第146話 おかんか
和気あいあいとした食事の時間は、あっという間に過ぎていく。楽しい時間はすぐ過ぎるのだ。
学校で、いつもとは違い外部の人間とも食事を共にするのだ。いつもと違った雰囲気があり、楽しいことこの上ない。
とはいえ、ここまで和気あいあいとしているところもそうはないだろう。
なにせ達志の家族だけなら少ないが、そこに幼なじみや同居人まで加わっているのだから。
しかもその幼なじみは、今は社会人だが、わざわざ仕事を休んで来てくれたのだ。
理由を知らない人から見れば、今の達志たちはなんとも、不思議な関係に見えるだろう。
「いやー、食った食った。うーまかったなぁ」
「満腹です」
みなえ、セニリア、そして猛お手製のお弁当。
どれも達志とリミの口に合い、恐ろしいくらいに食事が進んでいった。
それだけ夢中になって食べてしまったということだ。作った側としても、精が出るものだ。
「ほら、これで口拭きな。それと寝転がったら消化によくないから、座っとくんだぞ」
「主婦……いやおかんか!」
食べ終わっても甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる猛に、主婦またはおかんの片鱗を感じる。
とりあえずティッシュを受け取り、口元を拭う。
大工仲間に弁当を振る舞うこともある、と言っていたが……
まさか、大工たちの中でのお母さんになっていないだろうか。
「……嫌な想像だな」
想像しただけで吐き気がした。
「猛くん、お料理上手なんて意外だった……おいしかった。
けど、女として負けた気分……」
「俺は男だ!」
好きな人にお弁当を作り、食べてもらいたい……さよなの中の理想の恋人像は、儚くも崩れ去っていた。
もちろん、これまでの期間、そのように努力はしてきたのだが……
なにを隠そうさよな、料理ができないのだ。何度かみなえに教えを請うたが、うまくならなかった。
それだけならまだしも、まさか猛が……しかもこれほどまでの、料理上手だったとは。
それに、だ。料理関係で、セニリアと親しくなっているようだし。
このままでは、取り返しのつかないことになりかねない。
「……よし、私も頑張ろう!」
一人静かに、決意を新たにした。
その言葉の真の意味を知るのは、達志とみなえだけだ。さらに達志は、こうも思う。
料理を覚える暇があるなら告白しろ、と。
ツッコみたくなるが、非常に繊細な問題なので、口に出すのは控えておこう。
それに、体育祭のお昼休憩にする話でもない。
「とりあえず……腹一杯だし、後半戦に向けてエネルギー補給も万端だな!」
さよなの色恋沙汰はとりあえず置いておいて、今は目の前のこと。
昼食が終わったあとの、体育祭後半戦だ。いいもん食わせてもらったし、エネルギー補給としては充分。
問題があるとすれば、食べすぎで体が思うように動かなくなることだが……まあ、そこは心配ないだろう。
あまりのおいしさに食べすぎた感はあるが、それでも動けないほどではない。
それに、達志の出番はまだ先だ。出番が来るまでに、腹もいい感じになっているだろうと、ささやかな期待もしている。
「この後は……おぉ、達志は騎馬戦に出るのか。怪我すんなよ」
「やっぱ怪我ありきなんだ!?」
出場するものはそれ以外にもちらほらあるが、目玉と言えば騎馬戦だろう。
同じクラスで出るメンバーも何人かいたが、同じチームではない。複雑ではあるが、とにかく、自分にできることを全力でぶつかっていくだけだ。
騎馬戦というからには、魔法ありき関係なく、激しい競技だ。気をつけなければ。
「姫も、後半戦頑張ってくださいね」
セニリアに応援されるのは、リミ。
もちろん達志と共に応援しているが、達志とリミが別チームである以上、どうしても選ばなければならない。
そのため、どちらを応援している……と言われれば、そこやはり、リミを応援する方になるのだろう。
「いざとなったら、この『頑張れリミ様負けるなリミ様』大うちわで応援します」
「やめて」
取り出すのは、どこに隠してあったんだと聞きたくなるほどの、大きなうちわ。
そこには、今彼女が言ったように『頑張れリミ様負けるなリミ様』とでっかく書かれている。
いつもの『姫』ではなく『リミ様』と書いてあるところに、ちょっとやらしさを感じる。
『姫』ならわかる人にしかわからないが、『リミ様』だと誰の目にも明らかだし、ある意味公開処刑ではないか。
そしてさよなは、またそんな応援グッズをデザインしたらしい。文字がやけにキラキラしているから、昼なのに嫌でも目立つ。
「ま、まあ応援する側も気合い入ってるってことだな、あはは」
「入りすぎでは?」
あんなもので応援された日には、恥ずかしさで死ねる。達志の場合は手遅れだが、まだ『志』の文字だけであっただけマシと言えるだろう。
あそこから達志を連想する人はいない……はず。多分。
それが、名前入りうちわなんてとんでもないものを見せられたら、次回から登校拒否レベルだ。
「ところでリミ、さっきから口数少ないけどどうかし……」
先ほどから、妙にさっぱりした言葉を返してくるリミ。
なんだか彼女らしくないなと感じ、確認のために顔を向けると……そこには、驚くべき姿があった。
お腹が膨れ、お腹をポンポンと叩いている彼女の姿が。




