第176話 子供の作り方
三人からあらぬ誤解を受け、珍しく猛が狼狽えている。これはこれで貴重な体験であるが、そろそろ本人の意見も聞いた方がいいだろうと達志は判断する。
確かに猛はモテるが、だからといってそんな無責任なことはしない。
はずだ。さよなやセニリアの反応を見ても、何か事情がありそうなのは間違いない。
「じゃあからかうのはこれくらいにして……猛、そりゃどこの子だ?」
「え? 猛くんの子じゃないの?」
「え? タケル様の子じゃないんですか?」
「……」
赤ちゃんを本当に猛の子だと思っていたらしき由香とリミは、訳が分かっていないらしい。この二人、似た者同士である。
「もし猛の子なら、ここに来る時点で一緒じゃないのはおかしいだろ。そもそも、猛のことだから結婚したとか子供がいるって報告は真っ先にするだろうさ。
俺はともかく、由香まで知らないってのはおかしいしな」
「はっ、なるほど」
ようやく合点のいった由香は、小さくうなずく。とはいえ、見た瞬間あまりの衝撃に息が止まりそうになったのは達志もだ。
本当に、猛とさよなかセニリアの子でないかと疑った。
ぶっちゃけた話、この十年の期間があれば猛とさよながとっくにくっついていてもおかしくはなかったのだが……それはそれとして、今は置いておこう。
「で、この子は?」
「あぁ……同僚の子だよ。さっきたまたま会ってな……少しの間だけ預かっといてくれって言われたんだよ」
「ふーん」
「露骨につまんなそうだなお前!」
赤ちゃんの正体は、同僚の子という……特に面白みのない、ものであった。
「わぁ、赤ちゃんだよ赤ちゃん」
「か、かわいいですね」
猛の疑いが晴れた途端、リミと由香は赤ちゃんの傍へと移動する。
あまり人見知りしない子なのか、これだけ大勢に囲まれてもおとなしくしている。
「あー」
「ん、私? ね、ねえ、抱いていいのかな?」
「まあ自由にしていいって言ってたしな。けど丁重に扱えよー?」
「合点!」
赤ちゃんが手を伸ばす先には、由香が。その仕草に母性本能をくすぐられたのか、瞳を輝かせながら猛に問う。
あまりのかわいさにハァハァ言ってるし、下手をしたら通報ものだ。
猛のお許しも出たので、恐る恐る由香は赤ちゃんを抱っこする。腫れ物を触るように、そっと……腕の中に人間一人が、すっぽりと収まる。
「ふわぁ……」
直に赤ちゃんを抱いた由香の顔は、めちゃくちゃ緩み切っていた。それも、無理のないことではあるが。
由香は子供が好きだから教師になったのだ。赤ちゃんを目の前にしたら平静を保ってはいられないだろう。赤ちゃんも、どうやら喜んでいるようだし。
そうやって、赤ちゃんを抱く由香は……当然水着姿だ。それを見る達志と猛は、互いに同じようなことを考えていた。
「なあ達志……」
「あぁわかってる……なんか人妻みたいで、えろいな」
頭の中がピンクな二人。そんな二人を見て、さよなは小さくため息を吐いて一言。
「男って、バカだなぁ」
由香が赤ん坊をあやし、男二人がバカなことを考えていた頃。
それを見守るリミはというと……
(赤ちゃん……子供かぁ……)
赤ちゃんについてを考えていた。赤ちゃんについてといっても、そこまで難しいことではない。それはつまり、誰もが通る道であろう。
……『赤ちゃんって、どうやってできるのだろう』と。
無論リミは高校生……高校生ともなれば、その手の知識は知っていてもなんら不思議ではない。だがリミは、その手の知識を、欠片ほども知らないのだ。
なにせ、子供の作り方どころか恋心すら理解していないリミだ。
お姫様であるが故に、その手の色恋沙汰問題からは充分慎重に触れられてきた。
つまりは、めちゃくちゃ箱入りなのだ。
(コウノトリが運んできたのかしら……)
なのでリミが知っている知識といえば、この程度。ずいぶん昔からあるおとぎ話のような言い伝え。コウノトリが赤ちゃんを連れてくる。
しかしそんなものが言い伝えというか真実の知識ではないというのは、リミも薄々気がついている。
魔法の発展したこの世界で、そんな昔話を信じられるものか。
よって、リミに今子供がどうやってできるかの知識はなく……考えているうちに……
「子供って、どうやってできるんだろう」
と、口に出してしまうのはもはや必然であった。
呟く程度の小さな声だったはずだ。しかし、それはどうやらこの場にいる全員に聞こえてしまったらしい。
振り向き、顔を赤くする者、または青ざめる者……と、反応は様々だが……これがみんな驚愕している反応なのは、リミにもわかる。
「あ、あの皆さん……?」
「姫! どうしたんですかいきなり! タツシ殿に何かされましたか!?」
「おい」
いの一番に反応したのは、セニリアだ。リミの肩を掴み、ものすごい形相を浮かべている。揺さぶるその姿は軽くホラーだ。
「い、いやそうじゃなくて……赤ちゃんって、かわいいなって。そう、思って……」
それが真実なのだから、こう答えるしかない。もっとも、それでセニリアが納得したかは微妙なところだが。
とりあえずセニリアから解放され、ほっと一息。
それから、改めてみんなの顔を見回して……ただただ、困惑だ。なぜこうも慌てているのかが。
「えっと……私、まずいこと聞きました?」
「まずいっていうか……ここでその質問が来ること自体予想外だったから。ところで、ホントに知らないの?」
「はい」
なんて純粋な瞳で答えるのだろうか。これを見ては、とてもリミが嘘をついているとは思えない。
とはいえ、高校生でその知識量は果たして大丈夫なのだろうか。
かといって、ここで真実を話すというのも気が引ける。
「おい由香……学校でそういうこと教えてないのかよ」
「私保健担当じゃないもんー」
目をばってんにして答える由香を見ながら、達志は思い返す。確かあの学校の保健教師は……パイア・ヴァンという名のヴァンパイアだったはずだ。
保健教師且つヴァンパイアなのに血が苦手という、ある意味ヤバい人物だ。
ヒャッハーが学校テロを起こした時に、達志含め怪我してもらった人は治療してもらっていたはずだ。
あの人物が、子供の作り方をレクチャー……ダメだ、想像できない。
「ええと、リミちゃん? そういうことは、人前で聞くことじゃあないんだよ?」
と、赤ちゃんを抱えた由香は先生らしく、どっしり構えて注意をする。
「じゃあ由香さんは知ってるんですね? 教えてください!」
「ふぇっ?」
思わぬカウンターに、動揺して由香は赤ちゃんを落としそうになる。が、すんでのところで踏ん張りそれを防止。
その顔は、予想以上に赤かった。




