前の学校での、リミと同じ圧力だ。
「おぉ、氷の女王様復活?」
「そ、そうは言っていない。ただ、あの男の彫像など……」
ぼそりとつぶやくヘラクレスとは別に、しどろもどろになっている人物……リミの迫力に圧されたのか、マルクスが焦っている。
焦るマルクスは見ていて楽しいが、このままだと今度はリミが、別の意味で爆発しかねない……そう、達志は危惧した。
なんとかしなければと、思っていたところへ……
「っつぅ……やっと解放されましたよ。足がシャープペンシルの芯のようです」
正座させられお叱りを受けていたルーアが、戻ってきた。これ幸いと、達志はルーアに話しかける。
「はは、お疲れさん。けど、魔法を使うための施設で魔法使って、そのせいで怒られるってのも不思議な話だよな」
「本当にそうですよ。まったく、魔法くらい自由に撃たせてほしいです」
「ルアちんの魔法は特殊だからなぁ」
ルーアの魔法は、確かにみんなを巻き込まんほどの威力だった。あのときリミが庇ってくれなかったら、どうなっていたか。
そのせいなのかもしれない。この施設内は、魔法に対する耐性があるが……人は違う。
あんな規模の魔法、受けたら怪我では済まない。回復魔法で回復はできるだろうが、そういう問題でもないだろう。
「だったら、威力抑えればいいのに。
自分の魔法の威力くらいわかるだろうに、もう少し威力抑えればこんなことにならなかったんじゃねえか?」
自分でなら自分の魔法の威力を、調整できるはずだ。
それとも、ルーアは達志に力のすごさを見せつけるため、あんな威力を出したのだろうか。
ルーアが出現し、そして達志が会話を振ったところで、計算通りリミの圧力は和らいでいく。
「ふふ、甘いですねタツ。我が強大なる力は、私にもコントロールが効かないのだ。故に、封印している」
「……ん? つまり、力がセーブ出来ないと。
眼帯あり状態で威力ゼロ、眼帯なし状態で威力百、極端すぎね?」
ルーアは、自身の薄い胸を張り、堂々と言う。
まさか、魔法の威力調整ができない……そう、言い出したのだ。
詰まるところ、ルーアは力のセーブが出来ないから、眼帯で力を封印しているのだ。考えてみれば、『封印』とはそういうことだ……威力調整が出来れば、そんなことする必要もない。
威力のコントロールが出来ないのでは、ゼロか百かのどちらしかない。不便な魔法だ。
「もしかしてルーア、あの爆発の魔法しか使えないなんてことないよね?」
「そんなことはありませんよ。火属性なら他にもいろいろ使えます。
封印を解けばね!」
「意味ねぇええ!」
封印を解かなければ、魔法は使えない。封印を解けば、あの規模の魔法が襲ってくる。
ということは、眼帯をした状態のルーアは達志と同じく、魔法の使えない一般人ということだ。下手をしたら凶器になるものがコントロール出来ないとは、ある意味、魔法の使えない一般人より質が悪い。
そう考えると、ルーアの力を封印している眼帯は、思った以上に重要なものかもしれない。単なるファッションだと思っていたのを謝りたい。謝らないが。
「てかよー、ルアっちがタツ像壊したせいで、リミたんお怒りなんだけど。どうにかなんない? 激おこだぜ?」
「激おこってまだ使われてんだな。まあ、そういうわけだルーア。今はちょっと落ち着いてるけど、フォローしてくれよ」
「いいでしょう」
壊した張本人であるのに、なぜか堂々としている。先ほどムヴェルに叩かれたのとは逆の頬を、叩いてやろうか。
ルーアは足を進め、リミの視線の先に立つ。視線を交わらせる。リミは小柄だが、ルーアはロリ……いやさらに小柄なので、リミを見上げる形だ。
そんな状態で、ルーアは謝罪の言葉を……
「……なんとまあ耐久力のない氷の彫像なのか! あの程度、私の足元にも及ばぬわ! つまり、リミより私の方が上! う、え!」
「うぉおおおい!?」
語ることはなかった。




