第19話 あるものを持ってきたんです
リミが頭の中を整理しているのを横目に、達志は今の説明の中での、疑問点を聞く。
「そういや、空気中に漂う魔力、"生命の力"だっけ。って言ってましたけど、それってどういう?」
「その名の通り、と言ってしまえばそれだけなのですが……人が生きるために不可欠な酸素は、空気中に漂ってますよね? "生命の力"は言うなれば、第二の酸素、というべきでしょうか。
命に関わるものではありません。なくても生命の危機に瀕することはないですが……ないと魔法が使えません」
酸素と同じく、空気中に存在しているもの。それが魔法源、魔力となるものだ。
それはつまり、魔法を使う世界にはあって当然のもの。
魔法が使えない者は、体内に貯蔵庫がないため、どのみち魔法が使えないようだが。
"生命の力"、とは、すなわちリミ達の暮らしていた世界には、あって当たり前のものなのだ。
ならば、元々魔法が存在しないこの世界では、どうなのだろうか。
「えっと……なら、この世界じゃどうなんですか?
そっちの世界では、魔法使いは多いから魔力は充満してる。でも、こっちじゃ魔法使いなんていないから、魔力もないですよね。
あ、もしかして元から魔力が充満してたけど、誰も魔法適正はなかったってパターンですか?」
「あ、待って。まだ頭の整理が……」
「いえ、残念ながらこちらの世界では、魔力の存在は認識できませんでした。
ですので、こちらの世界に引っ越ししてくる際、魔力の源となる"あるもの"を持ってきたんです」
異世界サエジェドーラには、当たり前のように存在していた魔力も、この世界には存在していなかった。
なのに、この世界でも彼女らは魔法が使える。昼間に散々見た光景だ。
その疑問に対して、魔力の源……つまりは魔力を発生させる、なにかを持ってきたのだという。
ちなみに隣のリミが涙目になっているのは、二人ともお構いなしだ。
「魔法の源……
んで、それって一体?」
「説明が難しいのですが……タツシ殿が退院した時に、その疑問も晴れるかと」
魔力の源であるものの存在を聞こうとしたが、説明が難しいと省かれてしまった。
ただ、達志が退院した時にわかるとは、一体全体どういう意味であろうか。
気にはなるが、無理に聞き出すこともあるまい。
「まあそれも今後を楽しむ醍醐味だしな。説明が難しいなら、まあ目で見て確かめてみます」
それに、退院した時にわかるのならばそう遠くはないはずだ。多分。
「すみません、私の説明が至らないばかりに……」
「いいですって、むしろ楽しみが増えました。んで、次の質問にいきたいんですが……」
「ですがタツシ殿、お体のお加減はよろしいのですか? 時間も経ってますし、あまり無理をなさるのは……」
湧き上がる好奇心を抑えられない達志だが、一旦ストップがかかる。
それは達志の体を気遣うものであり、時刻は二十一時過ぎ。リミたちがこの病室を訪れて、すでに二時間の時間が経っている。
「無理って言っても、こうして話を聞いてるだけですし。しかもベッドに寝転がったまま。
それにもし時間を気にしてるんなら、質問攻めの俺が言うのもあれですけど、セニリアさんたちこそ、後でウルカ先生に怒られたりしません?」
セニリアたちが達志のことを心配するように、その逆で達志もセニリアたちの心配をしている。
思い返せば、リミは面会時間が過ぎているのを、無理言って来たと言っていた。
しかも達志は病み上がりだ。もっとも、セニリアたちを引き止めている形になっている達志が言えたものではないが。
「その点に関してはご心配なく。タツシ殿の許可がある限りはいてもいいと言われましたので」
「それなら安心。俺のことも気にしないで……いや、実を言うとあんま一人になりたくないんですよね。十年も寝てたんだから眠くもないし、このまま一人で夜を明かすのは心細くて。
いや、眠るとかそれ以前に……次眠った時、また眠り続けたらどうしようって」
達志の心の奥に眠る、恐怖心。目の前のファンタジー満載の出来事に好奇心を全面に出し、恐怖心を抑えつけていた。
しかしそれは、ちょっとしたことで崩れてしまう。
十年眠っていたという事実は、少なからず達志に恐怖という感情を与えている。次に眠ったとき、また眠り続けてしまうのではないか……と。
次起きたとき、また周りの環境が、大きく変わっていたらどうしよう……と。
「た、タツシ様!」
「は、はいっ?」
心なしかしんみりしてしまった病室に、響くのは今の今まで頭から煙を出していたリミだ。
その大きな声と真剣な眼差し、思わず達志も敬語になってしまう。
そして達志の手を取り、目の前の彼の瞳をまっすぐに見つめ……
「も、もし宜しければ……わ、私が今日、こ、ここに、と、とま……とま、っま……こ、ここ……ここに……」
勢いに任せてなにかを言おうとしたのだが、次第に顔が真っ赤になっていく。
雪のように白い肌は、わかりやすく赤く染まっていき、ウサギの耳も若干赤くなっている。
それに、過呼吸を起こしたように、必要以上に呼吸を行っている。
「り、リミ?」
「……っ! きゃあああ す、すす、すみません!!」
声をかけられたことによりようやく少しだけ冷静になったリミだか、その目は次に、自分が掴んでいるもの……
すなわち、自分が目の前の少年の手を握っていることに、気づく。
知らず、達志の手を握っていたようだ。
それを理解した途端、悲鳴とともに手を離し、ひたすらに謝っている。
「い、いや、そんな謝らなくても……」
平謝りを受けて達志は、呆気にとられるしかない。何がどうしてこうなっているのか……
そんなに自分の手を握ったのが嫌だったのだろうかなど、そんな考えまで出てくる。
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