第149話 楽しいのが一番
さて、部活対抗リレーも折り返し。そんな中で、ルーア所属の魔法部、第三走者がスタート位置に立っていた。
そこにいたのは、達志もよく知る人物、スライムのヘラクレス……なのだが。
その姿は、少々異様だ。
スライムボディは、いつも通り。しかし、そこには本来ないはずの、長い脚が生えていた。
いつもは、ぷよんぷよんと、跳ねるようにして移動しているヘラクレス。
しかし今の彼には、脚が生えている。スライムボディに長い脚が生えているという、非常にアンバランスな体型。
「うお、すげ……」
その姿に、達志は思わず声を漏らした。
部活対抗リレーは競争ではないとはいえ、魔法部はわりと上位を走っている。少なくとも、テニス部よりは先だ。
今走っているのは、第二走者のマルクス。果たして、後ろからヘラクレスのあんな姿を見て、どう思うのだろう。
達志ならぶっ倒れるのかもしれない。
「お、走り出した……マルちゃんも、別に気にした様子はないわな」
脚だけではなく、にょきっと腕まで生やし、タスキを受け取るヘラクレス。一応リレーという名目上、バトンパスがある。
しかし、部活によってはバトンを持ったまま走ることができない。そのため、バトンの代わりとなったのがタスキだ。
タスキを受け取り、スライムボディに通していく。そして走り出すと、周囲からはざわざわとした声が。
中には悲鳴のようなものも聞こえる。
「私たちは見慣れましたが、あの姿で走るのはなかなかショッキングな姿でしょうねぇ」
「そ、そうね……」
もし事前に、ヘラクレスがあんな走り方をすると聞いていなければ、達志も悲鳴を上げていたかもしれない。
なんというか、普通に怖い。
「そういや、魔法部はなんか魔法使いながら走らなきゃダメなんだろ。お前以外。
ヘラはなんかやってんの?」
「彼は助っ人なので、別にその縛りはないですよ。
周囲を驚かせる走り、という点では、あれで充分では?」
「それもそうか」
しかも、思ったより足が速い。どんどん、迫ってくる。
というか、次の走者……つまりルーアにタスキを渡すために走っているわけで。達志にとっては、こちらに迫ってきているようにも見える。
普通に怖い。
「さて、と。ではタツ、お先に失礼しますよ」
「どや顔やめろ。すごいのはヘラだからな」
一足先に、次の走者……ルーアへと、タスキが渡る。
走り出す彼女の背中を見送りつつ、達志もスタート位置へとついた。
「お、タツじゃん。がんばー」
「おーう」
走り終えたヘラクレスは、スライムボディに戻っていた。ずっとあの姿でいられても怖いので、助かるが。
他の選手も、続々とタスキを渡している。
そんな中で、デニス部第三走者であるシェルリアが、たどり着く。
「す、すみません先輩……はいっ」
「いや、謝ることもないだろ。気楽にいこうぜ」
足の速さはともかく、シェルリアはラケットの上でボールをバウンドさせながら走るのは、苦手なようだ。
ただ……見ている分には、とてもいい目の保養になった。
なんせ、走っていたのは校内二大美少女の一人である、シェルリア・テンだ。
少しドジった感じで走っている姿は、観客を多いににぎわせた。
「よっ、ほ……」
達志の番となり、タスキを受け取る。ラケットの上で、ボールをバウンドさせつつ、走り出す。
集中力が必要な行為だ。だが、達志はスムーズにそれをこなし、足を進めていく。
元々、テニスに本格的に参加するのは、もっと体力がついてから、と決めていた。
そのため、ラケットとボールに慣れるため、ラケットの上でボールをバウンドさせて、馴染ませようとしていた。
そのおかげで、やりやすい。ただでさえ、競争ではないのだから、落ち着いてやることができる。
「おぉ、速いなイサカイ」
「どうもっ」
周りを気にせずに進んでいたためか、気づいた時には第五走者に引き渡すところだ。
ほっと一息つき、達志はタスキを渡す。
第五走者の先輩は、颯爽と走っていく。その後ろ姿を見ながら、達志は周囲を見た。
……みんなが、盛り上がっている。体育祭でしか味わえない、熱。
それを受け、胸が高鳴るのを、感じていた。
「はぁ、はぁ……た、タツ、なかなか、速いですね……」
「おぉ、ルーアじゃん」
遅れてゴールしたルーアが、膝に手をつき、肩で息をしている。
どうやら、知らないうちにルーアを抜き去っていたようだ。
「俺、ボールを落とさないように気を付けて走って……そもそも、足もあんま速くないと思うんだけど」
「言わないでください」
ルーアは、魔法に関してはその威力は一級品だ。そう、魔法に関しては。
だが、身体能力は、そこまで高くないらしい。
普段、魔法部の活動で体を動かしてはいるが……それはそれだ。
運動は、苦手だ。苦手ったら苦手だ。
「なあ、なんか魔法で、身体強化とかできないのか? ルーアの魔力なら、相当速くなるだろ」
「私にそんな器用な魔法が使えるとでも?
それに、身体強化の魔法は、見ている方も地味だからって使用許可は下りてねえんだ」
「へぇ」
そうやって話しているうちに、どうやら次々とゴールしていっているようだ。
順位は関係ないため、みな純粋に楽しんでいる。
達志にとっても、とてもいい経験に……いや、いい思い出になった。




