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 上司の無茶ぶりは今に始まったことではないが、それでも溜息の一つくらいはつかせてほしい。

 アーシャは少年に向かって確認した。本人にとって愉快な話題ではないかもしれないが、はっきりさせなければならない。

「……あなたは強い魔力を持っていて、身寄りがない。そういうことね?」

「…………」

 少年はこくりと頷いた。デナスも軽く頷く。

「そういうことだ。話が早い部下で助かる。こいつは協会で保護する以外にないんだが、早い話が扱いに困るんでお前に預けたい」

(…………やっぱり……)

 なんとなく想像はついていた。端くれとはいえアーシャとて魔術協会の一員だ。状況は理解できる。

 魔力があり、しかし身寄りのない子供はどこかの養子になるのが通例だ。

 魔術師の社会、それはほとんど貴族社会と同義だが、そこには幾つかの有力な家系があり、互いに勢力拡大を狙って争っている。しかし本家だの分家だの、利害関係だの縁故関係だの、諸々の理由で離合集散を繰り返しているため、ここに預ければ安心だというところがない。

 魔力が強く身寄りのない子供は格好の餌食だ。子供の魔力が強ければ強いほど家同士での取り合いは熾烈さを増す。保持する魔力の強さは必ずしも魔術の技能を保証しないが、魔力の強さは遺伝しやすい。縁故関係が大きな意味を持つ魔術師の社会では、魔力の強さはそのまま権力の強さなのだ。

「彼の魔力は火属性で非常に強い。その上この子はきっと、爆発の原因に関わっている。そういうことですね?」

 当人を前にして悪いとは思ったがはっきりさせなければならない。アーシャは努めて事務的に言葉を選んだ。

 デナスが重々しく頷く。

「そういうことだ。爆発の原因はまだ究明途中だし、何かあったとてこいつの年齢からして罪に問われることはないが、放っておくことはできん」

 下手なところに預けると、その一派に不都合な事実があった場合に隠蔽されかねない。総体としての協会としては、それは避けなければならないだろう。

 アーシャは頭を抱えた。

 この少年は爆弾のようなものだ。貴族社会の勢力争いの均衡を崩しかねないほどの魔力を持ち、しかも今回の事件の核心に近い場所にいる。

 あらゆる勢力が血眼になって彼を奪い合うだろう。己の勢力を拡大するために。己にとって都合の悪い事実を隠蔽するために。敵にとって都合の悪い事実を暴き立てるために。

 渦中に置かれる少年のことが案じられてならない。

 だが。

「デナスさん、私は……」

「協会でも最有力のシャロット家の出だが、実家とは疎遠だろう。ちょうどいい」

 あけすけに言われ、アーシャは苦笑した。ここまではっきり言われるとかえって気持ちがいい。

 アーシャ――アーシュラ・アルド・シャロットは、魔術師の家系の中でも最有力のシャロット家に生まれた。しかし魔力を持たないことが幼少期に判明して以来冷遇され、魔術師となった今も変わらず疎んじられている。

 一流の家系に生まれた、家名に泥を塗る魔力なしの魔術師。それがアーシャだ。

(ちょうどいい、のかしら……)

 アーシャがシャロットの権勢に水を差したのは間違いない。いくら隠そうともどこの家系の子にどんな素質があるか――あるいは、ないか――など隠し通せるものではないし、貴族たちは薄気味悪いほど互いのことを監視しあっている。ましてアーシャは魔術学院に在籍した過去があり、今も魔術協会に所属する身だ。魔力が無いことも、家名がシャロットであることも、隠しようもなく知れ渡っている。

 アーシャが生まれて存在していることでシャロット家に与えているマイナスを、この少年はプラスに埋める存在になるのかもしれない。シャロットの視点から見ればそういうことで、他から見ればシャロットとは一線を引いた立ち位置になる。扱いの難しいアーシャの預かりになれば、勢力争いに巻き込まれる懸念も少しは減るだろう。

「私の養子になるということですか?」

 成人もしていないのに可能なのだろうか。世間の常識に疎いアーシャはよく分からずに尋ねた。アーシャの言葉を聞いた少年がぎょっとする。デナスは冷静に答えた。

「養子縁組は無理があるな。そもそもシャロットは成人も結婚もしとらんだろう」

 成人年齢は十八歳だ。たしかに十八歳に満たない子供が養子をとるのもおかしな話だろう。結婚可能な年齢は過ぎているが、アーシャはもちろん未婚だ。そもそも貴族社会から外れかけている。

