第173話 大胆な作戦
結局のところ、一度追い払ったくらいでは、また別のナンパが迫ってくるだけだ。
なので、由香とリミは大胆な作戦(?)を決行した。
それは……
「あ、あのー、お二人共? その、なんというか……歩きにくい、と言いますかね……この状態はひじょーに、そのぉ……」
「し、仕方ないでしょ。これも、ナンパ除けのための対策なんだから」
「そ、そうですね。私も加わらないと変ですから……」
……現在、達志は周りからの視線を一身に集めていた。それは先ほどのナンパのようなものではなく……もっと鋭い、怨念のような視線。
なぜなら、今由香とリミは、達志の腕にそれぞれ抱き着くという形を取っているからだ。
つまり、両手に花……状態であった先ほどの上位形体ということになる。
「……っ」
ただ並んで歩いているだけならともかく……こうして腕を組むような形だと、どうしても柔らかくどうしようもなく柔らかいものが当たって、いや押し付けられてしまう。
柔らかい……大事なことだから、二回言った。
しかも、今は水着姿という、非常に露出の多い格好だ。布一枚越し……それどころか、もう素肌が当たっているのだ。
これで、どうやって冷静を保てというのか。
さらに、ここはビーチ……人もそこそこ多い。そんな中で、美女美少女二人を侍らせていれば、周りからの……特に男からの視線はもはや必至というものだろう。
「うぅ……は、恥ずかしい……」
「ならやめたらあ!?」
これを提案してきた言いだしっぺの由香は、すでに顔が真っ赤だ。しかも身長さのせいで、彼女は腰を折り屈みながら歩いている状態だ。
正直、由香の負担の方がすごそうだ。
「や、やめないっ。そしたら、またナンパされちゃうしっ」
「が、頑固者め……」
事実、この状態になってからめっきりナンパはされなくなった。なにせ、男一人を、美女美少女がサンドイッチしている……当然といえば、当然であるが。
ぶっちゃけた話、視線で殺されてしまいそうだ。
それはそれとしても……達志自身の問題、理性が持たない。
こんな露出の多い水着で、校内でトップの美少女と教師の中でも上位に入る美人……そんな二人にこんなことをされて、現在健全な男子高校生の達志には刺激が強すぎる。
本来はどうあれ、いろいろな機能は高校生のままなのだ。
よって、さっさと自販機でジュースを買って帰りたいのだが……
「じ、自販機が、ねえ……」
歩けど歩けど、自販機が見当たらない。海なのだから、ちょっと歩けばあるかと思っていたが……
そう言えば、この辺りの景色も随分変わったものだ。
まあ、達志にとってこの間のことも、この世界では十年前のことなのだから当然なのだろうが。
「……あ、自販機あったよ」
どれだけ歩いたか、というかどれだけ視線を浴びたかわからないが、ようやく自販機を見つけた。
ようやくこの、幸せで辛い時間からも解放されるというものだ。
いや、まだ帰り道が残っている……
そんなことを考えつつ、飲み物を見定める。
だが、このまますんなりと事が終わってくれるはずもなく……
「あれ……先輩?」
飲み物を選んでいる背後から、聞きなれた声が聞こえたのだ。
達志を指して『先輩』と呼ぶのは、彼が知る限りで一人だ。同じ部活に所属する、金髪エルフの後輩……
「しぇ、シェルリア?」
振り向くとそこにいたのは、美しく輝く金髪が印象的な、エルフの少女。
達志の所属するテニス部の後輩であり、なにを隠そう校内二大美女の一人であるシェルリア・テンだ。
なぜ彼女がここにいるのかはわからないが……いや、海にいる理由など一つしかないのだが。
その証拠に、彼女も水着だ。控えめな彼女らしからぬビキニタイプの水着で、白を基調としたものに桜の模様が散りばめられている。その上からパーカーを被ってはいるが、それでも白い肌を隠しきれてはいない。
校内二大美女なだけあってスタイルも抜群。浜辺を歩けばそれだけで男どもの視線を集めること請け合いだ。
「先輩も、海に来てたんですね。……え、っと……如月先生?」
「えっ? あ、あぁこれは、ね! 違うのこれは……あははは!」
達志に反応したシェルリアだが、その次に気になるのは両側の美女美少女……しかも、片方は自分の学校の先生だ。
その上……達志の腕に、その豊満な胸を押し付けるように腕を絡めている、ように見える。
これは端から見れば、恋人にするようなそれだ。
それを、教師が一生徒に……とは、看破できない問題だろう。とっさに離れた由香だが、ばっちり見られた。
(いや、そりゃそうだよな……)
海とはいえ、どこで誰が見ているかわからない。これは、由香もそうだが達志も迂闊だったと言わざるをえない。
勘違いだとしても、教師と生徒が付き合っている、と見える関係に思われてしまえば……由香の立場は危うくなる。
せっかくなった教師の道が、閉ざされてしまう。
そんなことには、させるわけにはいかない。
「あー、シェルリア? これはその、ゆ……如月先生が体調崩したって言うから、支えをだな……」
とっさの言葉が出てこず、苦しい言い訳になってしまうが……
「そうだったんですか? 如月先生、大丈夫ですか?」
「えぇ? あ、うん」
だが予想していた以上に、すんなりと信じるシェルリア。天使か。
その素直さに対して安心する反面、シェルリアの純粋さが心配になってしまう瞬間でもある。
「でも驚きましたー。先輩や先生が、一緒に海に来るくらいに仲が良かったなんて」
「……」
まずいな……と本能が訴えている。このままではシェルリアの中では『達志と由香は生徒と教師でありながら一緒に海に来るくらいに仲がいい』となってしまう。
実際には間違っていないとはいえ、そんなことになってしまえば、彼女に関してあらぬ誤解が広がるだろう。
それが、どこから外に漏れないとも限らない。迂闊としか言いようがないが、見られたことは痛い。




