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目覚めた世界は異世界化? ~目が覚めたら十年後でした~  作者: 白い彗星
第三章 変わったことと変わらないこと
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第125話 如月由香の揺れる気持ち



 達志に、言ってはいけない気持ちを言おうとしてしまった。

 その事実に、恥ずかしさを抑えきれない。


 いや、恥ずかしさだけではない。同時に、情けなさも感じていた。

 言ってはいけない気持ちだと、わかっていたのに。言わないと、決めていたのに。なのに、だ。


(私、私……あんなこと……)


 先ほど教室で起こったのは、誰にでも起こり得る、シチュエーションだった。

 放課後の教室で、男女が二人きり。そこにいたのは教師と生徒だ……とはいえ、二人は気心が知れた仲。

 そして、学生について回る話題といえば、恋バナ。だから、その話になるのは必然でもあった。


 由香は、聞いた。達志に好きな人がいるのか、気になっている人はいるのか……と。話の流れは、ちょっと強引だったかもしれない。

 けれど、少しでも緊張をほぐらせようと思った末、だった。

 他愛ない、話のつもりだったのに。


「……」


 好きな人がいないのか、そう聞いたのは由香だ。話の流れを作ったのは、由香だ。

 当然そこに、どんな答えが返ってきても受け入れられると、そういった気持ちがあった。


 だというのに。もし、好きな人が『いる』と答えられたら……そう思うだけで、もうダメだった。

 なにかが、胸の奥からあふれてしまいそうだった。


 だから、だろうか。自分でもよくわからないうちに、あんなことを言ってしまったのは。


(ダメ……ダメだよ。たっくんには幸せになってもらいたいのに……困らせたく、ないのに……)


 自分はどうしたいのか……その気持ちさえ、もうわからなくなってくる。

 それが情けなくて、ジワリと涙があふれてくる。


 自分は教師、彼は学生。わかっている、ちゃんとわかっている。

 自分が教卓に立ち、席に座っている彼に勉強を教える。十年前は、決して考えられなかった光景。


 それは、実に面白いと思っていた……はじめは。

 でも、時間が経つにつれて、胸の奥が苦しくなっていくのを、感じていた。


「っ……く、ぅ……!」


「あ、あの如月先生、震えて……ます? も、もしかして、泣いて……」


「ぬあぁあああああん!!!」


「ひゃあっ!?」


 あふれそうになる涙をごまかすように、この気持ちをどうにかしたくて……由香は、頭を机に叩きつけ続ける。

 その奇行に、隣の女性教員はただただ、怯えるばかり。


「お、落ち着いてください! あの、悩みがあるなら聞きますよ! 飲みに行きましょう! 付き合います……ひぁあああ!?」


 女性教員に必死に止められ、その体を支えられる。ようやく動きが止まり、そして、顔を上げた。

 その顔を見た女性教員、たまらず悲鳴を上げる。なにせ、由香の顔はかなりひどいことになっていたからだ。


 涙を誤魔化すために激しく顔を叩きつけたため、涙は顔全体に飛び散り、叩きつけ続けた影響で額からは血が流れている。

 おまけに鼻水まで流れており、とても人に見せられる顔ではない。


「うぅ、わだじ、どうじだら……」


「と、とりあえず手当てしないと! ねっ? ほら泣き止んで!」


 このあと由香は、女性教員に慰められ……その後、彼女に連れられ、近くの居酒屋に飲みに行った。

 翌日も仕事であるため、あまり飲むわけにはいかないが……それでも、気を晴らすには飲むのが一番だ。


 とはいえ、由香と女性教員とが一緒に飲むのは初めてだ。

 以前、少し話をしたときに、多少は飲めると話は聞いていたが。


「とりあえず、ビール二つで」


 ビールを注文して、二人で乾杯。

 その頃には、由香はだいぶ落ち着いていた。


 ちなみに額には、絆創膏を貼り付けている。


「さ、先ほどは、お見苦しいところを、お見せしました」


「あははは……」


 泣きじゃくり、暴れまわった……と記憶している由香は、顔を赤らめ、深く反省している。

 幸いと言っていいのか、あのときは女性教員一人しかいなかったので、他に迷惑はかけなかったが。


「それにしても、珍しいですね。如月先生があんなに荒れるなんて。

 なにがあったんですか?」


 ビール片手に、話は進む。なにかあった、ではなくなにがあった、と聞かれ、由香は戸惑う。

 まあ、なにかなければあんなことにはならないので、当然かとも思う。


 とはいえ、言えない。荒れた自分のために飲みに誘ってくれたとはいえ、言えない。

 年下の……というか、男子生徒に危うく告白してしまうところだった、なんて。教師としてあるまじき行為だ。


 その上、相手は幼なじみで、十年の年の差ができてしまった……という、なんとも複雑な関係性だ。

 元々十歳差なのではない。十歳差になってしまったのだ。


「わ、わた、しはぁ……ひっく……ちゃ、ちゃんと、しないと……んぐっ……教師、なんだからぁ……」


「そ、そうですね……ところで如月先生、飲み過ぎでは……」


「うるさいらぁ、あたしの酒が飲めらいってろぉ?」


「えぇえ」


 ごくごく、と次々酒を飲んでいく由香は、すっかり出来上がってしまっている。

 最終的には、自分がどうやって家に帰ったのか、覚えていない。


 そして、翌日には……女性教員は、心なしかげっそりしていた。

 酔った由香の相手が、予想以上に厄介だったからだ。


 対して由香は、いろいろ吐き出したためか、すっきりした顔をしていた。

 女性教員は、二度と由香と飲みには行くまいと、心に誓った。

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