第101話 応援します!
わさびを飲むJK。
「五年前から一般普及して、今も人気商品なんですけどねぇ。それに今、女子高生の間では人気ですよ?」
ぐびぐびと、リミはわさびを飲む。
「えぇえ……」
それを、げんなりした様子で聞く由香。五年も前から出回っていて、なにかトラブルがないということは、ヤバいものではなくちゃんとした商品だということか。
それにしても女子高生に人気だとか、なんの冗談だ。
そういえばよく、校内の自販機から飲み物を買った生徒が、緑色の缶を持っているが……その正体はこれか。
学校の自販機にまであるとは。今まで気にしたことがなかった。そして好んで炭酸わさびを飲む女子高生……なんだこのカオス。
「ま、飲み物にまで口出しする権利はないんだけどさ……」
なんであれ、好きならそれでいい。教師とはいえ、飲み物だのなんだのと、そこまで口出しをするわけにもいかないし。
思って、コーラを飲む。うん、やっぱりこれだよこれ。体に染み渡る、この感覚。たまらない。
このわさび味……考えないようにしよう。
「ところで、由香さんはいつタツシ様に告白するんですか?」
「ぶふぅ!」
油断していた。すっかり油断していた。
コーラを飲んでいた最中に、とんでもない爆弾を投下されたものだから、あまりの衝撃にコーラを吹き出してしまう。
その際、近くを歩いていた通行人の男性に、思い切りぶっかけてしまった。慌ててこちらが謝るも、「ありがとうございますっ」となぜかものすごい勢いでお礼を言われた。
かけたコーラを拭く間もなく行ってしまった。
「……大丈夫ですか?」
「げほぐほ! な、なにをいきなり……」
気管に入った。咳き込み、涙目になってしまう。
「だって、想いを寄せていた相手が目覚めたんですよ? 十年ぶりに。これはいくしかないですよ!」
目をキラキラさせて、ぐっと拳を握っている。
その際持っていた缶がベコッとへこんでしまうが、飲みきっていたのか中身がこぼれることはなかった。
いつ告白するかなんて、全く予想していなかった発言に、戸惑ってしまう。そして思った以上にキラキラしたリミの瞳の前に、さすがの由香も困惑気味だ。
「そ、それはまだ、心の準備が……」
「由香さんって、そんなに悩むタイプだったんですか」
「ぐふっ」
ストレートな言葉に、由香がダメージを負う。普段からそう思われていたのだろうか。リミはナチュラルに、相手にダメージを与えることがある。
とはいえ、由香は思考型よりも行動型寄りなのは確かだ。
そもそも心の準備と言ったって、達志が眠っている間にも十年の時間があったのだ。時間の問題でいえば、充分すぎる。
……ただ……
「やっぱり、いざたっくんが起きたら、言おうと思ってた気持ちが揺らいじゃって……」
「なんでしょうこの乙女。くねくねしてるのが妙にえろかわいいです」
本人を目の前にすると、決心が鈍る。自分の中に募ったこの想いは、嘘ではないのに。
……それに、だ。一番の理由は……
「たっくんは確かに目を覚ましてくれた。それは嬉しい。でも……たっくんはあの頃と変わらないまま。私は、十歳も年をとっちゃった」
十年前までは、同い年で同じ世界を過ごしていた。だが今は違う。
教師と生徒という関係ももちろんあるが、それ以上に離れてしまった時間。
達志よりも、十年の歳月を過ごし、年を重ねた。やっぱり達志の年頃なら、同じくらいの女の子と付き合ったりしたいものでは、ないだろうか。
大人になってしまった自分が、達志に想いをぶつけたところで……それはただの迷惑になるのではないか。
そんな気持ちが、拭えない。
こんな想い、さよなにだって、ちゃんと話したことはない。リミが初めてだ。
そして、この想いを聞いたリミはというと……
「申し訳ありません……」
めちゃくちゃしゅんとしていた。耳はへたれ、さっきまではきはきしていたのが、嘘のように落ち込んでいる。
というか泣きそうだ。
「……あっ。そ、そういう意味じゃないんだよ!?」
そこで、気づく。
達志と由香たちの間に、十年間の溝を作ってしまったリミの前でこんなことを言えば、それは当然リミに大きな負担となって、のし掛かる。
気にしてないと言いつつ、こんなことをリミの前で言ってしまうなんて。ああもう私、なにやってんだ。
慌てて、違うよ違うよと告げる。
「あ、あくまで理由の一つだから、ね! それにたっくん、年上好きかもしれないし、むしろこれってチャンスなのかなぁ!」
自分で年齢差を気にした発言をしておきながら、これはチャンスだと手のひらを返す矛盾っぷり。自分でもなに言ってるのかわからなくなってきた。
そこへ、いきなり顔を上げたリミが言う。
「由香さん……私、由香さんがタツシ様に想いを伝えられるよう、協力します! 応援します!」
「えぇっ?」
リミも、なにを言ってるのかわかってるのだろうか。落ち込んでいる最中に、なにかの決意でも固めたらしい。
胸元に持ってきた手を、ぐっと握りしめている。
ちなみに持っていた缶は、もうベッコベコだ。
「由香さんのお手伝い……それが、由香さんに対する私の償いです!」
「えぇっと……」
償いだと、そんなことまで言われてしまった。
この目はあれだ、こうと決めたら引き下がらない目だ。昔から見ているからわかる。
その気持ちは、嬉しかったりもする。応援してくれるのは純粋に嬉しい。
ただ……それが、償いという義務感に押し潰された故の気持ちなら、そうは思えない。
「応援、協力は嬉しいんだけど……いいの? リミちゃんは」
「え?」
由香の気持ちを応援……その気持ちに、本当に迷いも何もないのなら、大歓迎である。
だがそうでないのなら……
「私がたっくんに告白したとして、もし付き合うなんてことになったら……リミちゃんは、本当にそれでいいの?」
まだ恋も知らないこの子に、辛い気持ちを強いることになるかもしれない。そう、心配があった。
「えぇ、タツシ様と由香さん、大好きな二人がくっつくなら、これ以上の幸せはありませんよ」
そんな心配をよそに、リミは迷いも何もない、ただ純粋な笑顔で答えるのだった。
……その後、帰宅したリミは、まだ帰ってきていない達志を気にして、ルーアに電話を掛けた。




