作業進捗状況1 温泉が出ちゃった件
「取り敢えず行き詰まったらぴょんぴょんしてみ」とは誰が言った言葉だったか。
俺は『ユアセイラ・ヒートコート・ヨケイジャロウェイ』…… 長いから『ダンマス』って呼んでくれ。分かると思うが『ダンジョンマスター』の略な。
『島』を出て引っ越し先のダンジョン建設が始まって2年目の春。
俺たちは今日も涼しい中にも暖かい空気が混じる風を受けて、山岳地帯のど真ん中で穴掘りに勤しんでいた。
朝も早よからって訳で、俺と部下たちは肉体労働に勤しむ前に、温泉と飯を楽しんでいた。
何で温泉かって? そりゃ涌いたからに決まってる。地下2階で出ちゃったんだよ……。
「オッサンダロ! 地下3階までお湯に嵌まらないですみそうな場所は見つかったか?」
俺は現場の作業班の指揮を任せている『ヨクミーロ・オッサンダロ』に早速声をかけた。茶色のツナギが似合うイケメンってのもなかなか居ないよな。
「おはようございます、ダンマス。試掘は色々とやってますが、今のところ無いですな」
見かけが若作りなので、知らない奴から舐められることもあるが、仕事が出来る上に物好きなこの男を俺は買っている。
「もうこうなったらノンビリ構えるしかないな。何年掛かるか分からんけど、寿命でくたばるまでってことも無かろう。俺、クーデレに謝って来ないとならんよな、これ」
「お嬢なら分かってくれますよ。何て言うかこうなると『いつものこと』って気がしますがね、俺は」
昔から『仕事』を畳んで、売上を持って逃げなければいけない事も多かった。
こういう得難い部下のお陰で後ろに手が回ったこともないし、俺は貧乏にならずにすんでいる。
珍しく頑張ると、金鉱とか隠し財宝じゃ無くてどうしてこう『温泉』が出てしまうのか俺が一番悩んでいた。
そりゃ昔からヤバいこともやって婚約者に迷惑をかけたり、この間も『引っ越しの準備』で婚約者に迷惑をかけたばかりだったが、今度こそ『穴埋め』をしようと思っていた。
結果的に俺がした事と言えば『穴埋め』じゃなくて『穴掘り』だったし、温泉が出ちゃったものだからダンジョン造成は更に遠退いた。
俺は一応俺を見捨てないでくれている『クーデレ・ジャネイツッテンダロワ・ヒッデーナ』嬢に対して、弁解する必要があった。
場合によっては掘り当てた温泉にでも誘って、ご機嫌ぐらいは取っておかないと不味いだろう。
クーデレの住む都市はもちろん遠隔地だったが、便利なことにクーデレの屋敷直通で転移ゲートが設けられていた。もちろん設置したのは彼女だったりする。
さりげなく気を遣ってくれるところは真に有難い。
才能のある『魔族』の内、その中でも傑出した『理力使い』しかこういったことは出来ない。
彼女だけという訳でも無いし、多くは無いがそれなりの人数居るのだとしても、種族の文明的な生活を支えている重要な存在の一人ではあるだろう。
因みになんだが、俺だって少しだけ『理力』は使える。火を着けたり灯りを出したりってやつだ。部下たちだってそうだ。
俺を含めた『落ちこぼれ』の大半はそうだ。落ちこぼれで碌でもないことしかしてない。
クーデレはひょっとしたらだが、物凄く怒るかもしれない。
もちろんそんな訳だから、少しだけビビっていた俺は部下である『コトシーモ・ハルガーコ・ネイデス』に一緒に付いてきてもらうことにした。
「ネイデス。俺はバカなことをやって、小銭稼ぎをしてるって自覚はあったんだ。昔からそうで今もそうだ」
「よく存じ上げております。妹君がダンマスのことを『クズのゴロツキ』とおっしゃられたのをお諌めして以来ですな」
俺は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ視界がにじんだが即座に回復した。俺みたいなのでも100年も経てば、自分に言い訳しない『漢』になろうというものよ。
「知ってるよ。聞いたよ! 目の前で言われたよ! でも『今』言うことないだろ!」
「左様でございますな。私もあの時は『クズの手下』ですとか『ヒモ』などとご指摘を受けました。 当時は知り合いの女性のところに居ましたものですから。 お小遣いをもらっておりましたのは偶々でございますな」
