第38話 結構な部類の衝撃だよ
「確かに、お前が教師だって聞いた時点で、こういうこともあるのかもしれない……って考えが及ばなかった俺も悪いのかもしれない。まあ、それは認めるよ、うん。
けどさ、お前の方こそ、なにかしら言っておいてほしかったな」
部屋に、抗議の声が響き渡る。
抗議を上げている張本人は、今日からこの学校に登校……いや復学することになる、勇界 達志である。
そして、その抗議を真っ向から受けるのは、なにを隠そうこの学校の教師である、如月 由香だ。
「だ、だからごめんって。でもさ、せっかくだから、これはいきなり驚かせちゃった方がおもしろ……う、んん! ちょっとびっくりさせちゃおうと思って、みんなにも黙っててもらうよう、頼んだんだよ」
「お前らホントサプライズ好きな! おかげで驚いたよ!」
達志の抗議の理由……それはズバリ、達志が通うことになる学校で、由香が教師として働いていることを、教えてもらえなかったことだ。
目覚めてからというもの、世界の変貌ぶりといい、自宅の改築ぶりといい、達志にとってはサプライズばかりだ。
しかし今回のは、これまでの出来事でトップに位置する。
二人が話し合っているこの場所は、先ほどの職員室ではない。
公の場で一生徒が、しかも復学した生徒が教師にこんな態度をとっていれば、それは問題だ。
なので、二人きりになれる場所……今は他に誰もいない、生徒指導室にいるわけだ。
由香が教師になった驚きが大きすぎて、どこで働いているかまで気が回らなかったのは、達志のミスだ。
あの時点では自分が復学することなど知るよしもないので、聞いても仕方ない部分はあったが。
だが、教師側……つまり由香は違うだろう。いつ、誰が復学してくるのか、事前に知らされるはずだ。
それを由香は、意図的に隠していた。
「眠ってる間に幼なじみが社会人になってた上、自分のクラスの担任とか、これ結構な衝撃の部類だよ?」
「あ、担任じゃなくて副担任……」
「どっちでもいい!」
この数日で起こった、衝撃の数々。多少耐性ができていたとはいえ、今回のことはそれをやすやすと飛び越えてきたのだ。
年取った幼なじみが自分の(副)担任教師とか、どんな世界になってしまったのか。
「世界もそうだけど……いやまあ、俺が寝てたせいでもあるんだけどさ……」
「とにかくたっくん、学校とプライベートじゃ、ちゃんと区別するように!
学校でいつもみたく『由香』呼びはダメだからね。公私はしっかりと。いいねたっくん」
「一番そういうのに鈍感そうな奴から一番それっぽいこと言われた!」
公私の区別など、まさか由香の口から語られるとは思わなかった。
中学の頃、その人柄から生徒に親しまれていた『安藤先生』を、『あーちゃん』と呼んでいたあの由香がだ。
「……成長したなぁ」
「なにが!? なんで泣いてる仕草!?」
指で目元を拭う動作を行いながら、達志は安心していた。
教師になったと聞いて心配していたのだが、どうやらちゃんと社会人やっているようではないか。
「ま、公私の区別については了解。由香……先生」
「……っ」
由香が大まじめなことを言っているが、それに異論はない。学校では学校の、プライベートではプライベートの付き合い方をしなければいけない。
そういうわけで、早速実践してみることにしたのだが……慣れない呼び方というのも、存外難しい。
そして、『先生』と呼ばれた本人は、なぜか軽く身を奮わせて……
「……この呼ばれ方、いいかも」
若干頬を赤くして、新境地を開きつつあった。ちなみにその動作や呟きは、達志に気付かれてはいない。
「んで、そろそろ行かないでいいの?」
「! あ、ヤバい!」
どこかにトリップしそうになっていた由香は、達志の指摘により帰ってくる。時計を見れば、そろそろホームルームの始まる時間だ。
この時代でも、そういった行事が損なわれていないことに、達志は軽い感動を覚えていた。
「じゃ、えっと……途中で担任の先生と合流しつつ、クラスに向かうから!」
「職員室にはいないのか?」
「忙しい人だから、じっとしてないの。ともかく、はぐれないように着いてきて! あと、自己紹介とかしてもらうから頑張ってねたっく……勇界君!」
急ぎ足で歩きつつ、軽く今後の方針が伝えられる。
担任の教師と途中で合流、そのままクラスへと向かう。当然自己紹介があるようで、それに関しては達志もバッチリだ。
何回も練習した。
それにしても、公私の区別と言っておきながら、達志を早速『たっくん』と呼びそうになってしまった由香のことが、心配になる。
やはり、ちゃんと社会人やれているのだろうか、と。
――――――
……由香と生徒指導室を出た達志は、道中で担任の教師と合流。最初会った時の印象は、でかい、だった。
達志の中でのでかい奴は、幼なじみである猛。一番身近で、身長は二メートル近い。しかし、それは人間の範囲内の話。
異世界人が混じるこの世界で、それ以上にでかい人はたくさん見てきた。ウルカ先生が印象深い。
目の前の人物……鋭く細い瞳には、睨まれただけで平伏してしまいそうな迫力がある。
左目側にモノクルをかけている理由はわからないが、そこに突っ込む勇気は達志にはない。
丁寧に切り揃えられた紫色の髪は清潔感溢れ、さすがは教師といったところだ。
だが、その迫力ある瞳も、見惚れるほどの髪も……達志が最初に抱いたでかい、という感想の前には意味を持たない。
「私が貴様のクラスの担任教師の、ムヴェル・シンだ。よろしく」
ムヴェルと名乗った教師。彼女はただでかいだけではない……でかい、理由がある。
彼女の上半身は、人間の姿だ。しかし下半身はというと、人間のそれではない。
四足歩行の生き物……馬の足を持っている。人間の上半身に馬の下半身、いわゆるケンタウロスだ。
故に、でかい。三メートルはあるのではと、そう思わせるほどに。
「……ど、どうも……」
恐る恐る、達志は頭を下げた。




