第127話 困ったときのさよなさん
その日、帰宅した達志はさよなに連絡を取った。
時間があるときにでも、相談がしたいと約束を取り付ける。
さすがに、電話口で相談する内容でもないし……いきなりこんな話題をぶつけられても、さよなにも時間の都合があるだろう。
よって、日を決める。
「……それで、話ってなあに?」
そして現在、休日にファミレスで相談中だ。
ちなみにこのファミレス、以前猛に愚痴に付き合ってもらったのと同じ場所だ。
とことんファミレス好きだよなーと、達志は自分で自分のことをそう思っていた。
もちろん、相談場所に最適ではあるのだが。
「実は……由香の、ことなんだけど……」
「あぁ、ようやく告白するつもりだとか?」
「ぶふっ……な、なにっ?」
さて、なにをどこから話そうか。そう、切り出しに迷っていた。
そこへ、さよなからの返答。少し落ち着こうと、飲み込もうとしていたジュースを、危うく吹き出しかける。
なぜ、由香の名前を出しただけでそんな話になるのか、わからなかったからだ。
当のさよなは、達志の動揺に目もくれることなく、のんきにコーヒーを飲みながら「あ、おいしい」なんて言っている。
その態度、まるで達志の心の内なんて前からわかってましたよ、と言わんばかりだ。
「さ、さよな? 俺が由香のことどう思ってると思ってるか、言ってみ?」
「ん? 好きでしょ? わかるわかる」
問いかけたら、「こいつバレてないと思ってたのか」と言いたそうな視線を、向けられる。
イチゴが乗ったショートケーキをパクリと食べながら、幸せそうな表情も浮かべている。
達志はもう、すでに胸を抉られた感じであるが。
「し、知ってたんだ……?」
達志でも、当時は気づいてなかったもしくは気づこうとしていなかった、自分の想い。
それを、さよなに見破られていたのかと、途端に恥ずかしくなってくる。
そして、このやり取りにデジャヴュを感じるのはなぜだろう。
しかし、問題はそこではない。
さよなに知られているということは、猛や下手をしたら由香本人にまで、知られている可能性があるということだ。
「あぁ、安心していいよ。由香ちゃんは読めないからわからないけど、猛くんにはバレてないっぽいから。
彼、そういうの鈍いから……ホント、鈍いから……」
そこへ、達志の心配を読み取ったように、ケーキのクリームをなめとるさよなが、フォローを入れてくれる。
猛は鈍いからと。さすが片想い十年以上の女の言うことは、説得力が違う。
だが、「由香はわからない」と、一番重要な部分がわからないのでは、あまり意味がない。
「ま、他に知ってる人もいないと思うよ。
達志くんが無自覚に由香ちゃんを好きなだけあって、そういう好意オーラは、周囲には漏れてるってわけじゃなかったし」
「そっか……猛を好きだって自覚してたさよなとは違うってことか」
「……そうだよ」
もう開き直ることにしたのか、猛への好意を指摘されても、慌てることはない。
それでも、耳まで真っ赤になってはいるが。
とにかく、『自覚』と『無自覚』の違いから、達志の気持ちが周りにバレていた可能性は低い、とのことだった。
「……ふぅっ。まあ、私のことは置いといてだよ。
それで、ようやく認めた……いや自覚したわけだね? 由香ちゃんが好きだって」
いつまでも、赤くなってはいない。カップを置いたさよなは、どこか楽しそうに、達志に言葉を投げかけてくる。
まるで、今までからかわれた分の仕返しだと、言わんばかりだ。
その目論見は、間違っていない。
「ま、まあ……」
認めながらも目をそらし、頬を染める達志に、さよなは思わず胸を高鳴らせる。
ちなみにこれは異性に対するそれではなく、母性本能的なアレだ。
「じゃあ、すぐにでも伝えなよ! そうすれば……」
「けど! ……今の俺がその、告白したりしたとして。今ちゃんと教師やってる由香の迷惑になるだろ?
だから……」
告白はしない、と言う達志に、思わずさよなは口をへの字に。盛り上がっていたテンションが、一気に盛り下がっていく。
確かに立場的に、難しいかもしれない。
十年前は同い年の幼なじみだったが、現在は十歳差の教師と生徒という、非常にややこしい関係である。
ではあるのだが……
「ん、どうしたさよな? 腹でも痛いのか?」
「ある意味痛いよ」
言いたいことはわかるが……なんとももどかしい。いや、今感じているのは、もどかしいと思う以上に……
「似た者同士すぎる、この二人……」
「うん? なんて?」
「なんでもないよ鈍感おバカ」
「!?」
達志と由香、二人の考え方が見事に一致しているということ。
それがなんというか、お似合いなのか面倒くさいのかわからない
無論、由香にその胸の内を問いただしたわけではないが……わかるら、
おおかた、十歳も年を取った私よりたっくんにはもっと若くてかわいいふさわしい子がいる……なんて思っているに違いない。
由香が今も達志に好意を持っていることは、聞かなくてもわかるし。
対する達志は、生徒……いや子供である自分よりも、もっと大人なふさわしい人がいるだろう、と思っているのだ。
そりゃ、世間的にも本人達の気持ちにも、難しい問題だというのはわかるが……
当の二人が、こうも似通った考えを持っていると、なんだかもうもどかしいどころの騒ぎではない。
「これは……」
これは誰か、事情を知った第三者がなんとかしないと、二人の関係は変わることはない。
私がしっかりしなければ……さよなは静かに決意する。