「あん時なぁ……禁漁区で川魚獲ってた時より前だから、隣の国の王領で『キノコ』掘って流してた時だよな。 でもあれバレてなかったよな」
「ダンマス、私どもが責められましたのは『ノンデル・ンカ・ヒルマッカラ』と組んで酒を違法流通経路に乗せていた件ではなかったかと思うのですが」
「あの件だったか?アレ誰も捕まらなくて良かったよ……俺は法務官にもシラを切り通したと思ったんだがな。何で妹にバレたんだろう?」
『ノンデル・ンカ・ヒルマッカラ』は人間族の男だ。『落ちこぼれ』の団結力を舐めてはいけない。『落ちこぼれ』は魔族、人間、エルフなどなど種族を問わない。
俺にはこういった『心の友』が方々に居た。
力み返った勇者さんが代理戦争の真っ最中って時に、俺たちはガッチリ手を取り合って物を流して懐をあったかくしていたものだった。
これ以上、ネイデスと昔話をしていてもしょうがない。
俺は先延ばしにしていた件を片付けることにして、大きく息を吸ってそして吐いた。
「じゃあ、行ってこようかな」
「ではお供いたします」
別にそんなことをしなくても良いのだが、転移ゲートを潜る時に2人とも鼻を摘まんで息を止めていた。
腰の辺りまで高さがあるモヤっとした物が円型の陣の上に漂ってるんだが、これが池みたいに見えるんだよ。気分の問題だと思う。
水みたいな『何か』に包まれた瞬間、出し抜けに景色が変化した。
俺たちは広めの物置小屋みたいな建物の中にいた。出なくても外がどうなっているか分かる。そこは居住性を保ちながらも、質実剛健を絵に描いた様な『城』だ。絶対に『屋敷』じゃない。
俺たちがその『ある意味、見慣れた部屋』に入った時、部屋の主はお茶の最中だった。
硬質のなめらかな何かで出来ていそうな女性。『クーデレ・ジャネイツッテンダロワ・ヒッデーナ』はその『違いの分かる女』然とした体勢で俺たちを出迎えた。
「ご機嫌いかがかな?クーデレ。今日は提案というか、お願いというか、お誘いというか、とにかく報告があるんだ」
彼女の顔は何というか無表情に近かったかもしれない。『どういった性質の話か既に予想していますビーム』が目から出ていたかもしれない。『出来るだけ簡潔に話せオーラ』が何となく背中から立ち上っていたかもしれない。
彼女は『眼球の動き』だけで話の続きを促した。
「君も良く知っているダンジョンの事なんだ。そりゃ俺はまたつまらない意地を張っているかもしれない。丁寧な君の申し出に対して『自分でやる』と啖呵を切ったことも覚えている。君が片手でパパーっと1日で出来ることを全員で肉体労働してまだ出来てない。お陰で体がちょっと引き締まってきたし、何て言うかだらしない体つきの男よりコッチの方が君も気に入るんじゃ無いかと思ってるよ。そんな目で見ないでほしいんだが…………端的に言うと地下2階で温泉を掘り当てました……」
彼女は気がつくと後ろ向きになっていた。
手に持っている茶碗が端から粉状になっていってたし、お茶は早いペースで蒸発を始めていた。
クーデレ自身は細かくブレていた。彼女の足元を中心にしてホコリみたいな物が俺の足元まで迫っていたが、それはホコリでは無かった。それは絨毯が粉末になった物で、現在進行形で製造されているものだった。
後ろを振り返るとネイデスはとっくに部屋から消えていた(あの男は『気を利かせた』以外は絶対に言わないだろう)。
俺は炙ると酒の肴に丁度良さそうになっている自分の『プライド』を水で戻したと思う。多分だが。
クーデレの『痙攣の凄いの』か何かが治まるまで待った。
「あーでもな、悪いことばかりじゃ無いと思うんだよ。2階までは掘れてて今地下3階を掘削する地点をだな、鋭意探索中だ」
「今度はどんな『ホテル』にするおつもりなのかしら?」
クーデレの瞳は少し潤んでいたが、俺は努めて見ないようにした。
「ホテルにはしないよ。もちろんしない。でもプライベートな目的には使っても良いだろ?皆でだだっ広いフロアにテント建てて楽しんでるんだ。壁が無いからな。君も、もし良かったら息抜きにでも来ないか?」
ご令嬢は何となく微笑んでいるいる様に見えなくも無いが、気のせいかもしれないという風に見える顔で宣った。
「そうね……丁度暇ですからお邪魔しようかしら……」