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作業進捗状況9 酒と儲け話⑤


 『酒の密輸』の段取りも、残すところは南側で酒を売りさばいてくれる商人を探すだけとなった。


 これが結構難しい。温泉テント村の利用客は小規模の行商人しか居なかった。

 彼らも身軽さを生かして『ムリスジー酒』を運ぶことはあった。もちろん山脈を縦断してだ。

 ただ数は少ないし、この手の仕事で信用出来るヤツもいなかった。皆が悪いヤツでは無い。職業倫理をしっかり持った人達だって貴重だ。


 ムリスジー酒は通常1本が4000デネイだ。俺が1本3500デネイの価格に設定したのは彼らの商売を圧迫しないためでもある。

 おそらくは他領への大量輸送が可能な大商人が買い付けに来てくれる。

 500デネイ(≒1万円)の値引きって結構デカいから、あっという間にさばけるだろう。


 この手のことについて抵抗が無く、信用があって大商人と取引のある人物というと限られてくるわけである。





 意外なことに『商人』はワロー軍団長が連れてきてくれた。

 俺は呼び出しを受けて、急遽(きゅうきょ)領都アナダラーケンにある第2軍団の宿営地を訪れていた。

 偶々(たまたま)こちらに来ていたのも助かって、軍団長にはすぐに会うことが出来た。


 この御仁(ごじん)はそれなりに強面(こわもて)だが妙な愛嬌(あいきょう)もあって冗談も通じるし、そのせいで兵士達からの人望もあった。

 それだけじゃぁ無くて(さら)に意外と美男子だった。軍団長が連れてきたのは女性だった。

 

宿場長(しゅくばちょう)! 俺はおヌシのことを少し見直したぞ! まさか侯爵妃様が味方になってくださるとはな」


「これはシェカラシカ軍団長閣下。毎度お世話になっております。お連れの女性はどなたでいらっしゃいますかな?」


「よせよせ。そういう他人行儀な言い方はここではせんで良いぞ、宿場長。おヌシはもうほとんど軍団に所属する男だと言っても過言では無いのだぞ。彼女はここの酒保に出入りしている商人なのだ」


 俺は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ天を(あお)いだが即座に回復した。100年も経てば俺のような奴でも、お追従(ついしょう)の上手い『(おとこ)』になろうというものよ。 

 軍団所属とかぶっちゃけあまり嬉しく無かった。


「これはまた過分なお言葉痛み入ります。そちらの酒保(しゅほ)商人殿はまさか……『例の件』で手を貸していただける御人(おひと)でいらっしゃいますか?」


「そうなのだ、彼女は頼りになるぞ。大量買い付けに来てくれそうな商人達にも面識があるしな。ワイローナもやってくれると言っているし問題無かろう」





 この実直そうなカワイイと言うよりは美人よりの若いお嬢さんが、今回の相方であるというのは正直に言えば最初は不安だった。

 機能性優先のズボンとシャツに、これは女性らしい細やかなポイントが入った上着を引っかけていた。

 髪は短めに肩辺りまでしか無かったし、顔が良く見える様に前髪も短かった。


 キツくは無いがキリリとした表情が、ワロー軍団長を見るときだけ若干(あか)くなるように感じられるのは気のせいではあるまい。

 俺はニヤニヤしてしまいそうになった。俺は軍団長を大いに見直した。


 酒保商人の彼女は名を『ワイローナ・ンカ・イランデス』といった。


 この『(そで)の下』なんか絶対に受け取ってくれそうに無い、真面目そうな女性が今回のような『仕事』をしてくれるというのは正直いうと信じられなかった。

 しかしそういう関係なのであれば、信用度は高いしこの人は裏切らないだろうなと納得も出来る。俺はワロー軍団長に思い切って聞いてみた。


「軍団長。失礼なお話かもしれませんが、私も必死でございます。お二人は、その……どういったご関係でいらっしゃいますかな?」


「ム、やはり目ざといなおヌシ。実はな、今回の件が上手く行ったら俺も所帯(しょたい)を持とうと思うのだよ」


 意外にストレートな答えだった。

 ワイローナ嬢の方を見ると、こちらは完全に目が泳いでいたし、顔が赤黒くなっていた。大丈夫だろうか?


「イランデス殿? お加減が悪いようですが、どこかで休まれますか?」


「わ、わたくしの方は問題ありません! 軍団長! そういったお話をいきなりしないで下さい!」


「そうか! すまなかったなワイローナよ。で返事を聞かせてもらえないだろうか?」


 「あんた今言ったのかよ!」と俺は突っ込みたかったが、何とかこらえることに成功した。

 自信があるんだか抜けているんだか、とにかくよく分からなかったが、感触としては悪く無かった。

 まずその結婚の話を先に『2人だけで』決めてほしいことを告げて、俺はその日は領都アナダラーケンの宿に引き上げた。





 一応先に言っておくと翌日にはすべて丸く収まっていて、俺はスッカリ安心した。


 因みになんだが、俺は別に一人でこっちまで来ているわけでは無い。

 護衛を連れて来てはいた。

 部下の名を『イドホッタ・ガミズ・ガーデネイ』という。とにかく無口でほぼ何も話さない男だった。

 服装は俺と同じで、どこにでも居る様な商人風の格好だった。

 不思議なほどに目立たず、不屈の意思を持つこの男を俺は買っている。しかし頼るのであれば自分の死の直前ではないかと思っている。

 ややこしい言い方をしたが腕の立つ護衛なんだよ。本当に。


「あの2人を心配してないと言えば嘘になるし、何とかなって欲しいな。出かけるぞガーデネイ」


「…………」


 「何か言ってくれよ!」と思ったが、ただ影のように静かについてくるガーデネイに対して、そんな小さなことを言うのも何だと思って()めにした。


 



 ワロー軍団長とワイローナ嬢にはすぐに会うことが出来た。

 2人ともすごくスッキリした顔をしていた。

 その顔を見た瞬間に、俺は何となくホッとしたと思う。


「おはようございます、ワロー軍団長。昨日のお話は上手くまとまったようですな。おめでとうございます」


「宿場長か。相変わらず早いな。いやぁちょっと緊張した。式には絶対に来いよ」


「宿場長、昨日はみっともない所をお見せしました。改めてよろしくお願いいたします……」


 ワイローナ嬢は昨日よりもイイ女になっていた。しかしこれでとにかく『酒の密輸』に必要なメンツが揃ったことになる。あと目出度(めでた)いこともあったしな。


 俺は2人に改めて作戦の流れと、俺とノンデルとワロー軍団長とワイローナ嬢の取り分が一人辺り2500万デネイ(≒5億円)になることを告げた。


 正直に言うと少しフワフワした空気はあったが、俺はこの御仁(ごじん)たちに()けたのだ。今さら()められねぇよな。


「…………」


「ガーデネイ、頼むから気配だけ出し入れするの()めてくれないか……」

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