表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

川底に沈む包丁は何を語る

作者: 黒楓

通勤途中の用水路に包丁が白く沈んでいました。


それを見て思い付きました。





 1時間ほど前まで居た“リゾートホテル”のロビーにあった無料アメニティバイキングコーナーが目新しく、つい何点かを選んで使ってしまった。


その芳しい香りが手の甲からまだ消えていない。


 変に鼻が利く“夫”に気付かせない為に“妻”はどっさりの玉ねぎとニンニク何片かを俎板にのせ、タタタタタと切っている。


こんな筈では無かった!!


 カレとの今日の“逢瀬”の為に、見栄えの良い“炊き立ての鯛めし”を夫に提供すべく、事前に通販で買っておいた骨取り鯛の切り身を漬けだれに漬け、味を滲み込ませた後に、炊飯器に研いだ米と一緒に入れ、だし汁を満たした。

この状態でタイマー炊飯にしておいたのだ。


 そう、例え妻の“逢瀬”が長引いたとしても、定時帰り夫がストレス無く食卓に着けるように。


しかし予期せぬ事が起こった。


にわかに湧き起こった入道雲はこの辺りにゲリラ豪雨をもたらせ、落雷で停電していたのだ。


故に炊飯器は機能せず、鯛とコメはだし汁に漬かったままだ。


 妻が帰って来た時、まだ家は停電していて……彼女は暗い中、濡れ鼠になった“よそ行きワンピ”を脱いだ。日傘なぞ何の役にも立たなかったから。


「この雨に阻まれて、どうか夫の帰りが遅れます様に」


こう願いながらスマホの明かりを頼りにワンピを洗濯ネットに入れたところで廊下の明かりが点いた。


妻は急いで洗濯機と炊飯器のスイッチを入れ浴室へ向かう。


 つい先ほど、()()の為に“リゾートホテル”の大きなジャグジーバスにお湯を張った時とはまったく違う心持で、こじんまりとしたベージュの浴槽の蛇口を捻る。


 何もかもが色褪せているこの空間に“魅せブラ”の鮮やかな色と、その谷間から垣間見えるピンクのキスマークの色がバカバカしくて変な笑いがこみ上げて来る。


「雨だけじゃない!! この“日常”のお陰でさっきまで燃えていた“カラダ”はどうしようもなく冷え切ってしまうわ!!」


 そう、この胸のキスマークを捺すようにねだったのは彼女の方で……こうしてその“逢瀬”の跡を見つめるのは、彼女自身の他はバスルームの鏡しかない事を彼女はよく知っているからだ。


「こんなランジェリー、夫には勿体なさすぎる……そう、私が“ゆく年くる年”を見ている間に酔った勢いで一人書斎でAV鑑賞した後、火の玉の落ちない瘦せた線香花火の様な()()()()“姫始め”を私に強要して、それ以降、ずっと音沙汰無しの人だもの」


 ランジェリーを別の洗濯ネットに入れながら、彼女は自分の肢体を洗面所に映して見る。


「私はまだまだイケてるわ!」



その時、苛ただしげにピンポンピンポンピンポンとインターホンが鳴り、妻はため息をついて黒のブラタンクトップをズボン!と被った。



--------------------------------------------------------------------


今日の“夫”の一日はついていなかった。


彼は下衆な目論見を胸に隠し持って、目を付けている部下のOLを何回か食事に誘っていた。


とは言っても“総合職”のコには声を掛けない。


何かの間違いでそのコと立場が逆になった時の事を考え、“一般職”のコにしか声を掛けない臆病者の“夫”の事を、『部下』は当に見透かしていて“夫”が表で聞き耳を立てている給湯室の中でこんな“毒”を吐いた。


「やっぱ20分は()()()くれないと!」


「それで満足できるの?」


「そういう訳じゃないけどさ、例えば“係長”みたいなただのオッサンと付き合うとしたら、()()()()()()で、最低でもその位の満足はさせてもらわなきゃやってられないじゃん!」


