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 どうやらかなりの負傷者が出たようで、すでに到着した医師や医療系の魔術師たちが忙しなく行き交っている。

 美しかっただろう邸宅はいたるところが崩れて窓という窓から煙が吹き上がっており、内部の様子がまったく分からない。アーシャは風結晶を握りしめたまま、小走りで庭園を横切った。

 季節は初夏で花々が咲き乱れる時期だが、いまは強風にあおられて散り乱れ、踏みにじられて無残な有様だ。

 火魔術師が火勢を直接的に抑えようと試み、風魔術師がそれを補助したり物資を運んだりし、水魔術師が雲を呼んだり水を降らせたりし、土魔術師が延焼を防ぐための防壁作りや物の撤去を行う。通常の火災であればあっという間に鎮火するだろうが、邸宅はなおも燃え上がっている。

 そうした現場から少し離れた場所に、明らかに立場が上と分かる魔術師たち――風格のあるローブを着て、年齢層も上だ――が集まっている場所があった。そこで作戦や方針を決めているのだろう。その中に上司である壮年の男性魔術師の姿を見つけてアーシャは駆け寄った。

「デナスさん!」

「おお、シャロットか。中に六人ほど入っているんだが、まだ原因がつかめておらんのだ。術者の特定もできておらん。危険だからひとまず待機で……」

「……? すみません、ちょっと待ってください」

 失礼と承知しつつも上司の話を遮り、アーシャは耳をそばだてるような感覚で集中した。

『………………』

 かすかな声が聞こえてくる。しかしカレンではないらしく、イヤリングの風結晶は作動していない。

「デナスさん、誰かの声が聞こえませんか? 誰かを探しているような……呼んでいるような……」

「……いや? それらしき声は聞こえんが?」

 あたりは静かとは言い難い環境で、邸宅や周囲の木々が燃える轟々とした音、風のうなり、人々の声などに満ちている。それらとははっきりと違う声がアーシャには聞こえたのだが、デナスは怪訝そうな顔をして首を振った。

『…………』

「やっぱり、呼んでる……?」

 引き寄せられるように、アーシャの足がふらりと前へ出た。燃える館の方へと、彷徨うように進んでいく。

「おい、シャロット!?」

「こっちの方……?」

 デナスは呼び止めるが、集中しているアーシャには聞こえない。声を辿ろうと感覚を研ぎ澄ませつつ、アーシャは半ば無意識にローブの内ふところから結晶を掴み出した。何種類もの魔力結晶を指の間に挟むようにして保持し、魔術を行使していく。

 炎と熱と有害な物質から体を守りつつ、体の周りに呼吸できる空気を確保する。複雑な魔術を同時並行で行うアーシャにはもう他のことを考える余裕がなく、アーシャの様子を見たデナスがどこかに連絡を取ったのにも気付かず、火の粉と煙の中に踏み込んだ。

『………………』

(こっちの方……? だけど壁が崩れて通れない、それなら……)

 煙が立ち込めて視界がきかない中、貴族の邸宅の構造はこうだろうと推測しながらアーシャは進んでいく。

 豪奢な調度品が壊れているのを見て、申し訳ないと思いつつも足場替わりにし、崩れた階段を渡るために最小限の風を起こす。複雑で精緻な魔術を使っているために結晶がどんどん小さくなっていくのに焦りを覚えつつ、引き返そうとは微塵も考えない。

『………………』

 声に急かされるように、アーシャは邸宅の奥へと進んでいく。客間のあるあたりはとっくに通り過ぎ、すでに館主のプライベートな部分と思しき場所へと踏み込んでいる。

 さらにしばらく進み、奥まった場所、吹き抜けの天井の硝子が吹き飛んだ広い空間で、アーシャは足を止めた。

 磨かれた大理石のタイルの床に手負いの獣のようにうずくまり、黒髪の少年がアーシャを睨みつけている。身に着けている服はぼろぼろで、あちこちが焦げて穴が開き、むきだしの手足も顔も煤にまみれていた。

「…………あなた……」

 呼んでいた声はこの子のものだろうか。この大爆発と関係はあるのだろうか。いろいろと聞きたいことがあったのだが、そんなことは一瞬で吹き飛んだ。

「意識ははっきりしている? 声は出る? 怪我していない?」

 駆け寄ってすぐに様子を確かめたいのを堪え、アーシャはつとめてゆっくりと少年に歩み寄った。十歳に満たないくらいの子供に見える。

 少年は短く唸るような声を出したあと、怪訝そうな様子でアーシャに問うた。

「あんた……どうやってここへ来たんだ?」

「どう、って……」

 聞き返そうとしたが、アーシャはすぐに理解した。

 魔力を持つ者は他者の魔力を感じ取ることができる。一応アーシャも、結晶魔術で魔力に触れているおかげか他者の魔力を感じることができる。少年はおそらくアーシャが魔力を持たないのを感じ取り、一般人がこんな危険な場所にどうやって来たのかと問うているのだ。

 アーシャは指に挟んだ結晶が見えるように手を掲げた。

「魔力はないけど、私も魔術師なの」

 魔術は使える、あなたを助け出せる、だから安心してほしいという思いで答えたのだが、少年は青い瞳を怒りで燃やし、いきなり臨戦態勢に入った。

「そうか……あんたもあいつらの仲間なんだな? 俺みたいに無理やり連れてこられたわけじゃないんだな?」

「あいつらって……? ……っ!」

 聞き返したアーシャに応えず、少年は屈んだ姿勢のままアーシャの方に手を伸ばし、鋭く炎を走らせた。

 アーシャはとっさに土魔術でローブの組成を変え、炎を防いで弾いた。間髪入れずに違う方向からローブの中を狙って鞭のようにしなる炎が襲い掛かってくるのを、今度は火魔術で反発させて逸らせた。

「なるほど、その腕前があれば魔力のあるなしなんて関係ないのか」

 憎々しげに吐き捨て、少年はなおもアーシャを狙って炎を放った。

 そんな場合ではないというのに、アーシャは炎を防ぎつつ、つい頬を緩めてしまう。

「おい、何を笑ってるんだ? 馬鹿にしてるのか?」

「違うわ。そうじゃなくて……嬉しくて」

「はあ?」

 少年は思い切り怪訝そうな声を出したが、アーシャにとっては革命的とさえ言えることだ。はにかむようにして内心を吐露する。

「初めてなの。魔力のあるなしなんて関係なく、魔術の腕前を認めてもらったことが」

 魔力がなくても人としての価値には関係ないと言ってもらったことなら何度もある。でも、それはアーシャにとって気休めにもならなかった。

 そんなことは分かっている。そして決して、それ以上のものではないのだ。

「私は魔術師なの。たとえ魔力がなくても。その自負があるから……魔術師として認めてもらえたことが、本当に嬉しい」

 敵意を向けられながらも敵と認められたことを喜ぶアーシャに、少年は呆気にとられた顔をした。少年の戦意が一気に削がれて攻撃の手が止まる。そうなればアーシャも迎撃の必要がないので妙に平穏な空気が流れた。

 少年はしばし口を開けたまま沈黙していたが、ややあって呆れた風に笑い、戦意を完全に解いた。

「あんた、変な奴だな」

「そうね。魔力がないのに魔術師を名乗るなんてね」

「いや、そういう意味じゃないが。それに……よく考えたらあいつらの仲間なわけないか。あいつらこそ魔力至上主義みたいなもんだし……」

「さっきも聞こうと思ったのだけど、あいつらって? ………っ!?」

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