 デナスの言葉を聞いた少年が安堵の息をつく。アーシャはそれを見て少し首を傾げ、次いで苦笑した。

「まあ、そうですね。いちおう実家からは離れて独立してはいるのですが」

 離れて、というか、離されて、が正しい。「シャロット」ではなく「アルド・シャロット」、それがアーシャの正式な家名だ。

 それが世間的にどう見られているのか、あまり考えたくない。シャロットでありながらシャロットではなく、家名を落としながら別の家名を名乗る存在。考えただけで気が滅入る。

(それでも、私が魔力なしに生まれついたのは不可抗力なのだし。状況の責任を全部負えなんていうのは理不尽だわ)

 開き直って強気に考えでもしないと、罪悪感で押しつぶされそうだ。

 デナスが続けた。

「こいつは立場上、義理の弟ということになるか。アルド・シャロットを名乗らせればいい。多少変則的ではあるが、家として独立しているのだから家族を増やしていけない理由はないな」

「「家族……」」

 アーシャと少年は同時に呟いた。はっとして、お互いの顔を見る。

 アーシャは生みの母と死別しており、父は健在なものの疎遠だ。父にとってアーシャの母は複数いる妻の一人でしかなく、アーシャは跡継ぎでも何でもない。そもそも本家からすでに弾かれている。

(一緒にしてはいけないけれど……私も孤児みたいなものだわ)

 衣食住には不自由していないし、教育も与えられたし、本当の孤児のように生活に苦労してきたわけではない。

 魔力結晶を買うお金も実家から出してもらっている。別にアーシャを支援してくれているわけではなく、金に困った魔力なしが何か仕出かして家名をさらに落としては困るという意図あってのことだろうが、貰っていることに変わりはない。そのくらいで傾く家ではないのだから貰えるものは貰っておこうと考えるあたり我ながら強かだが、魔力なしというハンデを背負う身なのだ。このくらいの開き直りは必要だろうと割り切っていた。

 心情的にはともかく、物質的には不自由していないアーシャと一緒にしてはこの子に失礼だろうと思うものの、家族の在り方を知らずにいるもの同士として、同情と共感とを覚えずにはいられない。

「弟ができるのは嬉しいけれど、あなたはそれでいいの?」

 問うと、少年はぶんぶんと首を縦に振った。心なしか青い目がきらきらと期待に輝いており、アーシャは思わずたじろいだ。

「こいつにも一通りの事情は説明して納得してもらった。シャロットさえよければ引き受けてやってほしい」

「分かりました。お引き受けします」

 アーシャは即答した。断る理由が見つからない。魔力の強い子供をめぐるいざこざは飽きるほど耳にしているし、アーシャが庇護者になることでそういった世間の醜悪さから子供を救えるなら、多少の煩いがあろうとも許容しよう。救ったはずの子供が別種の面倒事に巻き込まれるのは心が痛む。

「頼む。それと、魔力の扱いについての基礎を教えてやってくれ。弟、兼、弟子ということだな」

「私に教えられる範囲なら……」

「充分すぎるだろう。お前さん、大船に乗ったつもりでいいぞ」

 そんなふうに少年に向かって請け合うデナスに苦笑する。理論なら教えられる自信はあるが、強い魔力を持つ子供を教え導くのが魔力なしだとは皮肉もいいところだ。

「先の爆発についてはまだ分かっていないことも多いから、復帰したら分析を手伝ってもらいたい。だが、とりあえず今日と明日は休め」

 デナスは言い、少し躊躇ったのちに付け加えた。

「……何がどんなふうに絡んであそこまでの規模になったのかは分からんが、こいつの魔力が絡んでいることは確かなんだ。暴発せんように教えてやれ」

「それは……はい、分かりました」

 言葉は簡潔ながら重々しい調子で言われ、責任重大だとアーシャは表情を引き締めた。下手をすれば研究所があの邸宅と同じ運命を辿ってしまうかもしれないのだ。

 ここには優秀な魔術師がたくさんいるし、だからこそ隔離だの何だのという話にはならないのだろうが、それでもそういった可能性がちらつくのは恐ろしい。自分の力が及ぶ限り努めようと心を決め、アーシャは少年に微笑みかけた。

「改めて、私はアーシュラ・アルド・シャロット。アーシャと呼んで。あなたは何というの?」

「……ルドヴィクス」

「ルドヴィクス……ルディね。これからよろしくね」

 これが、アーシャとルディとの出会いだった。

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