第12話 十年間の眠り
目覚めてから数時間。この間に、達志の下を訪れたのは母みなえ、幼なじみの由香、猛、さよなだ。
その経緯は、達志起床の連絡がみなえに行き、そこから幼なじみの三人に伝わったという形だ。
定期的に、達志の下を訪れていた幼なじみの三人に真っ先に連絡したのは、みなえの気遣いだ。
猛とさよなは病室を後にし、代わる代わるこの部屋を訪れていた人足も、今は途絶えて、落ち着きを見せている。
達志としても、体感としては一日ぶりの会話なのだが、それでも実際には十年もの時間が経っているためか……立て続けの会話に、少々疲れていた。
そのため、屋上から部屋に戻り、猛とさよなが去った後は、こうしてベッドに身を預けているわけだ。
「はぁ……やっぱ、時間経ってるからか……?」
喋り疲れる……しかもこんな短時間でなど、以前では考えられないことだ。やはり、体感時間と実際に経過した時間は違う……ということだろう。
なにせ、実際には十年も喋っていなかったのだ。喋り疲れるどころか、むしろこうして会話が成り立つこと自体、本来ありえないことだ。
「これも魔法のおかげ……ってか?」
この十年間、眠っている達志には回復魔法がかけられていた。その魔法の詳細は聞きそびれてしまったが、これだけ設備の整った病院だ。
冬眠、コールドスリープ……そういった技術があっても不思議ではない。
体の健康さも、ストレッチだけでは説明がつかない。肌の色がいいのも、点滴だけでは説明がつかない。
魔法が、達志の体を健康に保っていた。
コンコン、とノックが響く。一声かけて入ってくるのは、この十年間達志のお世話をしてくれたドラゴン顔の先生、ウルカだ。
いかつい容姿とは裏腹に、中身はとても親しみやすく、人柄のいい先生だ。
「先生」
「やあタツシ君。お母上や友人との会話は楽しめたかな?」
人の足が途絶えたタイミングを見計らい、部屋を訪れたのだろう。手には資料を持ち、後ろには犬顔の看護師が控えている。
点滴の交換、というのは、持っている道具を見て判断がついた。
「えぇ。ただ、情けないことに喋り疲れてしまって……」
「はは、無理もない。体は十年も眠っていたんだ、すぐに以前と同じように、とはいかないさ」
喋り疲れたことによる疲労感。しかし誰かと話していたいという、ひどく矛盾した感情が渦巻き達志は困惑する。
その葛藤を見抜いているのか定かではないが、ウルカは黙って作業を進める。達志の体を重んじてくれているのだろう。
「先生……聞きたいこと、あるんですが……」
「私に答えられることなら。ただ、無理はしないようにね」
「ども。……俺のこと治療してくれてた回復魔法って、どんなものなんですか?」
あくまで自分のペースで……ウルカの気遣いに感謝しつつ、達志は浮かんだ疑問をぶつける。
回復魔法と単純に言うが、それは実際どんなものなのだろうか。
「そうだね……言葉の通り、回復、傷を癒す。……というのはタツシ君もわかっているね?
十年間、肉体の傷を癒し、肉体が腐らないように治癒を施してきた」
「えぇ。聞きたいのは……」
「十年もの歳月、その成長を肉体が受け入れていない……その理由、だね?」
「……はい」
気にかかったのは、成長していないこの体のことだ。回復魔法により、体の傷を治し、健康状態がいじされていた……のはわかる。
だが、それだけなら、体は成長するはずだ。眠っていても年は取るんだから。
回復魔法には、傷を癒す以外に、不老の力もあるというのだろうか。
「まず、回復魔法に、肉体の成長を止める効力はないんだ。
回復魔法で老化を止めていた……そう考えていたんだろうが、この魔法に、そんな効力はない」
……ウルカは言う。回復魔法と肉体の成長に、関係性はない、と。
点滴を付け替える看護師には目もくれず、ウルカの言葉を待つ達志。その視線に答えるように、ウルカは口を開く。
「十年前、事故にあい意識不明となったキミを、我々は最高の治癒師たちと最高の技術で迎え入れた。当時は、この人員と設備ならすぐに目覚めると思っていた。自惚れ……と言っても仕方ないだろうね。
だけどね……目覚めなかった。打ち所が悪かったのか、それとも他に原因があったのかわからないが……」
ただの事故にあった患者が、魔法というとんでもない力でも目覚めない。
それにどんな理由があったのかはわからないが、結果として達志は、十年間も眠ることとなった。
「……だが、我々は諦めなかった。患者を見捨てることなんて医師としてできない。それに、お願いでもあったからね。……治療を続けていった結果、命の危機は去った。
なのに、目覚めない。いわゆる植物状態というやつさ。そして……治療を続ける最中に気づいた、肉体の成長が止まっていることに」
「成長が……」
「あぁ。なんせ我々も、こんなに長い間患者と向き合うのは初めてだ。回復魔法に、肉体の成長を止める効果はない。……だけど、長い時間回復魔法をかけた、その作用で……という可能性も、実は否定できない。
……すまない。原因もわからず、キミの時間を止めてしまった」
なぜ、肉体の成長が止まったのか……詰まるところ、その原因はわからないのだ。
気づけば、肉体の成長が止まってしまっていた、と。不可解な謎に、頭を悩ませる……のは後回しだ。
考えても仕方ないし、ウルカの話では目覚めた今、肉体の成長は再開しているだろうとのこと。
もっとも、それは今後の定期検診ではっきりさせないといけないが。
しかし、ウルカが謝る必要は、どこにもない。
「や、やめてくださいよ。先生たちのせいじゃないですし、先生たちが努力してくれたおかげで、こうして生きられているんですから。
……それより、今気になる単語が出てきたんですが」
この件でウルカたちを責めるのはお門違いだ。彼らは全霊を尽くしてくれた。こうして命を繋いでくれた。
ただこの話を続けると、ウルカは謝り続けかねない。
なので達志は、とっさに話題転換。実際、気になる単語が出てきたのは都合が良かった。
それは……
「お願い……っていうのは?」
ウルカは、医師として患者を見捨てない、と告げた。同時に、それは『お願い』であるとも。その『お願い』とは、果たして誰によるものなのか。
普通に考えれば、息子を助けてくれという母の願い、幼なじみを助けてくれという由香たちの願い、であろうが。
なぜだか、それが胸に引っかかった。
「言葉の通りだよ、頼まれたんだ。キミを必ず助けてくれって……キミが助けた少女からね」
「俺が……助けた?」
その言葉に、達志の心臓がドクン、と高鳴った。
自分が、事故に遭うその直前……まるで霧がかかったように、その部分だけ記憶が曖昧だ。
けれど、霧が晴れていく……そんな感覚が、あった。




