第129話 リミ・ディ・ヴァタクシアの複雑な心
「むー……」
突然だが、リミ・ディ・ヴァタクシアは不機嫌であった。
ただ、困ったことに。どうしてそうであるかというと、実のところ本人にもわかっていない。
リビングにて、机に顎を乗せて顔をゴロゴロしている。眉を寄せて唸る姿は、不機嫌であると誰の目にも、明らかだ。
面白い姿だが、放置しておくわけにもいかない。
「姫、どうしました?」
なので、リミの付き人兼保護者のような立場であるセニリアは、リミに問いかける。
最近リミの行動がどこかおかしく見えるので、変だとは思っていたのだ。この姿を見てしまえば、それは考え過ぎではないことがよくわかる。
そしてこの不機嫌タイムは……とある条件下で、よく表れる。
「べつにー、なんでもないですよー」
セニリアの問いかけに、どこか拗ねたような言葉でリミは言葉を返す。
なんでもないと言いつつも、言葉に覇気がないし、行動も変わらない。やはり不機嫌ではないか。セニリアは軽くため息。
実際に不機嫌だとはいっても、それは長らく側にいたセニリアだからわかることだ。まあ今回のは、誰の目にも明らかだろうが。
別に実害が出ているわけではないのだから、放っておいても問題はないのだが……
さすがに、そういうわけにもいかない。
「なんでもなくはないでしょう。なにかつまらない……いえ、気に入らないって顔してますよ」
「そんなことは……」
それが的確だったのか、リミは唇を尖らせ、視線をそらす。その反応からも、やはり明らかだ。
困ったことに不機嫌な理由もわかっていない本人……そして不機嫌だと認めすらしない本人。
実のところ、本人はわかっていないだろうが、セニリアはもうリミの不機嫌の理由に、察しはついている。
「まったく……タツシ殿がいなくてつまらないのはわかりますが、そんなあからさまにすねないでください」
「っ……べ、別にすすすねてないしないしっ! そ、それになんで、た、たたっ、タツシ様が出てきて……!」
「壊れたラジオですかあなたは」
さらっと告げたセニリアの言葉に、不機嫌だった当人は過剰反応。
ここまで反応してくれると、からかうよりもただただ哀れというものだ。悲しい位に気持ちの整理ができていない。
この子は、いい意味でも悪い意味でも、純粋だなぁ……と、改めて思い知らされる。
今回、それがいいことかは置いておいてだ。
「だって姫、タツシ殿がいるときといないときで、明らかにテンションが違いますよ。
少なくとも、タツシ殿の前で今のような、だらしないマシュマロ顔をさらしたりはしないでしょう」
「だ、誰がマシュマロ顔よ!」
あのとき、リミの頬をつついて遊びたい気持ちを必死に抑えた自分を、褒めたいくらいだ……とセニリアは思う。
リミは、今の言葉に納得いってないのか、顔色を赤くして言い返してくる。
だが……次第にその言葉の意味を理解したのか、一旦落ち着く。赤くなった顔を冷ましていく。
「……そ、そんなに違う?」
「それはもう」
「そうなんだ……なんでだろ?」
自分ではわからなかった変化を言い当てられて、しばし黙りこむ。うーん、とまったくわかっていない。
彼女が、不機嫌だったその理由……自分がなぜそんな変化に陥ったかリミはまったく気づいていないのだ。これは鈍感と言うべきなのだろうか。
ある特定の異性が、側にいるかいないか……その時により、テンションの上げ下げが激しい。その現象について、思い当たる理由は一つしかないだろうに。
それが、思春期真っ盛りの女の子ならば、なおさらに。
「成る程、姫もついに、恋に悩むお年頃になったのですね」
そんな彼女を見て、主の成長ぶりに、セニリアは感慨深そうにつぶやいた。
思い当たる理由……それは、異性に対する恋愛感情が原因であると、セニリア。その相手は、もちろん達志。
これまで、モテはしても男っ気一つなかった、仕える相手であり同時に妹のような存在。
そんな彼女が、こうして恋に悩むようになったというのは、成長を感じられて嬉しいものだ。
なのだが……
「? 恋? なんのこと?」
当の本人はきょとんとした顔だ。これなのだ。
これは、恥ずかしがってごまかしている……というわけではない。
「……いや、なんのことって……好きな人いるんでしょ?」
「誰が?」
「姫が」
「誰に?」
「いや、それはその……ううん!」
妙に噛み合わない会話。最初は、リミが抱いている想いが恋煩いだということに、リミ本人が気づいていないのだと、思った。
だが、事はそういう単純な問題ではなかった。
それが恋だと指摘しても、リミはピンと来ていない。
これはもしや、とんでもなく面倒なことになっているのではないだろうか。
これまで、眠っている達志の下に、毎日、足しげく通っていたリミ。ただそれは、己の青春の時間を捧げているということでもある。
学生であれば、恋に恋に恋に……そういったイベントで目白押しだろうが、リミはそういったものとは無縁に生きてきた。
皮肉なことだ。自分を助けてくれた達志の下に通い続けたのは感謝と、そこに恋愛感情があったからかもしれない。しかし、達志の下に通い続けた影響で、リミは恋を知らずに育ってしまったのだ。
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