第48話 見るがいい我が封印されし力!
ともかく、だ。リミの魔法技術が、他を圧倒しているらしいのはわかった。
既存の火属性と水属性を使えることを知らず、いきなりその二つを複合した氷を使っている、おバカな頭の持ち主ではあるが……魔法の腕は本物のようだ。
「いやー、いつにも増してすごいねリミちゃんは」
そこへ、もう一つ別の声が。達志もよく知っているものであり、つい先ほど驚きを味わわされたばかりだ。
「あ、ゆ……如月、先生」
そこにいたのは、如月 由香。達志の幼なじみであり、この十年の間に教師になった女性だ。
つい「由香」と呼び捨てにしてしまいそうになったのを、達志は慌てて言い直す。
達志と由香の関係も、周りには伏せている。そのため先生呼びになるのだが……「由香先生」と、下の名前に先生を付けるのは、なんだか恥ずかしい。
なので、名字で呼ぶことに。
「調子はどうかな? たっ……ごっほん! 勇界くん」
つい、幼なじみを名前で呼びそうになったのは由香も同じらしい。公私をはっきりとと言っていた本人が、すでに危ない。
わざとらしく咳払いをしてから、一生徒として名前を言い直す。
「どうもこうも、まだ見学の段階……ですよ」
慣れない敬語を、幼なじみに使わないといけないというこの気持ち。なんとも複雑な気分だ。
とはいえ、達志と由香……この二人の関係を話すというのは、いろいろとめんどくさくなりそうな気がする。というかなる。
ただの生徒と教師の関係ではなく、実は幼なじみであると明言するのは、事あるごとに贔屓だとか言われそうでややこしくなりそうだ。
「おや、由香ちゃん先生ではないですか」
「ちゃんはやめなさい。せめて由香先生と呼びなさい」
現れた由香に気付くと、ルーアは気軽に口を開く。
先生呼びではあるが、その前に「ちゃん」と付いていることで敬称が台なしだ。不服そうな由香は、訂正を求めるが……
「まあまあ、そう言うなってゆかりん」
「由香先生と呼びなさい!」
同じように気軽に口を開くヘラクレスの絶妙な愛称により、それは叶えられない。その二人の態度から、普段の由香が生徒にどういう印象を持たれているかかわかる。
ただ、ナメられている、ということではなく親しまれているのだろう。
親しまれるのはいいことだが、由香の教師としての威厳はどこへいったのだろう。
「一応教師に、愛称で呼ぶとかすげーなヘラ」
「今一応って言わなかった!?」
おっと、口が滑ってしまった。先生なのだがつい、いつものような対応を浴びせてしまった。気をつけなければ。
「おうよ。仲良くなるのに、愛称は大事なことだと俺は思うんだよ。タツも使っていいぜ」
「あはは……遠慮しとく」
確かに、あだ名というのは、人との距離感を縮めるのに多いに有効だ。
達志も昔、同級生をあだ名で呼ぶことで、お互いの距離を縮めたものだ。
だが、ヘラクレスのような呼び方は……リミたんだのルアっちだのゆかりんだの、ヘラクレスのキャラだから許されているようなものだ。
達志がそう呼び出したら、キモいだろう。
「あ、タツシ様となんだか楽しそうな話してますね!」
達志の周りに、どんどん人が集まってくる。
先ほどまで達志型彫像を作っていたリミだったが、どうやら楽しげな雰囲気を察して、こっちに来たらしい。
凍りついた地面を、スケートのようにすいーすいーと滑ってくる。上履きなのにすごい。
「なんの話ですか?」
「リミたんの魔法がすごすきてタツが惚れちまいそうだって話」
「「なっ?」」
話に混ざろうとするリミに説明しようとするが、その前に別の言葉によって遮られる。驚きの声を上げるのは達志とリミ。
二人とも同じく驚愕を味わいながらも、その様子は全く別々のものだ。
達志はただただ驚愕。リミは、驚愕しながらもその言葉の意味を飲み込んだのか、頬を桜色に染め上げている。頬を両手で押さえて……
「い、今の話本当ですか?」
「えっと……魔法がすごいってのは確かだけど……」
キラキラと輝く瞳から、思わず視線をずらす。どう答えるべきか悩んでいるところに、ひとまず本当に思っていた部分があることは肯定する。
その後すぐに、台詞の半分を訂正しようとする、が。
「そ、そうですかぁ……えへへぇ……」
とても嬉しそう。ふにぁ……と崩れた表情。
そんなリミを見て、実は嘘ですなんて言えるものか。これでは、まるで料理の時と同じだ。
耳や尻尾の動きが大忙しだ。
「ま、まあいいか……」
自分が惚れてしまいそうだなどと、リミにとって迷惑な話だと思ったが、どうやらその心配はなさそうだ。
魔法がすごい、の部分に気をとられているのだろう。
「ふへぇ、私が一番だなんて……」
「いや、そこまでは言ってな……」
「ちょっと待ったぁ!」
思考がどんどん飛躍していき、一人でどこかへ行こうとしていたところへ待ったをかけたのは、ルーアだ。場に響く声に、戻ってきたリミ。
彼女を見てから、咳払い。
「聞き捨てなりませんねぇ。一番? ……確かにリミの魔法の腕は本物です。超すごいです。
これだけの完璧な人間なら、ぜひとも弱点を見つけたいものです。ていうかないとおかしい!」
「お、おう」
実リミがポンコツである、という事実を知ったら、どんな顔をするだろう。
「だがしかぁし! 一番というのは聞き捨てなりませんねぇ、えぇ!」
熱く語り、ビシッとリミを指差すルーア。その瞳には闘争の炎が灯っており、まるで「一番は私だ」と言っているかのようだ。
いや、この様子だとまるで、ではなく……実際そう思っている。
「んじゃあルーアも魔法はすごいんだ? ふーん」
「もちろん! ……って、信じてませんね!」
そりゃあ、強大な力だの混沌だの封じているだのと、中二全開の少女にそんなことを言われても、素直に響いてこない。
「いいでしょう! そこまで疑うなら我が封印されし力、見せてあげましょう!」
怪しく笑い、力を解放すると宣言。
すると気のせいか、周りの生徒がざわつきだしたように感じられた。
だがそんなことはお構い無しに、自らの眼帯に手をかける。リミや由香からストップの声がかかるが気にしない。
二人とも、いったい、何をそんなに慌てているのだろう。
「ふふ、見るがいい! 見せてやろう、我が真の力! えぇと……封印されし力、えぇ……我が望みに応えたまえ! すべてを……うーん、あ、焼き尽くす漆黒の炎となりて今、我が力を解放せん!
えぇと……"ファイアー・ボム"!」
「お前詠唱も技も今名前考えたろ!」
若干引くぐらいにテンションの高いルーアは、眼帯を外し今思いついたであろう名前を叫ぶ。せっかくノッてきたのにちょっと残念だ。
そんな気持ちになりつつ達志は、言葉を失う。
なぜなら眼帯の下………露わになった左目が、赤く輝いたからだ。普段から開かれている右目は藍色、眼帯の下は赤色と、オッドアイというやつだろう。
左目が輝く……それは、一瞬のこと。
次の瞬間には、正面にある十を超える達志型彫像が爆発に巻き込まれ、粉々になっていた。
「私の作ったタツシ様型彫像がぁあああ!」




