第130話 焼き鳥になりそう
恋というものに、リミは鈍感だった。
これまで告白されたことはあれど、自分から恋愛感情を抱くなど、初めての経験だ。
「私が? 恋? 誰に」
「あぁいやその……」
これはしまった、とセニリア。うっかり恋をしてる、なんて口を滑らせてしまった。うっかりセニリアだ。
恋をしてる、となれば、相手は誰だとなるのが必然だ。しかし、それを第三者から伝えていいものか。
それに、もうほぼそうだとはいえ……リミが達志のことを、異性として好きだと、百パーセント決まったわけではない。
こういうのは、自分で気づかせなければ。
「恋って、異性の相手のことを好き、って気持ちのことでしょ?」
「えぇ、まあそうですね、一般的には」
「一般的?」
「最近は様々な恋の形がありますので。恋も知らない姫が知るのはまだ先でいいです。
それで、まあ姫の場合は異性だと思っていてください」
「異性かぁ……うぅん、タツシ様のことは好きだけど……」
にやり、とセニリアは笑った。
自然な流れで、恋の話に持っていけた。しかも、なにも言ってないのに、リミの方から達志の名前が出てくるとは。
なんで真っ先に達志の名前が出てきたんですかねえ。
「セニリア? なんだか顔が気持ち悪いわよ」
「おっと失礼」
こほん、と咳払い。いけないいけない、と頬を叩く。
それにしても。パッと浮かぶ好きな異性で、達志のことを指摘するとは。
惜しむらくは、好きとは言ってもライクとラブの意味を間違えているタイプだ、ということ。
この際だ、もう少し踏み込んでみようか。
「ちなみにですけど、タツシ殿のことは、ライクとラブどちらで考えていますか?」
これはもうほぼ答えではないだろうか? とセニリアは訝しんだ。
「それはもちろん、ライクのほうよ!」
「……」
自信満々に答えた。照れる素振りすらない。
そもそも恋もわからないこの子に、ライクとラブの違いなんてわからないのだ。うっかりセニリアだ。
とはいえ、一連の行動は、恋する乙女のそれに間違いはないと思う。これでも、それなりに青春時代を送ってきたセニリアだ。
自分が学生時代だった頃なんて、そりゃあもう……
……と、浸っている場合ではない。
(これは……想像以上に面倒なのでは?)
ライクとラブの区別がついていないだけならば、そこを指摘してやれば済むが……
そもそもライクとラブの区別を、どうわからせるのかという話だ。厄介すぎる。
リミにはこれまで、色恋沙汰の話はない。誰かから好かれたことはあっても、好いたことはない。セニリアが知らないだけの可能性もなくはないが、まあほぼないだろう。
つまり、リミは恋愛のれの字も知らないのだ。
下手に、無理やり教えたとしても……それはそれとして、問題が発生しそうだ。
ラブを自覚させても、ラブの気持ち自体を知ってもらわねば、意味がない。
だがラブの気持ちを持ったことがないのだから、その気持ちをどうやって知ればいいのか……
頭がこんがらがってきた。
「ど、どうすれば……?」
「せ、セニリア!? なんか頭から湯気出てるけど!?」
「……! あぁ、ちょっと面倒な考え事をしてて……軽く焼き鳥になりかけてました」
「ハーピィってそうなるの!?」
こんなことになるなら、下手に話題を振るんじゃなかった。そのせいで頭の中は、ショート寸前である。後悔してももう遅いが。
まず、恋というものを認識させることからだ。
「姫、タツシ殿と話してると、どんな気持ちになりますか?」
「嬉しい! 胸があったかくなる!」
「……タツシ殿がいないと、どんな気持ちになりますか?」
「寂しい、退屈」
「…………タツシ殿が他の女の子と話してたら、どんな気持ちになりますか?」
「なんか、胸がもやもやするかも」
「ダウトォオオオオ!!!」
とりあえず質問攻撃という手段をとってみたが、案の定……それ以上に確信的な答えが返ってきた。
これは間違いないどころではない。
それが恋だよ! なんで気づかない!?
……声を大にして言いたい。無知とはある意味で罪である。
「……?」
当のリミは、きょとんとした様子で首を傾げている。
見ている分には、なんとかわいらしい女の子だろうか。
……本当になにもわかってない様子のリミを見ていると、いざその気持ちが『恋』だと知ったとき、どう反応するのか……想像して、怖くなる。
しかも、達志とは一つ屋根の下なのだ。いつどんなきっかけで、自覚するやら。
いや、この際気づいてもらった方がいいのかもしれない。
あぁ、胃が痛い。リミの料理を食べるときもそうだが、今回はそのとき以上に、セニリアの胃を痛めていた。
「ただいまー」
「あ! タツシ様だ! タツシ様ー!」
言葉が出ないとはこのこと……セニリアが頭を抱えていたところで、話題の中心にいた人物の声がした。
外出していた達志が、帰ってきたのだ。
それを受け、リミはぴょん、と飛び上がり、玄関に駆けていく。
その姿はまさに、恋する乙女というやつだろう。しかし、リミは本心には気づかない。
それに、達志自身、リミのことをどう思っているのか。
こうもかわいくて、スタイルもよくて、一生懸命で、一途な子はなかなかいない……と、セニリアは若干親バカになっていた。
「タツシ殿、おかえりなさいませ」
「セニリアさん、ただいま」
ともあれ……今、いくら考えても仕方ない。
リミの、そして達志を観察し、さり気なくフォローしていく。それが、自分のできる精一杯だと、セニリアは心に決める。
……めんどくさくも、賑やかで楽しい日常。
そんな日常を送る達志にとって、目覚めてから初めての、一大イベントがやってくる。




