作業進捗状況13 愛の試金石と名前の由来
作者です。
結局、好きになってしまえばそんな事は気にならないのだと、私はそう思うのですがどうなのでしょう?
俺は『漂着物の部屋』に流れて来た1枚の写真を眺めた。
モンマニアが調べたところでは、この写真は声優である『川堀村アイコ』女史のものであるらしい。
裏面に直筆サインが書いてあるが、問題は写っている部位だった。
ヘソを中心に周囲10ダウメン(≒10㎝)の範囲しか写っていなかった。お腹は弛んでいると思われた。
俺の目の前には部下の『ヨーク・ワッカラン・モンマニア』がいた。
因みに護衛も出来る『イドホッタ・ガミズ・ガーデネイ』もいたが、この男は相変わらず一言もしゃべらなかったし、異常なまでに気配が希薄だった。
「そう言えば聞きそびれたことがあるんだ。彼女の名前なんだが、どっちが家名なんだ?」
「川堀村が家名ということになります。元は地名かもしれません」
「なるほど、順序は違うが構成はこっちと似てる部分があるな」
「ただし国によって第二名前が無いところもあるようです」
余談だがこちらの世界では第二名前のあるやつが多い。
市井の者でも家名までちゃんと持っている。
遥かな過去の災害で貴種しか生き残らなかったからだとか、革命が盛んな時期があったのではないか、などと言われているが今のところ真相は分からない。
俺としては住民台帳を作るのが楽だから、誰かが広めたのではないかと思っている。
因みに第二名前についてはちょっと変わった市井の風習がある。
貴族については名前が長く華美になる傾向があり、第二名前についても個性的で自由に付けられる者が多い。
一方で市井の者については古い信仰を持つ4柱の女神の名を第二名前として貰う場合が、男女ともにある。
一族の信仰の証ってやつだな。最近はもっと軽い感覚かもしれない。もちろんこの風習通りでない者や、第二名前の無い者だって大勢いる。
不思議なことにこの風習は種族を問わない。
女神は全ての種族からユルい信仰の対象とされていた。
4柱の女神は姉妹神であり、姉にあたる御方から『アナ』『タナ』『ンカ』『シラン』という御名を持っている。
彼女たちが司るのは知恵であり、それぞれ違う種類の知恵を担当している。
・アナ神は自身の教訓による知恵
・タナ神は勤勉さにより他者から学ぶ知恵
・ンカ神は閃きによる知恵
・シラン神は未知の知識による知恵
このように知恵の女神たちは我々に恩恵を授けようとしてくれており、御名を貰う子供には『頭のいい子に育ちますように』という願いがかけられる。
例えば古い『心の友』であり、また聡明な女性で魔族でもある『アンマリー・シラン・ノデスガ』はシラン神の信仰者であるということになる。
話が逸れてしまった。今はこの写真の意味について考えないといけないんだったな。
俺はモンマニアとそこに居るんだかよく分からないガーデネイに語った。
「俺の考えでは……この写真は特定のファンに対する『愛の試金石』ではないのかと思うよ。こういうと怒られそうだが、プユプヨのお腹はチャームポイントというよりはクリティカル案件ではないかな」
「クリティカル案件……ですか?」
「そうクリティカル案件だ。彼女は人気商売の女性でもあり、ファンには男性もいるだろう」
「ほとんどのファンがそうでしょうね」
「男性のファンというのは信者的性格を有していると思う。仮にこの部分が世界の違いを問わないとすればだ、ファンは当然の様に彼女の仕事以外の部分にも大いに注目しているはずだ」
「……そういうものですか?」
「そういうものだとしておこう、モンマニア。であればだ! ファンは彼女の一人の女性としての部分を『どこまで許容出来るか?』という点が割と重要になってくると思わないか?」
「ダンマス、しかしそれは信仰というよりは恋愛感情ではないかと思うのですが」
「両方ともあるんだよ、モンマニア。彼らファンは彼女の『芸』については信仰しながら、彼女の『一人の人間』という部分については恋愛に近い感情を持っているのではないかと思う」
「何というか大胆な仮説ではあると思います。ダンマスの語られる説は好きですが」
「この写真の真偽については不明だ。彼女の全身写真はおろか、顔すら知らないからな。だからこの写真に『あり得そうだぞ』という説得力があるかも分からない」
「…………」
「頼むよ、ガーデネイ。今は良いところなんだ。止めないでくれ。先を続けても良いかな、モンマニア?」
「どうぞ続けて下さい、ダンマス」
「もし仮に結構美人で声にも『かわいさ』と『艶』があったら、女性としては充分に魅力的ではないかと思う。ファンが夢中になるとしたらそういう部分だろう。しかしここでウッカリお腹を見てしまい、ある疑惑が心中に生じてからが彼らの明暗を分けるのだ」
「おっしゃることは分かります。惚れたはずの御人の腹が割と大胆に弛んでたら、ショックは大きいかもしれません」
「そこだよモンマニア! だからこれは試金石なんだ。彼らのファンとしてというより『男としての愛の純度』を計るものなのではないかと思うんだ」
「ダンマスのお説は分かりました。そうなると価値としては割と重いですね、これ」
「俺は自身のことも考えてしまうんだ……今はそんなことになってないけど、もし今後クーデレのお腹がこんな感じになってしまったらと思うと心中気が気ではないことも確かだ。でも最近は『それはそれで良いかもしれない』と思うんだよ」
「誰の何が『それで良いかもしれない』のでしょうか、ユアセイラ?」
「クーデレさん!?」
部屋の入り口にその女性はひっそりと立っていた。
精霊か何かの様にも見えたし、終末か何かの様にも見えた。
ユッタリしたバスローブを羽織っていて、濡れた金髪と蒼い角のコントラストが艶めいていた。
顔はホンノリ上気したようになっていて、瞳は周辺100アーム(≒100m)から熱を吸い取っていた。
「温泉を楽しんでおりました。暑い季節でもまた心地よいモノがあったものですから」
「そうなんだ。因みにどの辺りから聞いていたのかな……」
「『写真の真偽については不明だ』の辺りからです」
ガーデネイが俺を止めようとしたところからだった。
「私は最近でもあなたの不正な小銭稼ぎに対して『それはそれで良いかもしれない』とは思っていません」
「それは誤解だよ、クーデレ。こんな写真1枚が、何をどうこうしてお金になんかなるわけが無いだろう?」
「種族を問わず異世界マニアはいるでしょう? あまり思い出したくない同族に心当たりがあります。私でさえ!」
そう言うとクーデレは俺の手から『例の写真』を奪い取った。
「こういう物はこの世界に無い方が良いのでしょう……流れてくる物がまれに『後悔』や『未練』かもしれないと、何故あなたは思わないのです?」
そう彼女が言った瞬間に『例の写真』は灰になって消えた。
俺はといえば、クーデレが言ったようなことを本当にやろうとしていたので、もちろん凹んだよ。たまには想像力豊かな仕事をしたって良いじゃないか……。
クーデレのお母さんのこと、ユアセイラの両親のことをそのうち書かないといけないと思います。




