作業進捗状況11 温泉宿の名称は『ダンジョン』
昼休みあげ
この前はクーデレに『酒の密輸』をやった事を白状してしまい、俺は手酷く説教されてしまった。
さらにはメディーアとの『婚約破棄』を考えていることまでぶち撒けた。
クーデレは酒の件については最後に許してくれた。彼女の友人との婚約破棄については、これ以上の追及が俺の態度を硬化させると踏んで何も言ってはこなかった。
他には目出度い事に、ワロー軍団長とワイローナ嬢の結婚式がしばらく後で行われる予定であり、俺たちも出席するということもあって明るい雰囲気もあるにはあった。
何となく平穏な日常が戻ってきた気がする。
第2軍団の街道敷設工事は休みに入っていたから、温泉テント村は空いていた。
第2軍団については軍団長の結婚の予定もあったが、工事をしないだけで軍隊としては活動中である。
スコッシホーレル山脈の季節も夏という一番暑い時期になっていた。
ここは地下1階だから地上よりは温度変化の影響も受けないし、クーデレの手によって密かに恒久的な『温度調整の術』がかかっており、快適な環境が維持出来ていた。
朝だろうが昼だろうが涼しいのはありがたい。
因みに温泉の換気は地下2階から直接地上まで煙突などで行っていた。
「おはよう、ダンマス」
「おはようございます。もうお発ちですか?」
「最近アナダラーケンの方は北部の村も景気が良いだろう? 領都まで行かなくても品物が全部売れる事もあるからね。今日は急いで行くことにしたのさ」
「左様でございますか。道中お気をつけて。またのお越しをお待ちしております」
俺はお得意様を見送った後で、握りしめた拳を上に突き上げてしまった。ちょっとジャンプもした。
お気付きだろうか? 俺は今さっき馴染みの商人から『ダンマス』と呼ばれていたことに。
最近の俺はこの『温泉テント村』を取り巻くほぼ全員から『ダンマス』と呼ばれることに成功していた。
俺はもう旦那でも宿場長でも無く『ダンマス』だった。
最初は本当にちょっとした事が切っ掛けになった。
部下の接客対応の責任者である『ココガー・アナ・バナンデス』との仕事の打ち合わせも終わろうかという時だったと思う。
もう1名部下の『イドホッタ・ガミズ・ガーデネイ』も居たが、こいつはいつものように一言もしゃべらなかった。
「そう言えばダンマス。ここの名前をまだ決めていませんでしたね?」
「名前……名前なぁ。どうせ『テント村』とか『山の温泉』とか『奥方様のところ』とか言われてるんだから、それで良いだろうという気になってるよ、俺はね!」
「まぁそうすねないで下さい。ここはダンマスの経営する施設です。当然ちゃんとした名前があった方が、皆の気持ちも違ってくるかと」
「そういうモンかな。どんなのが良いだろうな?」
「『ホテル・ヨケイジャロウェイ』とか『スコッシホーレル・デネイ(有料)』とか何か適当なので良いと思いますよ」
「それ余計にダメなヤツだろ! ここを完全にそうしてしまうのは俺は反対だからな! それに最初のヤツは変な疎外感あるだろ」
「無駄な抵抗という気もしますが……ダンマスは何か思い付かれますか?」
「無駄な抵抗で結構だよ! 俺はいつか皆から『ダンマス』って呼ばれてみせるという野心を捨ててないぞ!」
「それでしたら……良いアイデアがあるかもしれません」
「どういうヤツよ、それ」
「ここの名前を『ダンジョン』にするんですよ。温泉テント村『ダンジョン』って事にするんです」
「!! おい、それ出そうで出ない凄い良いアイデアだぞ。採用する!」
「…………」
「「ガーデネイ! 言いたいことがあるなら言ってくれよ!」」
地下1階の入り口には今まで、上が弧を描く門があるだけだった。
今は門の上にデカい看板がかかっていて、ソコにこう書いてあった。
【温泉テント村 『ダンジョン』】
もう完璧だった。ここはダンジョンだと誰にもはばからずに主張出来ていた。言い張っていた。
俺は『ダンジョン』のマスターであるから必然的に、略して『ダンマス』と堂々と名乗ることが出来るようになったのだ。
俺は部下たちと一緒にお客様をお出迎えする度に
「ダンマス、また世話になるよ」
と言われて嬉しかったのだと思う。営業に対する力は入りまくった。
俺はおそらく一歩、野望に近づいたのだ。
クーデレの反応は『いつものことが起きた』と言わんばかりだったが、それなりに認めてくれたのではないかと思う。
「また妙な看板まで掲げて……私が思いますに例え貴方が『ダンマス』と言われようとも、周囲の貴方への評価は全く今までと変わらないと思いますわよ」
「それはどうだろうね、クーデレ? こういうのは浸透していくものだし、気持ちの上でも前向きなやる気が出てくるんじゃないかな。評価は後から変わると思うね」
「……それに『温泉テント村』って書いてありますし。いよいよここで固い商売をして暮らすことを考えてくださったのですか?」
「クーデレ、強調するのは後ろの文言の方だよ。ここで落ち着いて考えるうちに何か良いアイデアが出るんじゃないかって、そんな風に考えているんだよ。最近はね」
ある意味不毛な意見の行き違いはあったものの、俺とクーデレの間では概ね合意に達したと考えて良いのではないかと思った。
いつか、いつの日にか名実ともに『ダンマス』になれる日も来るのだと信じて、そう信じて俺はこの地で生きていくのだ。
このままでは勿体ないので、ノンデルやアンマリーやトーリやダーレニーにも、この呼び名を浸透させないといけないな!
ちょうどその時、食料の買付と『酒』の売り上げ管理と分配の手伝いに行っていたネイデス達が帰ってきた。
「ただ今戻りました、宿場長」
「聞いてくれ、ネイデス。俺はもう堂々と『ダンマス』に返り咲いたんだ!」
「それは真でございますか?」
「この看板を見ろ!『ダンジョン』って書いてあるだろう?」
「これは!? なるほど考えましたな。確かにこれなら『ダンジョン』のマスターですから、略して『ダンマス』でございますな」
「俺は運命に対して、常に絶望的な抵抗を繰り返している。昔からそうで今もそうだ」
「存じ上げております。妹君がダンマスのことを『本当の無駄ラッシュ』とおっしゃられましたのをお諌めして以来ですな」
俺は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ際どい幻影が見えたが即座に振り払った。俺のような奴でもダンジョンに籠っていれば、言い知れぬ不安を払拭出来る『漢』になろうというものよ。
「やっぱり初めて聞くといつも辛いな」
「あの御方がお変わりになられぬのは、お血筋なのかもしれませぬな」
「……とにかくだ、よく戻ってくれた。売り上げの方はどうだった?」
「順調でございます。他領へ出荷する大口の買付がいくつも入りました。来週には完売するのではないでしょうか」
「軍団長も言っていたが、先に兵士達に特別手当てを払おう。それからダーレニーの懐に小遣いを突っ込んでおいてくれ。450万デネイ(≒9000万円)だ」
密輸の方は当初の目論見通りに順調だった。
ワロー軍団長には『石鹸』と『プラスチック製の手桶』持っていってあげないとな。