第25話 リハビリの日々と退院の日
その日からさっそく、リハビリが行われた。
やはりと言うべきか、病院内を歩くだけですぐに疲れ、息切れを起こす。昨日のはなにかの間違い、というわけではなかった。
まるで、長距離マラソンを走った後のように汗が吹き出し、たった数十歩さえとてつもなく長く感じる。
体の衰え……これは仕方がないことであり、むしろこの程度で済んでいることに感謝だ。
十年動かすことのなかった体は、本来なら筋肉が固まり、歩くどころか体を動かすことさえろくにできなかっただろう。
そうならずに済んでいるのは、母や医師たち……周りの協力のおかげだ。
「イサカイくん、頑張るねぇ。けど、無理は禁物だよ」
「はいっ」
空いた時間はリハビリに費やし、またお見舞いに訪れてくれた人と会話を弾ませ、日々を過ごしていく。
予告通りに毎日来てくれたリミや、時間を見つけては母や幼なじみのメンバーも来てくれる。
その中でも、訪れる頻度が一番少なかったのは由香だ。彼女の性格なら、それこそ毎日来そうだが……
それも、教師という職業についているのだから、仕方のないことだろう。
仕事終わりに来る選択肢もあるのだろうが、それは達志から断った。さすがに、仕事終わりにまで来てもらうのは悪い。
むしろ、せっかくの休日を使って来てくれるだけでもありがたい。
「ホントはずっとついててあげたいんだけど、そうもいかないのよねぇ……けど、いれる限りはいるからね」
「はぁ……時間が足りないよぉ……平日は来れないし、休日もきりきり舞いだよぉ……」
「忙しい時は忙しいけど、仕事がない時はホントないからな……不安定だけど、まあ慣れりゃ楽だよ」
「私は、自営業だから……時間を作りやすい、かな」
「むむぅ……平日は学校終わりにしか来れないのが、学生の不便なところです」
……と、達志の下へ訪れてくれたみんなは言う。どうあれ、来てくれるのはとても嬉しいものだ。
このメンバーの中では、仕事に時間を縛られている母みなえよりも、自営業でデザイナーをやっているさよなの方が勝手が利くようだ。
リミを除けば、達志が目覚めてから一番病室を訪れていたのは、さよなであろう。
みなえは、息子が目覚めたことで多少仕事先で融通が利くようになった。
それでも、自由に時間が使える分さよなの方が、訪れる頻度も滞在する時間も長かった。
ちなみに、リミと初めて話したあの日以来、面会時間を過ぎての面会は、たとえリミであっても禁止された。
まあ当然といえば当然だろう。
「それで、今日はね……」
達志が退屈しないようにと、日々足を向けてくれるさよな。
かといってずっと居座るわけではなく、達志の様子を察して帰ったりと、気遣いにぬかりがない。
その点に、感謝しかない。
無論、他のメンバーにも感謝はあるが……特にさよなは昔から人一倍、慈愛にあふれた人物であった。
「俺も頑張らないとな」
周りの人たちの温かさに包まれて……達志は、決意を新たにする。
周りに甘えるだけでなく、自分で自分を追い込み、一刻も早く体の調子を元に戻すために。リハビリを続ける。
早く退院して、みんなを安心させるために。
そして、自分が安心するために
そんな生活が、二週間を過ぎた頃……病室を訪れたウルカによって、達志の努力の結果が、身を結んだことを伝えられた。
「うん、順調……いや、予想以上に成果が出てるね。驚いた……頑張ったね、イサカイ君。
この分なら、後二、三日もすれば退院できるよ」
……その宣告から、三日の月日が過ぎた。その間も、達志の下を訪れる人がいない日はなく、そしてリハビリを怠ったこともない。
その結果、体の様子は順調に回復していった。
歩くだけで息切れを起こしていた体力の低下も、今では普通に歩き回れる程度には、回復している。
元の生活に戻れるよう、努力した結果だ。
「ん、くぁ……ふわぁ」
「なにだらしない声とあくびしてんの」
今、達志は荷物を纏めている最中だ。荷物といっても、着替えとかくらいだ。
母と共に纏めた荷物を持ち、改めて病室を見回す。
達志にとってはたった数日でも、実際には十年間お世話になった病室。そして、この病院。
そこと今日、お別れすることになる。まあ、定期検診で今後も訪れることはあるが。
さっさと退院してしまいたいとは思っていたが、実際にそうなると、中々に感慨深いものがあるというものだ。
部屋を出る直前、足が自然と踏み止まり……次の瞬間には、部屋に向かってお辞儀をしていた。
十年間、共に過ごし、見守ってくれた部屋に対して……
「……なんだよ」
「なんでも?」
ふと我にかえり、見られていたことに対する恥ずかしさを覚えながらも、足早に歩いて行く。
「ほら、忘れ物ない? お腹空いてない? やっぱり荷物持とうか?」
「だー、子供か! んなもん大丈夫だから、一々母さんが心配することじゃないっての」
病室を後に、歩いている途中、母からの心配の声は止まらない。
息子を心配するその姿に、以前なら鬱陶しさを感じていただろうが……今ではそんな気持ちは、なかった。
それにしても、以前から心配性だったのが、相変わらずどころか、むしろ悪化している気がする。
起きたばかりの息子相手に、仕方ないといえば仕方ないのだが。
「ご心配なく。忘れ物というほど持ち物ないし、朝飯食べたばかりだし、荷物だってこれくらい持てる」
「そうですよおばさん、ある意味これもリハビリの一環ですよ」
「でも心配なものは心配なんだから……」
「……まあ、そうですよね。強がって、そのうち腕折れちゃうんじゃないかとか……」
「怖い想像するな! そうなりそうなくらい辛かったら、さすがに言うよ!」
飛躍した母の言葉に突っ込んだところで、はっと達志は口を押さえる。ここはまだ病院の中なのだ。あまり騒がしくしてはいけない。
「なに騒いでんだよ達志よぉ」
「うっせ」
この場にいるのは、なにも母だけではない。
退院の日だからと、予定がついたみんなは、駆けつけてくれたのだ。そこには、猛とさよなの姿があった。




