第165話 置いていかれて駆け出して
「格好悪い……いや、んなもん今さらか」
海への思いを馳せる達志。
格好が悪い……なんて気にしたとしても、それはもう今更というものだろう。昨日の体育祭で、無様な姿を見せたばかりではないか。
不恰好を心配しても、すでに遅い。
それよりも、だ。泳げるか泳げないかの心配ではなく、純粋にみんなと楽しむことを考えようではないか。
大人になった幼なじみと、自分を慕ってくれる少女と……そんな相手と一緒に遊ぶことなんて、そう経験できるものではない。
何事も、ポジティブに考えようではないか。みんなと過ごすはずだった十年を悔やむのではなく、これから新しい生活が始まるのだと……
「……って、そう簡単には割りきれねえよな」
十年という月日を眠っていたためか、すっかり癖になってしまった一人言。
意識の中では気にしていなくても、無意識下の中で体が疼く。黙りだったままの口は、とにかく動きたくて仕方ないのだ。
確かに、十年眠っていたからこそ、リミやセニリア、今のクラスのメンバーにだって会うことができた。
普通に生活してあのまま成長していれば、関わることすらなかったであろう人たち。
同時に……母や、幼なじみ。みんなと一緒に成長することができなかったという事実は、変わらない。
現実として変えようのない事実であっても、何度だって、何度だって考えてしまう。
「……」
みんなと一緒に成長していたら、今自分はなにをしていただろう。大工になった猛、デザイナーになったさよな。あの由香だって、教師になっている。考えられなかったことだ。
それに、達志の友達はなにも幼なじみの三人だけではない。あの頃は、人並みに付き合いもあったし、それなりに仲の良い連中だっていた。
それが、今どこでなにをしているのか。わからないし聞くのが、なんだか怖い。
なにより……妹が、いたのだ。たった一人の妹が。
十年前の時点で六歳……よく、おにーちゃんおにーちゃんと後ろを着いてきたのだ。本来なら、今の達志と同じ年齢になっていたはずなのだ。
「……割りきれるもんか」
その妹が、死んだと聞かされた。事実、居間には仏壇だってあるし、それは疑いようのない現実。自分が知らないところで、家族がいなくなった。
それはなにより怖いことで、今だって信じられない。信じたくない。
けれど、現実は非常だ。成長したみんな、いなくなった妹……世界が、達志だけを置いてけぼりにしてしまった。
もちろんみんなの……誰の前でも、母の前でだってこんな弱音は吐けない。
だから達志は、こうして一人で、物思いにふけるしか手段を知らない。
「……はぁ」
たまに訪れる、憂鬱タイム。
海に、行くのだ。みんなと遊びに……行くのだ。今から楽しいことが、いっぱいあるのだ。みんなとできなかったことを、これからしていけばいい。
時間も、妹も、戻ってはこないけれど。
せめてみんなと、これからを楽しむ権利くらいはあるはずだ。そんなときに、こんな暗い気持ちではいられない。
だから、今だけは……こうして一人、涙を流しても、バチは当たらないだろう。
――――――
「わくわく、わくわく!」
本日快晴。雲一つない青空が広がり、絶好の外出日和だ。
そして現在、青空の下を走る白いワゴン車が一台。
その中で、機嫌が良いのだとわかるテンションで声が響いている。
その声の主は、この外出の言い出しっぺでもある女の子だ。
「ずいぶんご機嫌だな、リミ」
「はい、それはもちろんです! 昨日からわくわくして寝るのが遅くなっちゃいました!」
「小学生か……」
車の中ではしゃぐリミの姿は、まるで小学生だと言っても過言ではない。
嬉しさを表すように、ウサギの耳がぴくんぴくんと揺れている。触りたいが、ぐっと堪える。
現在このワゴン車には、七人の人間が乗車している。ワゴン車を運転するのは、達志の母であるみなえ。助手席に、セニリア。
その後ろの席に、達志、リミ、由香という形で座っている。さらにその後ろに、猛、さよなといった配置だ。
「まあいいじゃないの達志。お母さんも夕べはわくわくしちゃって寝れなくて……」
「小学生か……いや大丈夫!? そんな状態で運転とか大丈夫!?」
「ふふ、なんてね。ジョークよジョーク」
心臓に悪いジョークはやめてもらいたい。
だが、その言葉が全て嘘ではないのだろうなと、達志は思う。
今まで十年間、達志はみなえの下からいなくなり、五年前には残された娘さえも失った。残る五年を、一人で過ごしてきたのだ。
こうして子供と遊びに出掛けるなんて、夢のようだと思っているのだろう。聞いてはいないし、言わないだろうが……なんとなく達志にはわかる。親子だから。
だから、こうした母のジョークも少し愛しいとさえ思えてくるのは、自然なことだろう。
「それに、いざ運転できなくなったとしても、セニリアちゃんがいるから大丈夫でしょ」
と、のんきな母は隣に座るセニリアをチラッと見つめる。
「それもそうか。セニリアさん、もしもの時はお願いしますね……」
「えっ、いや私、車の免許持ってませんけど」
「ないの!?」
今までみなえの隣に座っていたセニリアからの、衝撃の告白。
いかにも「私運転できますけど」的な顔をして座っているもんだから、当たり前のように運転できると思っていたのだが……
まさか、免許すら持っていないとは。
「じゃあなんで進んで助手席に座ったの!? いざというとき変わるためじゃなくて!?」
「なんとなく」
「なんとなく!」
できる秘書みたいな雰囲気である彼女の、意外な欠点。
……それにしても、達志が驚くのはまだわかるが、なぜ隣のリミまで驚いているのだろうか。
この子、側近のこと知らなさすぎじゃない?
「これまで、持ってなくても不便はありませんでしたし……」
「いや、大人なら持ってないのはこま……らないか。あぁ、いやそうか」
不便はないと語るセニリアに、達志は反論……しようとするが、やめる。なぜか?
セニリアが車の免許を持っていても、意味がないことを理解したから。
なぜならセニリアは、ハーピィなのだ。どこかに用があれば飛んでいけばいい。
こうやって皆で遊びに行くことがなければ、大抵の問題は飛ぶことで解決する。
というか、今は魔法が当たり前の世界なんだから……免許持ってようが持ってまいが、あまり関係ないのかもしれない。
魔法でもとベルっぽいし。
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