第42話 見た目不良みたいなやつの正論パンチ
なにが起きたのか、唖然となる達志……端的に言うなら、ルーアが氷漬けになった。
以前リミが、氷属性の魔法を得意としているのを、思い出した。
正しくは、火属性と水属性の魔法の複合であり、氷属性など存在しないのだが。
それを思い出し、これはリミの仕業であると思い至る。となると、何故いきなりルーアを氷漬けにしたのか、その理由がわからない。
当のリミはというと、自分がなにをしてしまったのか理解していないようで、さらに慌てている。どうやらリミにとっても、無意識らしいが……
「無意識で氷漬けとか怖すぎだろ……」
本人が無意識でやってしまったことの結果が氷漬けというのは、笑えない。
「リミ、なんでルーアを……」
「! し、知りません!」
無意識でも、リミがこうした事態を引き起こしたのには理由があるのだろう。その理由を問いかけるが、リミは答えない。
とはいえ、その反応から心当たりがあるのは、確かだ。
無理に問い詰めることはしたくないが……さすがにおとがめなしというわけにもいかないだろう。
周りにこの騒ぎがバレているのかいないのかわからないが、誰かに注意されるよりも、この場にいる達志が注意すべきだろう。
だがそれよりもまず、氷の彫像となってしまった少女の救出が先だ。
魔法を使った本人であれば、魔法をキャンセルも出来るはずだ。
そう考え、リミに声を掛けようとした。それと同時に……
「……なにやってんだお前ら」
達志ではない、男のものの声が聞こえたのだ。
「さっきから見ていたが、いかに歓迎会とはいえハメを外し過ぎじゃないのか? クラスメートを氷漬けにするなんて。
無礼講の中にも節度あれ……当然のことだと思うが。なにを考えているんだ?」
至極まっとうな台詞。それを発した人物は、こちらを睨みつけているようだった。
まず目を引く、逆立った髪は赤と金が混ざった色をしている。獣人やケンタウロスを見たが、それとは別の意味で、なんというか目を引く。
眼鏡の奥にある目付きは鋭く、怒っているかのようだ。実際に怒っているのだろう。
さらに耳にはピアスを付けている。
その風貌は達志の知っている、絵に描いたような……いやそれ以上の不良だ。
逆に今の台詞はまさしく、優等生そのものだが。
「え、なに……台詞は優等生なのに、その見た目ガチガチの不良なんだけど。不良なんて生易しいって言える表現なんだけど。なにその眼鏡、申し訳程度の優等生アピール?
言っとくけど、それ一つでその見た目をプラマイゼロにできるほど、眼鏡さん有能じゃねえぞ?」
「なにをぶつぶつ言っているんだ。それに見た目で人を判断するな」
見た目についてとやかく言われたくない人に、見た目についてもっともなことを言われてしまった。反省。
達志の予想外の返しに、外見不良男は苛立ち気に舌を打つ。達志も、思わず口をついて出てしまったことに反省する。
見知らぬ誰かと話すのは緊張するというのに、こういうことだけ口に出る自分が怖い。
「悪い悪い。なんか俺、寝てる間にわりと正直になったらしくて。あと思ったこと口に出ちゃうみたいで」
「謝ってておいてなんのフォローにもなってないのがすごいな」
目覚めてからというもの、独り言が圧倒的に多くなったりと、困ったものだ。
正直になったとはいえ、リミの料理評価をそのまま本人に伝えないブレーキくらいは、まだあるが。
「……まあいい。それよりも、この現状……彼女を氷漬けにした意味を問いかけているんだが? ヴァタクシア」
やれやれと首を振った後、男はリミに視線を向ける。
その際にリミの肩が跳ねたのは、ルーアを氷漬けにしてしまったバツの悪さからか、男の風貌が怖いからか。
「そ、れは……」
「いつものキミらしくもない。魔法をみだりに使うどころか、それを人に向けるなんて。キミのことだからなにか理由があるんだろうが、やり過ぎだ」
リミに対し、キツい口調で厳しい言葉を投げかける男。
その言葉は確かに厳しいものだが、その中にどこか優しさというか、リミへの気遣いがある気がするのは、気のせいだろうか。
言葉を受けたリミは、当然なのだが返す言葉もない。理由がないとは言わないが、まさか物凄く私的な理由で魔法を使ってしまったなどと、言えるはずもない。
出来るのは、ただ俯くことだけだ。
「なにか言ったらどうだ? 反省した表情を見せれば相手が折れる……そう思っているなら、それは間違いだ。人間関係において、そんな甘えは意味を持たない。
甘やかされて育ってきたキミにはわからないかもしれないが、それが社会というものだ。そして、ここは学校という社会だ。なにか言い訳があるにしろ謝るにしろ、黙っていたままでは相手にも、そして自分にも失礼だ」
男の言っていることは、ひどく正論だ。あと長い。
正論という言葉の刃を投げられ、リミの肩が震える。ここで達志が言葉を挟むのは、正しいとは言えない。
……だが、俯いたままのリミに放たれる言葉の鋭さが、増したように感じた時。達志は言いようのない感情が湧き上がるのを感じていた。
だからつい、言葉は達志の口をついて出てきて……
「おい、ちょっと言い過ぎじゃ……」
「あぁ?」
……出切る前に、言葉が止まった。まるで野獣のような眼光を向けられ、達志の本能が恐怖を感じたのだ。
それでも、ここで引いてはただの腰抜けだ。
復学初日から腰抜けの烙印を押されるのは避けたい。
「い、いや。確かにお、お前の……えっと……」
「マルクス・ライヤだ。イサカイ・タツシ」
「お、おう。じゃあ改めて……こほん。確かにライヤの言うことは一理……どころか全くの正論なんだけどさ。
もう少し言い方というか、少し言い過ぎというか……」
達志だって、今のやり取りでリミが悪いことは理解しているのだ。クラスメイトを氷漬けにしたんだし。
それにしたって言葉が、刺々し過ぎやしないだろうか。
達志の言葉を受けた外見不良男は一瞬目を丸くするが、すぐに不機嫌な顔になる。
「言い過ぎ……か。つまりキミは、ヴァタクシアの味方をすると?」
「いや別に。リミが悪いのははっきりしてっけど」
「!?」
「けど本人も反省してるみたいだし……
てか、文句言うならルーアにその権利があるだろ。外野がグチグチ言うのは、違う気がする」
達志はリミの味方を……するわけではなく、むしろ悪いと断言。
庇ってくれるかと思った達志のまさかの発言に、リミは理解が追い付かないのか、目を丸くしていている。
「言い過ぎ、か。ならば優しく説き伏せろとでも? 現実をそのまま突きつけることが、正しいと思うが?」
「いや、言い過ぎか優しくかの極論じゃなくて……その中間をというか」
どうにも、会話が噛み合わない。マルクスはマルクスで意見を変えるつもりはないようだ。
もちろんマルクスの言っていることは正しいが、どうにも言葉に刺がありすぎる。
どんな正論だって、言い方一つで誰にも聞いてもらえなくなる。




