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6

 結局あの後、デナスが事態を収拾してくれたのだろう。自分ひとりの力では少年を助けられなかったのが悔しいが、彼が無事でいる以上は些事だ。ともかくも自分が出来る限りのことをして、魔術師として力の限りを尽くして戦えたことを今は誇ろう。

 微笑んだアーシャを少年は眩しそうに見ていたが、はっとして表情を陰らせた。

「その、髪……」

「髪?」

「俺のせいで……短くなって……」

 アーシャは瞬いた。自分の曙色の髪を掬い取ってもう一度眺める。

 もともと背中にかかるくらいだった髪は少し短くなり、肩を少し過ぎるくらいになっている。だからどうだということもなく、アーシャは首を傾げた。

 何が問題だか分からないという顔をしたアーシャに、少年は目を伏せながら申し訳なさそうに言った。

「その……きれいな、髪なのに……」

「えっ? ……と……」

 アーシャは再び瞬いた。

「……どう考えても、あなたの髪の方がきれいだと思うけれど」

 少年の髪は艶のある黒だ。色も珍しいし、髪質も櫛通りがよさそうだ。ふわふわと跳ねて絡まりやすい自分の髪と比較して、アーシャは少し苦笑いした。

「いや、そんなことは絶対な……」

「……あー……仲良さそうにしているところを済まんが、ちょっといいか?」

 デナスの声がする。アーシャが振り向くと、部屋の入口でデナスが大柄な体を縮こめるようにして所在なさげに立っていた。赤茶色の髪をがしがしと掻き、申し訳なさそうに言う。

「話し声がするんで起きたかと思ってノックしたんだが、気付いてくれんようだったんでな」

「! 申し訳ありません!」

 アーシャは寝台の上で背筋を伸ばし、上司に対して礼をした。

 かしこまらなくていいとデナスは鷹揚に手を振り、部屋に備え付けてあった椅子を引いてどっかりと腰かけた。

「具合は大丈夫か?」

「体は大丈夫そうです。ところでデナスさん、魔力結晶をお持ちではありませんか? 魔術が使えるか確かめないと」

「そう言うと思ってな、荷物は運ばせておいた。ちょっと待ってろ」

 デナスはそう言い、部屋の隅に備え付けてあった机の上の箱を指し示した。少年と話していて気付かなかったが、アーシャの荷物――といってもローブくらいだろうが――は既に部屋にあったらしい。

「あ、大丈夫です、それなら自分で……」

 言いかけたアーシャを制し、デナスは荷物を机ごと持ち上げてベッドの脇に置いた。

 簡易的な机とはいえ、結構な重量がありそうだ。アーシャは思わず頬をひきつらせた。魔術が発動する気配を感じられなかったのだが、アーシャの感覚が鈍っていたか、よほど繊細な魔力操作をしたのか、そうでなければ自分の力だけで持ち上げたのか。どれにしても冷汗が出る。立場があることからみて当然ではあるが、豪快な性格の印象に反して彼の魔術の腕は相当なものだ。

「……ありがとうございます……」

「構わん」

 頷き、デナスは再び椅子にどっかりと腰を下ろした。

 アーシャは少し身を乗り出し、箱を開けた。中身を取り出さず、箱の中で検める。

 簡素な服に着替えさせられていたことから察していたが、やはり箱の中にはもともと着ていた服が入っていた。見られて困るようなものではないが、あまりデナスや少年の前で晒すものでもない。

 ローブの下に何を着るかは人それぞれだ。魔術師であることを示すローブは日用のものから正装まで様々な種類があるが、その内側で何を着るかは自由だ。というか、そこまで細かく定めても意味がない。夏場であっても魔術師がローブを脱ぐのは私的な場だけだ。噂では、ローブの下はいつも寝間着という強者までいるらしい。もちろん実際に確かめたことはない。

 服を掻き分け、ローブの内ふところ――ローブの合わせは二重になっており、捲れても中の服が見えることはない――を探る。

 アーシャは結構な量の魔力結晶を日常的に持ち歩いているのだが、それが心許ないほど少なくなっており、つくづく危うい状況だったのだと思い知る。

(アクセサリーも併用した方がいいかもしれない……)

 アーシャほど大量の魔力結晶を使う者は稀でも、魔力結晶は魔術師にとって重要なものだ。自分の保持する魔力以外の属性の結晶を持っておけば魔術の幅も格段に広がるし、自分の魔力属性の結晶を持っておけばいざという時の備えにもなる。

 また、家族や恋人や親友どうしなどで、お互いの魔力を結晶化させたものを交換して身につけておく風習もある。

 そうした場合は特に、そうでなくても少量の結晶を身につける場合であれば、懐に入れるよりも装飾品として持っておく方が適している。そうした理由もあって、魔術師は装飾品を好んで身につけるものだ。

 しかし、家族関係が希薄で親友と呼べる存在もいない――カレンをはじめ仲のいい友人はいるが、さすがに結晶を交換するほどではなく、そもそも自身に魔力がないので結晶を渡すこともできない――アーシャには縁の薄い話だった。そのうえ特に身を飾る習慣もなく、結晶を保持しておくための金属部分の重量などのことも考えると、剥き出しの結晶をそのまま持っておくのがアーシャにとって最適だった。

(でも、アクセサリーにして予備の分くらいは備えておいてもよかったかも……)

 ポケットに入れただけでは、ローブを失ったときに何もできなくなってしまう。備えのために、少しくらいは装飾品として身につけておいた方がいいかもしれない。

 これまでは、ここまで切迫した状況に置かれたことはなかった。生活も研究も支部内で済み、必要とあればいくらでも魔力結晶が調達できる環境だった。

 少し呑気すぎたかもしれない、そんなことを考えながら、アーシャは指の先に炎を灯した。次いでその炎を浮かせ、花の形に開かせる。そこに空気中の水分を集めた。花びらが蒸気を立ち昇らせ、そのまま溶けるように掻き消える。それを見届けたアーシャは安堵の息をついた。

(どの属性の魔術も使える。細かい操作も問題なさそう)

 それを眺めていたデナスが腕を組み、感心したように唸った。

「相変わらず器用だな。今の、四属性どれも使ってたろ」

「ありがとうございます。少し燃費が悪いのが難点ですけど」

「そんなお前に朗報だ。火属性魔力の、どでかいタンクがここにある」

「…………えっと?」

 体を痛めたけど魔力の操作に支障がなくてよかった、そう安堵していたアーシャは、話の成り行きがおかしいのに不安を覚えた。

「気になるだろうから、先に話しておく。アルガント伯爵での爆発騒ぎは収まった。伯爵は未だに見つからんし怪我人も多いし無事にとはいかなかったが、収まることは収まった」

「……それは、よかったです」

 事態は収拾したらしい。そのこと自体はよかった。後でアーシャにも情報が共有され、詳しい話を知ることができるだろう。

 それはいいのだが、大きな未解決がある。

 その未解決にちらりと目を向けると、少年が不安そうにしながら、青い瞳でアーシャをまっすぐに見返した。

(う…………)

 美少年の眼差しに訳の分からない圧力を感じ、アーシャの腰が引ける。

 少年から目を逸らし、デナスに説明を求める視線を送る。デナスは視線を逸らすこともなく、大丈夫だとでも言いたげに頷いた。何が大丈夫なのか。

「大丈夫だ。こいつのことも、お前ならなんとかできる」

(本当に言った……)

 アーシャは心の中で溜息をついた。

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