作業進捗状況8 酒と儲け話④
『卿』の使い方が間違っていたので、全部置き換えました。
多分あと2話ぐらいで密輸話も終わるかと思います。
注)【回想シーン】は次で終わると思います。次で。
俺はアナダラーケン領に着くや、侯爵妃の居城にまっすぐ赴いた。
この御方にはダンジョンを掘る際に非常にお世話になっていた。
最近は忘れがちだが、俺が作ろうとしているのは見る者が嫌悪しながらも、手を出しかねる『ダンジョン』なのであって決して『温泉テント村』では無かった。
ただ『温泉テント村』の売り上げはと言えば、第2軍団の皆さんのお陰で月に500万デネイ(≒1億円)を超えていた。
月に20日間ぐらい泊まってもらえるとそれぐらいの額になっちゃうんだよ!
1人が1泊100デネイ(≒2000円)で温泉入り放題、2回の食事と酒付きで、テントはと言えば上等の広くてフカフカのヤツで、地下1階なので雨や風から完全に護られ、厠完備の上に山の雪解け水まで飲めるという徹底した格安体制だったがこれが受けが良かった。
麓の村の人達はと言えば、商品がことごとくキレイにはけるし、今まであまり売れなかった食料関係がガンガン売れるために、これまた俺に対する期待が物凄かった。
俺は10の村落の皆さんに対して『来月の輸送体制』に関する説明会を開かないといけなかった。
とても途中で止めますとか言える雰囲気では無かった。
さらにクーデレはと言えばやはりというか『奥方様』とか呼ばれていたし、治癒の術もあって地元住民から女神のごとく崇められていた。
これで山間街道が出来た日には、俺の『偽装温泉テント村』は立派に貿易の中継拠点になってしまいそうだった。
クーデレも意外と気に入ってくれているし、地元の人達も良い人ばっかりで、最初に助けてもらった借りもあった。今でも良心価格で食料などを卸してもらっていた。
いつもみたいに『仕事』をたたんで逃げる訳にもいかなかった。
という訳でダンジョン造成工事の方は、忙しくてほぼ完全にストップしていた。
もちろん現場監督の『ヨクミーロ・オッサンダロ』は俺の気持ちを汲んでくれて、ちょっとずつ地下3階の工事は進んでいるが、今までに比べると雲泥の差だし、また何か出てはいけない物が出そうだった。
しかし今は『酒の密輸』の方を成功させねばならない。愚痴はここまでにしとこう。
初期投資としての酒の仕入れ額は、俺とノンデルで折半した。おかげさまで儲かってるからな。
つまらない事を考えていたら、侯爵妃の居城に辿り着いた。
思えばこの御方のお力添え有って、開始できたダンジョン造成計画でもある。
このアナダラーケン領を治める人間族の侯爵の奥方様は政治の場においても、それなりの発言力を有する働く女性の憧れみたいな御人だった。
名を『イーナ・オリヤーガターナ・マテッコラ』様という。
あいさつもソコソコに俺は本題に入ろうとしたが、やはり不遜な考えだったかもしれない。
いつも思うのだが、この御方はフンワリと穏やかな表情を浮かべておられるのに、常に妙な迫力があった。
本日も上質な薄物のドレスを一部のスキも無く着こなしており、それなりのお歳であるのに充分美人というべき整った顔をこちらに向けていた。
「奥方様、ご無沙汰しております。ユアセイラ・ヒートコート・ヨケイジャロウェイでございます」
「ごきげんよう、宿場長。シェカラシカ軍団長から話は聞いています。温泉テント村を始めたとか」
「交通の便も悪い、寂しい山奥でございますよ。温泉の方は美容に良く、皮膚の病にも効くと物知りが申しておりました。御越しいただけるのであれば、おもてなしいたします」
「貴方は前回の『島』の件といい面白いことをやるのね。ヨケイジャロウェイの家の方というのは皆そうなの? それとも貴方だけなの?」
「家は捨てて来たのです。ですから私だけなのでしょう……皆もっと違う世界に生きていますから。魔族には私のような者だってそれなりにはおりますよ」
「今まで教えてはくれなかったことを仰いましたね。主人も昔は貴方の様な事を言っていたけれど、結局ここで侯爵をしています。逃げるのは無理かもしれなくてよ」
「逃げたというよりは『追い出された』のでしょう。後継ぎならいるのです。私よりもずっと優秀な者が」
「そうなのですか……これ以上は尋ねることを控えましょう。本日はどういった用件なのですか。私に何か頼みたいことがあるのでしょう?」
俺は思いきって正直に、今回の『酒の余剰在庫の移送』の件についてイーナ侯爵妃に全部話した。
この奥方様は最初は目を丸くした。その後の少しニヤリとした笑いについては、さすがに綺麗事だけで過ごしてはおられない貫禄というものがあった。
「という訳で私と友人の酒商人と軍団長は、この移送を可能なら2回以下で済ませてしまう予定です」
「今回のその『余剰在庫の移送』については分かりました。しかし私に黙っていても良かったのではないですか?」
「ご冗談を! ここは侯爵閣下の領土ですぞ。貴女だっておられる。私も忘恩の徒では無いつもりです」
「そうなのですか? では関税の代わりに何を払っていただけるのかしら?」
「そこなのですが、何がよろしいですか?」
「そうですね。現物が良いわ。お酒を1000本ほど置いていってくださると助かるわね」
「!! 本当にそれだけで宜しいのですか?」
「残りは売り払ってしまうのでしょう?他の領にも流してあげないと、余計な恨みを買うかもしれません。アナダラーケンが潤っているアピールというものも必要です」
酒1000本といえば1本3500デネイとしても350万デネイ(≒7000万円)分でしか無い。
今回のアガリを考えると、真に欲の無いお返事ではあった。だが計算高い御方だ。
今回の件に関して、違法性があるのは『関税を払わないこと』と『国家に所属する正規軍が移送に関わること』だけであると言って良い。
関税を受けるのは南側のアナダラーケン領と国である。
正規軍が移送する物については、可否の判断を軍団の裁量にゆだねていた。
ただ黙っているにしてもバレる時はバレる。バレた時は『献上品』であると言い抜けるしかない。
その時は俺もノンデルも大損するが、誰の首も飛ばない。
その為に俺たちは『ご用商人』なのだし、北の税関役人と南の侯爵領には『事前に通達があった』ことになるし、酒自体は正規の手順で仕入れられているって訳だ。
山間街道の件は両方の国に承認された事業でもある。工事そのものについては、南側の国家がそのほとんどを行っているというだけだ。
当然、工事を担当する第2軍団としてはお隣の国に『ご挨拶』に伺うことも極めて自然で、補給品を受けとることもあるだろうから国境を越えてムリスジー領内に丸ごと入れる訳だ。
他の奴に真似しろと言っても無理だろうな。
通常『酒』は山脈を迂回する経路で運ばれるし、2500名規模の大商隊も陸路では存在しない。
鍛え上げた軍人さんが、獣を使って山脈を縦断するから出来る荒業であると言える。
最後にこの『ムリスジー酒』を8万本売りさばいてくれる商人を探さないといけない。
居直りやがったな! 待てッコルァァァァァ!
とかそんな過去のある御方では無いと思います。おそらく。
今日は勤め先も休みなので上げ。