第30話 運命の食事会
リミの料理はまずいらしい。
「これまでは、家で作るときは、私とセニリアさんで、交代制にしてきたけど……」
「これからは、タツシ殿に食べさせるから自分が作る、と言って聞かなそうですね」
「あれ、俺の責任になってる?」
リミの料理の腕前を知ってからというもの、これまでは、みなえとセニリアの交代制で食事を作ってきた。
しかし、これからはそうはいくまい。なにせ、達志がいる。
達志に喜んでもらいたいと奮闘する彼女は、これから食事制に割り込んで来る可能性大だ。
それを思うと、これからの楽しいはずの食事風景が、地獄に変わる。
この短時間で、何度目になるかわからないため息が漏れ、空気が淀んでいく。誰のため息だろう。みんなだ。
そんな中で、無表情であるセニリアが一番、危険を感じているように見える。
「なんかセニリアさん……すげー嫌そうっすね」
嫌そう、とは直球過ぎたが、他に言葉が見つからなかったのでしょうがない。
達志の問い掛けに、従者ではあるがリミには辛辣な部分もあるセニリアはどう反応するか……見守ろうとして。
「えぇ、嫌ですよ!」
……見守る覚悟を決める前に、めちゃくちゃ意思のこもった言葉を吐かれた。
これまで冷静女だった彼女が、こうも取り乱すとは……
「姫が料理を作れるようになってから……私は、いつもその料理を食べさせられてきました。その度にまずくてまずくて……でも、その度に笑顔を浮かべながら聞いてくる天使のような姫に、まずいなんて言えるはずもない!
まずいのに美味しいと言うしかないんですよ! するとどうですか! 次々次々と毎日毎日毎日毎日料理を出してきて。あの天使のような悪魔が……くそまずいあの料理を……!」
「わ、わかった。わかりましたから、くそまずいとか言わないで」
まずいまずいと連呼するどころか、挙げ句くそまずいと吐き捨てたセニリアを慌てて止める。誰か止めるまで止まりそうになかった。
リミに聞かれていないだろうな。泣くぞ、みんなが。
吐き出すものを吐き出したからか、その頬は赤く染まっており、肩で息をしている。少し涙目になっているとことか、どれだけ嫌なんだ。
クールビューティのそんな姿は妙にそそるのだが、理由が理由だけに複雑だ。
「……失礼、少し取り乱しました」
「少しどころじゃないと思いますけど」
「まあ、この人がこうなるくらいアレってことだ」
ここまできても、誰もフォローにすら入らないのが凄い。正直、最初は怖いもの見たさがあったのだが、ここまで言われるとその気持ちも引いてくる。
しかし、今料理を作っているリミを置いて、逃げることなど出来るはずもない。
「料理出来ないヒロインとかテンプレだけど。完璧に見える彼女にこんな欠点が、ってところに、ギャップ萌え感じるじゃん?」
「アレを食べてまだそんなこと言えるなら俺はお前を尊敬するわ」
少しでも気を紛らわせようとしたが、ダメらしい。
そんなのはフィクションの世界だけなのか、それともそれは、ギャップと呼ぶにはマイナス過ぎるということなのか。
……リミの料理をついにアレ呼ばわりしたことから、おそらく後者だろう。
「くそ、せっかく逃げられると思ったのに……」
「お前、それ本人聞いたら泣くぞ」
「こんなことなら、初めのうちにまずいって言っときゃ……無理だな」
「無理ね」
「あの天使の前にはそんな残酷なこと言えません」
「セニリアさんはリミを嫌いなの好きなのどっちなの?」
正直に言うことも本人のためだと思うが、それすら出来なかったということだ。
リミが可愛いというのは認めるが……セニリアくらいはしっかりしてほしい。普段辛辣なくせに。
それとも、辛辣でもあるが実は駄々甘なのだろうか。
達志以外が知っているリミの料理。必死に想像力を働かせるが、所詮は想像。現実はどんなものかわかったもんじゃない。
……と、そこへ漂ってくるのは……
「……お? な んかいい匂いじゃん」
肉が焼け、ほのかに塩の香りが利いた、なんともいい匂いだ。
他にもいろいろと混ざっているが……香りは互いの邪魔をするどころか、それぞれが自身の、そしてそれぞれの持ち味を引き出している。
「なんだ、美味そうじゃん。脅かしやがっ……」
この香りで、まずいわけがない。ひどく脅かしてくれたものだ。
これは物申さなければいけないと、みんなの顔を見た時だった。言葉が、途切れる。
なぜなら……
「…………」
みんながみんな、表情が暗いまま。それどころか、さらに青くなっているようにも思える。
まるで、「ついに来てしまった……」とでも言っているかのように。最後の晩餐かな。
このいい香りが部屋を満たしても、なお。そして……
「みなさーん! 食事の用意が出来ましたよー!」
……運命の食事会が、幕を開ける。
「さあさあ! どうぞ座ってください!」
……リミが作った料理が、次々とテーブルに並べられている。
四人用のテーブルで食事をしていた達志にとって、この横長の、お金持ち感が強いテーブルで食事するというのは、やはり違和感があった。
「……これ、リミが一人で?」
「はい!」
達志が驚いたのは、豪華に変わった物類よりも、テーブルに並べられた料理の品々にあった。
十人以上が座っても余りあるだろうテーブルいっぱい……とまではいかないものの、たとえ六人でも食べ切れるだろうか、というほどの量の品々が並べられている。
肉をふんだんに使いつつも、野菜とのバランスを忘れていない栄養の考えられた品。てんこ盛りの刺身。
鍋いっぱいの味噌汁、ホカホカのご飯、なんだかよくわからないもの。
おそらく、異世界サエジェドーラの食べ物だろうか。
これを、たった一人で……しかも、決して多くなかった時間の中で。この量とクオリティは、素直に称賛に値する。
見た目の良さは申し分なく、加えて部屋を埋め尽くすほどの香りは、それだけで食欲をそそられる。
正直、現時点では百点中千点越えは下らない。




