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「……――――! ――――――!!」

 長いながい――夢を見ていた気がする。

 シャロットの一員として認められたくて、魔術学院を卒業した後も研究から離れず、研究員として魔術協会に所属していたこと。

 その中で可愛い弟子が出来、短い間だったが彼を教え導けたこと。血縁はないが義理の姉弟として、実家の家族以上に家族として安らげたこと。

 彼には本当に、欠落を埋めてもらったと思っている。出会ったときからそうだった。魔術師として、彼だけがまっすぐにアーシャのことを認めてくれた。

 家族としてもそうだ。彼と暮らすようになってから、いつか実家に戻りたいという希望はなくなっていった。無理だからと諦めたのではなく、本当にどうでもよくなっていったのだ。実家の家族など、血縁関係があるだけの他人なのだと思えるようになった。

「――!! ――――!!!」

 もちろん、彼が本当のところアーシャをどう思っていたかは分からない。弟子や弟として扱われ、ときおり不満そうな様子を見せていたこともある。未熟なアーシャであるから、それは仕方ない。受け止めて精進するのみだ。

 それでも概ね、彼には慕われていたと思う。いつでもアーシャと一緒にいたがり、魔術学院に通うことすら拒もうとしたくらいだ。それは彼のためにならないから諭して行かせたが、授業が終わるとすぐに文字通り飛んで帰ってきていた。そのせいで火魔術師であるのに飛行魔術が達者になったくらいだ。

 日中は支部で研究をし、その他の時間はずっとルディと一緒だった。住居を単身者用の寮から家族用の寮へと移し、名実ともに彼と姉弟として過ごした。

 彼は可愛い弟で、物覚えのいい弟子だった。結晶化の魔術だけはあまり上達しなかったが、人には得意不得意がある。アーシャが代わりに彼の余剰の魔力を結晶化してあげれば問題なく、暴発の危険も減らせた。魔力のタンクというデナスの表現はどうかと思うが、ルディから得た火結晶がアーシャを大いに助けたのも事実だ。彼の魔力は計測が難しいくらい大きかった。結晶化しても制御が大変なほどで、最終的には暴発させてしまったのだが――

「!! ――!!! ――――!!!」

 ぼんやりと夢の中を漂っているようなアーシャを、叩き起こそうとするかのような声がある。

 誰かが、何かを必死に叫んでいる。

 まるで、彼の魔力結晶の中に閉じ込められたアーシャを必死に呼び戻そうとしているかのような声が――

(――結晶は!? ルディは!?)

 声に引き戻されるように、アーシャの意識が覚醒した。

 声が間近で聞こえる。体が痛いほどに圧迫されて窮屈で、無意識にもがこうとしたアーシャの手が空を掻いた。

(手が……動く!?)

 おかしい。結晶に囚われたアーシャは手を動かすどころか、瞼を閉じることさえ困難だったはずだ。

 それだけではない。頬が風を感じているし、髪が顔や首筋で少し揺れるような感触もある。結晶の中ではありえないことだ。

(どういうこと!? もしかして私、死んだの!?)

 死んだのだとしたら、意識があるのは何故なのだろう。アーシャは混乱しながら瞼を開いて――固まった。

「ああ、師匠!! よかった! 本当によかった! お目覚めになったのですね!」

 神々が丹念に造形したのかと疑わせる美貌の青年が、美しい碧眼を歓喜で潤ませてアーシャを見つめている。やたらと距離が近いのはどうやら彼に抱きしめられているかららしく――ということは先ほどからの圧迫感は結晶のせいではなく……

「…………ルディ?」

「そうです、俺です! よかった、師匠が俺のことを覚えていてくださって!」

(……………………)

 アーシャは無意識にかぶりを振った。たとえ結晶に閉じ込められようが何があろうが可愛い弟子のルディを忘れるわけなどないが、目の前の青年とは重ならない。深い青の瞳が彼を思わせたから思わず呟いただけで、この青年がルディだと思ったわけではなくて……

「師匠! ああ、本当に師匠だ! お声を聞きたかった! ずっとこうしたかった!」

(…………ああ、ルディだ……)

 子犬のようなこの懐き方は間違いなくルディだ。ぎゅうぎゅうと抱きしめられながらアーシャは悟った。でも、まだ現実を受け容れられない。

 結晶に閉じ込められて死を覚悟したはずだったが、青年になった弟子に抱きしめられているという現実を。

(実は私、もう死んでいるのではないの? 夢を見ているのかも。死後に夢って見られるものかしら。それともこの美青年は死神とか……?)

 混乱して思考が散らかっていく。そんなアーシャの内心の声など聞こえるはずがないルディが歓喜の声を漏らす。

「よかった……本当によかった。師匠が生きていてくださった……」

(……そうか、私、生きているのか……)

 ルディの涙声に、アーシャの心に事実がすとんと落ちてきた。ルディの涙など滅多に見たことがない。それほどまでに心配してくれたのだ。

 どうやら自分は生きているらしい。ルディに助けられたらしい。そしてルディは成長したらしい。

「師匠! 師匠!!」

「……お願いルディ、少し……緩めて」

 しがみつくように、すがりつくように抱きしめられながらアーシャは訴えた。死んでいなかったのは嬉しいが、窒息して死にそうだ。

 腕の力が申し訳程度に緩み、ようやく少し身動きが取れるようになる。アーシャは身じろぎしてあたりを見回した。

 がらんとした印象の室内で、白い壁が少し煤けている。見慣れた実験室だ。もともと物の少ない部屋だから――実験の失敗に備えて必要ないものは置かないようにしている――壁際の机などの配置は変わっていないように見える。

 そう、何も変わっていないのだ。――目の前にいる、成長した弟子を除いて。

「あの……ルディ?」

「はい師匠! 何でしょう?」

「無事……なのよね?」

 アーシャは手を伸ばし、ルディの頬に触れた。そこから電流が走ったかのように、ルディがびくりと身を震わせる。

(痛かったのかしら……)

 アーシャは真剣な眼差しで彼の様子を観察したが、大丈夫そうだ。少なくとも顔に目立った外傷はない。次に彼の腕を取り、手を矯めつ眇めつする。痛々しく腫れていた手は痕が残ったり変形したりすることなく治ったようだ。それどころかすらりと形のよい指がアーシャのそれよりもずっと長く、手の大きさも完全に逆転していることに動揺する。

 手だけではない。アーシャを抱きしめている彼の体もアーシャよりずっと大きい。

「師匠……お変わりありませんね。真っ先に俺のことを心配してくださるなんて……」

「それは当たり前だわ。可愛い弟子だもの」

「…………可愛い?」

 頷いたアーシャの返事に、ルディが低く不穏に呟いた。

 顔を近づけ、アーシャの琥珀色の瞳を射竦めるように見据え、低い声で言う。

「あれから八年が経ち、俺は十九歳になりました。師匠よりも年上です」

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