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第172話 ナンパされますよね


「っはぁ、ひどい目にあった」


 生き埋めとも言える状態から解放された達志は、ぐっと腰を伸ばす。

 土の中はひんやりして気持ちよかったとはいえ、あんなものはもうこりごりだ。


 まあ……まったく楽しくなかった、というわけでもないのだが。


「たまにはいいかな、こういうのも」


「なんだお前、ドエムかよ」


「どの口が言うのかな!?」


 こんな風にみんなでバカやって、あとから思い出していい思い出とすればいいのだ。

 それに、由香たちはめったに、こういった遊びは出来ないのだろうから。

 達志ではなく、どっちがはしゃいでいたのか、わかりはしない。


「じゃあ私、ジュースでも買ってこようかな」


「あ、私も行きます」


 スイカを食べ終わると、飲み物を買ってくると由香が立ち上がる。

 それに続いてリミも立ち上がり、さらにセニリアも……


「では、私も……」


「いいっていいって。セニリア、さっきから私のこと気にしてばかりでしょ? だからゆっくりしててよ」


「しかし……」


 着いていこうとするセニリアを座らせるリミであるが、セニリアの心配ももっともだ。

 なんせ、リミも由香も超がつくほどの美少女&美人。同居している女の子や、幼なじみという身内びいきを引いてもなお、それは変わらないと達志は思う。


 なので、そんな二人が無防備に歩いていたら……ここから三歩歩いただけでナンパされること間違いなしだろう。

 それほどまでに、魅力的なのだ。


「ならば……タツシ殿、お二人に着いていってもらえませんか」


「え、俺!?」


 ナンパされないためには、セニリアのようにはっきりと物事を断れる人間か、達志のような男が着いていくべきなのだ。

 その意味で言えば、さよなも適切な人材とは言えない。


 そこで達志に白羽の矢が立ったわけだが。


「いや俺は……ほら、猛の方がナンパとか追い払ってくれそうだし、なんなら母さんだって」


「あら、あんた母親にジュース買いに行かせるつもりなの?」


 いつの間にかビーチチェアに寝そべり、サングラスをかけていたみなえが軽く体を起こし、サングラスをずらす。その口元には笑みが浮かんでおり、この状況を楽しんでいるらしい。

 さらに、猛からは……


「それでもいいけど、そうしたらお前、今度はこっちがナンパされるかもしれないぞ?」


「う、確かに」


 と正論を返される。男が二人しかいない以上、どちらかに一人は残らないといけないのだ。


 セニリアならナンパをあしらってくれそうだが、リミからゆっくりしててと言われたセニリアにナンパ除けをお願いするのは心苦しい。

 よって……


「わ、わかったよ。二人には俺が着いていく」


「それでこそ男だぜ達志」


 結局、由香とリミに付き添うのは達志という形に。

 それを見送るみなえや猛がすごく笑顔なのが気になるが。


 このモデルのような二人に挟まれるというのは、達志としても身を引いてしまいたくなるのだが、仕方ないことだ。


「すみませんタツシ様、ついてきてもらって……」


「いいって、どうせ全員分のジュースは二人じゃ持てないでしょ」


 先ほどの、着替え待ちの時とは違う。あのときはまだ四人だったし、セニリアもいたからナンパをあしらえていたのだろう。

 だが、ここにいるのは頼りない男子学生一人。よって……


「ねーかーのじょ。俺らと遊ばない?」


「なんかおごってあげるから一緒に来ない?」


「ひひ、日焼け止めクリームとか、塗ってあげようか」


「そんなガキより俺らといた方が楽しいって」


 歩く度にナンパが寄ってくる。しかも、達志の言葉などまるで無視。

 ガキだからと、侮られているのだろうか。


 大学生くらいのチャラい男たち。由香とリミの手前「ガキは邪魔だ」とかは言われなかったが、そう思っているだろう雰囲気は感じ取れた。

 この野郎、本当ならお前らより年上だぞこら、と叫びたくなった。


 結局、達志はナンパ除けの役割は果たせず。

 驚くことに由香がちゃんとナンパに対応していた。本人曰く、社会人になってから言い寄ってくる男が後を絶たなかったから、自然と男をあしらう術がうまくなったとのこと。


 達志、役立たず。それどころか……


「ねーぼく、お姉さんたちと遊ばない?」


 まさかの達志を狙ってのナンパ。先ほども猛と二人のときも同じような目にあったが、これはつまり猛のおこぼれでナンパされたわけではないと証明された。

 その事実に鼻を膨らませていると、どうやら由香とリミに誤解されたらしい

 。すごい目で見てくる。一概に誤解とも言えないのだが。


「すみません、私たちは……」


「あ、良ければお姉さんもどうです?」


 そこで断ろうとした由香に、ナンパ女性が言う。言ってはならないことを。今の『お姉さん』とは年上の女の人、というニュアンスではない。『達志のお姉さん』という意味だ。


 それは実は由香が、一番気にしていること。

 自分たちは同い年の幼なじみのはずなのに、こうして姉弟に見られてしまう。実に不服だ。


 だから由香は、達志の頭を己の豊満な胸元へと、かき抱く。


「んむぅ!?」


「私たち姉弟じゃありません!」


 突然、顔がなにかとてつもなく柔らかいものに包まれ、達志は言葉を失う。

 それは隣にいたリミも、ナンパ女性も同じことだ。


 そしてそれを見たナンパ女性は、由香と自分との容姿を見比べて退散。多少の美人くらいでは、由香に太刀打ちできるはずもない。

 姉弟だからこそと狙ったが、そうでないのなら勝てない。


 リミだけであれば、あるいは言葉巧みに丸め込めていたかもしれない。


「ふぅ、びっくりした。まさかたっくんがナンパされるなんてね」


「あ、の……ユカさん? む、むむむ……」


「む? ……あ!」


「んむぅ……」


 ナンパを追い払ったところで、由香は自分の大胆な行動に気付く。達志からはすでに抵抗の意思すら見られないが、急ぎ離す。

 達志の顔は、真っ赤も真っ赤だ。


「ご、ごめんねたっくん! いきなりあんなこと……たっくん? たっくーん!」


 圧により撃沈した達志は、それはもう幸せそうな顔をしていた。

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