作業進捗状況27 ダディ&ドゥーユ③
※前回はいろいろありましたが、義父は一応無事です。
普段忙しい者が急に暇になると、途端に何をして良いのか分からなくなる。普通は……。
たとえ天候が良かろうと悪かろうと、地下には関係が無かった。
明かりは床から生えている2.5アーム(≒2.5m)ほどの高さの円柱の上部が煌々と輝いて周りを照らしていた。これが何本もあるわけだ。
床や壁は地下洞窟の趣そのままの質感と色でもって、非日常を演出しつつも頑丈かつ安全な雰囲気をたたえていた。
通路は俺たちの居住区画と宿泊区画を壁で分けた部分だが、これも明るく広くとられ、ジメジメした所も無く、天井を支える柱が何本もあったにせよ解放感もあった。
地下2階への通路は『案内板』もあって、すぐに分かるようになっており、階段の代わりに緩い坂道になっていて滑りにくいようにザラッとした床になっていた。
どうしても長い通路になってしまうため、ご年配のお客様や働いてくれる村のお年寄りのために、クーデレが最近になって昇降機をつけてくれた。
テントは以前は『旅行用の大きい物』が主流で、お客様が居ない時には畳んでしまうようにしていたが、しばらく前から『居住用の大きい物』に徐々に切り替える様にしていた。
そのまま設置しておいて番号で管理することにした。
宿泊者数は最大3000名は可能だと思う。
食事の提供に工夫と努力は必要ではあるのだが。
今の俺はアナダラーケン侯爵閣下を相手をしていた。
侯爵閣下はバスローブ姿で、クッションに寝そべって完全にくつろいでいた。
「ダンマスよ。ここはやはり良いところだな。泊まりに来たという感じもあり、何か冒険に来た風情まである」
「ありがとうございます。当たり前の宿屋も良い物がありますが、この辺りは秋冬になると死人が出るほど寒いですから。こうならざるを得ないのです。いささか窮屈なのは申し訳ございませんが、安全です」
「なるほど風景は楽しめないが、ユッタリした時間はワシには貴重だ。見たければ地上に出れば良いしな。この山は暮らしにくくて山賊も寄り付かん。ここら辺では獣もおとなしいのしか居らんしな」
「ところでお付きの方々も何か不自由はありませんか?」
「すまんな気を使ってもらって。皆も楽しんでおるよ。交代でな」
ドゥーユ様も奥方様と従者や侍女を伴って来ている。
彼らにしてみれば俺は『魔族』とは言え、出入りの商人の1人で『知った顔』でしかなかったので皆さんくつろいでくれてはいた。
因みにクーデレは外交官で出自が侯爵家であるから、やはり有名な『山の奥方様』であって俺とは見られ方が違った。
外国や国内の他勢力から見れば、アナダラーケン侯爵はカーンティシューノゥツーハン皇国を完全に味方にしている様に見えるだろう。
実際に外交部はそのつもりであるらしい。
こういったことはマメにやっておくと後で使えることがある。
「ところでな、ダンマスよ。この借りた本なのだが、非常に感銘を受けた。これはおヌシのお祖父様の著作ではないのかな?」
「お分かりになりますか。人間の方からして見れば、もう何百年も前の書物ですからあまり面白味の無い物かも知れませんが、珍しく良書として発禁処分を受けませんでした」
それは祖父であるヨノゴート・オシナベーテ・ヨケイジャロウェイが書いた2冊目の内政エッセイである【それは私の仕事では無いと思う】だった。
これは祖父と祖母の対話形式になっており、面倒事に対する祖父の『いいわけ』について祖母が的確な助言を返すが、祖父がゴネまくるという内容だった。
結果的に祖父は祖母に引きずられて行って事態を収集するのだが『史上最高の反面教師』としてかなりの冊数が売れた。
素直に祖母の助言に従う限りは、領内の問題にちゃんと対処出来たからだ。
「お祖父様は領主の忙しさや面倒な部分を良く分かっておられる。ワシもたまにはこんな『いいわけ』を言って、逃れてみたいこともあるのだ」
非常に稀なことなのだが、著者の主張を読者が正確に読み取ってしまうことがあった。
祖父のことは『人間族』の間でなぜか美談になってしまっており、4代前のこの国の王様は家臣に対して「至らずともヨケイジャロウェイの様にあれば良い」と語ったらしい。
祖父の様にあった場合、財政が傾きそうな気がしてしょうがないのだが、俺にはどうすることも出来なかった。
本日の俺はクァーメンルァイダ侯爵とアナダラーケン侯爵に対して『狩り場』を提供しなければならなかった。
流石に両名ともに連日酒飲んで、愚痴を吐いて温泉でだらけるのも飽きたのである。
『狩り場』といっても山の中のことであるし範囲はずいぶん広くなる。
季節的に天候がもっとも崩れやすいということもあり、もしもの準備に加えて今回は『案内人』を雇うことにした。
麓の村は20箇所近くになるが、猟師の人数もそれなりに居る。
その中にあって最高の呼び声高いその男に、俺は今回クーデレを伴って依頼に行った。
クーデレはこういったことに同伴することを嫌がらない性格だったし、麓の村々で『山の奥方様』として有名であったから歓迎された。
難病の治療にクーデレの理力が活躍したことにより、恩義のある連中が多かったのも大きいだろう。
要請に答えてくれたこの猟師は名を『カリバーヘ・アナ・イータス』という。
古風な武人の風格を持つこの猟師に『ダンジョン』の全員が一目置いていた。
老年に差し掛かりながらも、眼光と身のこなしにいささかの衰えも無いこの人物は過去に何かあったに違いないが、俺たちは何も尋ねたことは無かった。
革製の上下に頭に鉢金を巻き、背中に弓と雑嚢を負った頼もしい髭面を俺は見た。
「イータス殿、実は侯爵閣下の狩りに同伴してほしいんだ。1日5万デネイ(≒100万円)だそうと思うんだがどうだろうか?」
「ダンマス殿、奥方様もようこそお出でくださいました。それは貰いすぎですな。1万デネイ(≒20万円)で結構。温泉と酒をご馳走になれれば充分でございます」
「相変わらず欲の無い御方ですね。ユアセイラ、そう申しておられる以上はそのように取り計らっていただけますか?」
俺としてはこの一流の猟師が付いてくれて、しかも安くあがるのであれば文句なんぞ無かった。
クーデレの勧めもあって、この話は穏やかに進んだ。
作者です。
私はハーネラレティ陛下が、ロッククライミングにおける『お約束』を流布することをためらわなかった点について、感謝の念を抱いています。
次の話では、熟年のいい男が滝の横の崖を登るにあたり『アレ』をやってしまいます。




