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第179話 どうしたらいいのかわからない



 由香が達志を押し倒したような、この状況。


 正直、見られたのが猛やさよななら、かわかわれはするだろうが話せばわかってくれるだろう。死ぬほどからかわれるだろうが、誤解はなくなるはずだ。

 赤の他人だったとしたら、ここまで必死になる必要もない。達志たちもまた、この場から逃げてしまえばいいだけだ。


 だが、今のリミは……確実に、誤解を抱いてしまっている。

 それを早急に解かなければならないというのは、達志も由香も感じていた。なので、早く追いかけたいのだが……


「ちょ、由香!?」


「ご、ごめん……ちょっとだけ、待ってて」


 足をひねってしまった由香は、なかなか達志の上から退くことができない。

 そのため、由香自身の回復魔法で、ひねった足の痛みを回復させなければいけない。


 時間にしてほんの数秒……しかし達志にとって、たかが数秒がとんでもない拷問だ。

 由香の女性らしく発達した身体は、思春期真っ盛りの青少年には毒過ぎる。いや、青少年でなくても、男ならみんなやばいだろう。


 その数秒で達志の中の男が大噴火してしまわないよう無心になるよう努め、ただただ時間が過ぎるのを待つ。煩悩退散煩悩退散。

 こんなときはあれだ、体育祭の時の、トサカゴリラとナルシストによる最悪芸術品を思い浮かべろ。

 ほら、あまりの吐き気に逆に落ち着いてきた。


「待たせてごめんね。よい、しょ」


 由香が退いてくれると、急いで達志も立ち上がる。

 リミを追いかけなければならないが、由香はなぜかその場から動こうとしない。退いた状態から、その場に座り込んでしまった。


 そうする意図が分からない。のだが……


「どうした由香? まさか、まだ足痛むのか?」


 魔法で回復したとはいえ、その痛みは完全に消し去れていないのかもしれない。

 そんな心配をする達志に、由香はほのかに赤くなった顔を向けると首を振る。


「だ、大丈夫、だから。なんでも、ない」


「そうは見えないけど……」


「追いかけるから。だから、先にリミちゃんを追いかけて」


 正直に言えば、由香をここに一人にしておくのは気が引ける。

 いくら達志より十年成長したとはいえ、やはり幼なじみで頼りない女の子だ。それに、身体つきもすばらしく成長している。


 だが、由香の目は達志がここに残ることを拒んでいる。それに……


「ほら、携帯もあるからさ。一人になるのを気にしてるんだろうけど、変なことが起きそうならこれで助けを呼ぶから」


「……わかった。なるべく、早く移動しろよ」


 由香は携帯電話を見せ、それにより心配いらないことを伝える。

 元々達志は、由香が電話しているのを心配して着いてきたのだ。連絡手段があるのは当然だろう。


 元いた場所であれば、猛たちがいる。連絡を取ることは出来る。

 ただ、助けを呼んでもそこからここに来るまで時間が掛かることは、由香だってわかっているはずだ。


 釈然としないが、達志はそれでひとまず納得するとする。ちゃんと戻るように告げると、一足先に空き家を出る。

 お互いが見えなくなるまで、由香を気にする素振りを見せながら、走っていく。


 達志が見えなくなったのを確認してから、由香はその場に座り直し……膝を抱えるようにして、額を膝に押し付ける。


「……っはぁ……ダメだよ、あんな……ドキドキ、しちゃうに決まってんじゃん……」


 触れた男の子の……達志の、体温。

 まだ子供っぽさを残していながらも、ちゃんと男らしさを伝える胸元。

 目覚めてから体を鍛え始めたらしい体は若干の頼もしさを感じた。

 なにか間違いがあれば、いやどちらかがその気になれば簡単にキスできそうな距離にあった、達志の顔。

 お互いに吐息が掛かるほどに近かった。


 達志の心臓は、バクバクだっただろう。それが由香にバレなかったのは……由香も同じく、心臓バクバクだったからだ。

 そして、それはお互いの体が離れ、達志がいなくなった今も。


「うぅ…………私、どうしたらいいの……」


 いくら幼なじみとはいっても、自分は教師で、相手は生徒。だから男女のそんなこと、あってはならない。

 でも自分たちは、本来同じ時間を歩むはずだった。十年という時間は、本当ならばお互い同じように過ごしているはずだった。だから男女のそんなこと、あったっていいじゃないか。


 最近由香は、自分の気持ちがわからない。いけないと気持ちはわかっている。今高校生で、友達も出来て、高校時代を生きている達志には、自分なんかよりもっとふさわしい人がいると。

 同じくらいの子を好きになって、彼女を作って、同じように時間を過ごしていく。その方がいいに、決まっている。


「…………」


 でも、あんなに触れ合ったら……やっぱり気持ちを封じ込めることなんて、できない。

 あのまま達志と二人きりなら、あの放課後の教室の時のように、なにを口走ってしまったかわからない。


 なにより、こんな顔……達志に、見せられない。


「…………き…だよ。……好き、だよぉ……たっくん……」


 如月 由香の消え入りそうな言葉は、誰にも聞こえることなく……窓の隙間から流れ込んでくる潮風にさらわれ、空の彼方へ消えていく。


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