「何! やっぱ付き合ってんの?!!」


「まさか! 奥さんの愚痴を聞かされてただけよ!! これだけでそのフニャ●ン度が分かるでしょ!」


「アッハハハハ! 小さい男だねぇ~!」


「ギャハハハ! だよねえ~!!」



 “夫”は来るべき“チャンス”に向けて、タブレットを片手に、独り“自主練”に励んでいた。


今年の年末にはいい感じに酒を入れ、生身(“妻”)相手に、その成果を試したりしていたのに……


 夫は会社の中ではどこにも怒鳴り散らす事のできない悶々とした思いを抱えて定時で上がると駅に着くまでに豪雨にやられて、全身ズブズブになって、35年ローンのマンションのインターホンを押し続けている。


「クソッ!! 亭主が外で闘っているのに昼寝の寝過ごしか?!! インターホンが壊れたらお前のせいだぞ!!」

いかにも“小さい”物言いである。



 ドアの鍵がガチャン!と開いて鉄の扉がギイイ!と開く。


「ごめんなさい!私もスーパー行っている時に降られて足止めされてたのよ」


夫は、「傘ぐらい持って行け」と自分の事は棚上げして妻を罵る。


「もちろんカサは持って行ったわ。でも全然役に立たなかった。きっと一番強い降りの強い時なら3歩も歩けなかったわ」


「オレはその雨の中をこうして帰って来たんだ!!」


「ほんとうにご苦労様です。お風呂になさいますよね!?」


「メシはどうした?!」


「急いで支度します」



--------------------------------------------------------------------


 夫の世話を焼いた後、妻は台所に立ち、刻んだニンニクをオリーブオイルで炒め始めた。


夫が風呂から上がると芳ばしい匂いがリビングダイニングまで立ち込めているが、まだ卓上には何も出ていない。


背中を髪で濡らしたままの妻は玉ねぎと豚こまを炒めている。


「おい! 何も無いのか?!!」


「えっ?! 何でしょう?」


「テーブルに何も無い!!と言っている!! 何度も言わすな!」


妻は菜箸の先がブルっと震えたが、辛うじて怒りを飲み込んだ。


「ごめんなさい。すぐビールをご用意しますね」


妻は一旦、火を止め冷蔵庫に向かう。


「メシは?!」


「あなたのお好きな鯛のご飯がもうすぐ炊きあがりますから。どうかお待ちください」


「オレは猫か?? そんな猫飯なんて作りやがって!!」


「お気に召さないのでしたらお肉も今、炒めてますのよ、だから……」


妻は夫の目の前でグラスにビールを注いでやる。


 クリーミーな泡が落ち着くと夫はそれを一息に飲み干し、グラスをテーブルにダン!と置いてゆらりとイスから立ち上がり、キッチンに居る妻を背後からいきなり抱きすくめて濡れた髪に顔を埋めた。


妻はビックリして「ギャア!」と叫ぶが夫は“やりたい放題”な事を妻に仕掛ける。


あまりの事に妻が夫を突き飛ばすと、俎板の上で鈍色に光る匿蔵の銀紙3号三徳包丁が夫の目に留まる。


「これはいい包丁なんだろ?! 幾らした?」


「……2万くらい」


「オレの稼いだ金で買ったんだよな!」


「……」


「いい気なもんだな!」


俎板の上の包丁を掴むと、夫はどこかの悪党みたいに包丁の刃先にベロリと舌を這わせる


「イテッ!!」


 夫はせっかく手の持っていた包丁をゴトリ!と落としてしまい、妻は飛び退いたが、両手で口を抑えているその指の間から血が滲んで来た。


 夫は切ってしまった舌が痛くて抑えた口でモゴモゴしている。


その様に妻は吹き出しゲラゲラと笑い出した。



--------------------------------------------------------------------


 数週間後、その腐敗臭から彼らの居室のドアはマスターキーで開けられ、警察が立ち入る事となった。


明らかに包丁の刺し傷が致命傷となったその遺体の配偶者は未だに行方不明だ。


 あれから幾度かゲリラ豪雨があり、彼らの住んでいたマンションの近くのドブ川にもその都度濁流が押し寄せた。


 そしてすっかり晴れた朝日に照らされ、川底に白くシルエットが浮き出たのは……


あの匿蔵の銀紙3号三徳包丁だった。




              おしまい


ジャンル分けに困ったのですが……


ちょっと怖いお話なので、夏だからホラーでも良かったかな??(^^;)




ご感想、レビュー、ブクマ、ご評価、いいね 切に切にお待ちしています!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] どろりと甘露♪  明示せず匂わせるにとどめて、読み手に想像させるオチもよきでした♡w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