プロローグ 引っ越しの理由
「もう、夕方か……」
今日も目の前の山脈は頭に雪を被っているのに、もう真っ赤っかになっていた。
魔力の限りを尽くして掘り始めた迷宮だが、2年目にしてまだ地下2階までしか掘れてない。
俺は後ろの『リアカー』に積んである岩のカケラを見て、溜め息をついた。
人間族がリアカーを引いたら『人力』ってことになる。
じゃあ俺たち『魔族』が引いたらどうなるかは分かってくれると思う。俺や部下たちは『魔力』全開でツルハシを振って、リアカーを引いて1日が今終わったところだ。
リアカーが異世界から流れ着く前は『麻袋』にいれて運んでたんだ……。
リアカー買うのが面倒だったし、節約も必要だったので稀に流れて来たのを拾って使ってる。
俺は茶色のツナギに包まれた、ホコリだらけの自分を見てちょっと後悔してる。
早いとこ風呂入って、飯食って寝たいね。
そういえば貴殿方に『報告書』を書かないといけないんだったな。
ナロー異神群の一柱である貴方様には、まずは名乗らないといけない。
俺は『ユアセイラ・ヒートコート・ヨケイジャロウェイ』…… 長いから『ダンマス』って呼んでくれ。分かると思うが『ダンジョンマスター』の略な。
そもそもの始まりは、俺が引っ越しを決めたことだった。
当時の俺は『絶海の孤島』の呼び名も高い島に住んでいた。
後々には立派なダンジョンにしようと思って地上3階建ての建物を頑張って作り、そこでノンビリと暮らしていた。多分いろいろあって疲れていたんだと思う。
大きな声で言えないような事も過去にしていたから、ほとぼりを冷まそうと思ってもいた。
そして俺はそろそろ活動を再開すべき時期が来たと思った。
ここを『孤島』のままにしておくのは、俺の『なけなしの野心』を腐らせるだけだし、せっかくダンジョンにしようと作った『箱』もある。
しかし結果として、取り返しのつかないことをやってしまった。
俺は隣にいる永年の腹心の部下である『コトシーモ・ハルガーコ・ネイデス』に訪ねることにした。
いつ見ても一部の隙も無い執事然とした男だが、このイケメンを俺は買っている。
「ネイデス。俺は己の野心に忠実に前へ進んできた。昔からそうで今もそうだ」
「よく存じ上げております。妹君がダンマスのことを『生涯迷子』とおっしゃられたのをお諌めして以来ですな」
俺は一瞬だけ、ほんの一瞬だけ視界がブレたが即座に回復した。俺の様な奴でも、100年も経てば図太い『漢』になろうというものよ。
「それ初めて聞いたんだが!『今』言うのかよ!」
「左様でございますな。『今』初めてお伝えしました。それで、何か気になることでもお在りですか?」
俺は先ほどから、砂浜より聞こえてくる『ご婦人方』の嬌声に再度耳を向けた。
「今日は格別に賑やかなようだな。ネイデス…」
「『ダンマス』の提唱された観光事業ですが、口コミで当たったようでございます。このところ連日ですな。ご慧眼恐れ入ります」
俺は本当に愚かだった。
あんまり暇だったから、人を呼んでこようと思ったのだ。出来れば冒険者が良かった。
俺は地図と金を懇意にしている商人にバラまいた。
ところが俺の知り合いの因業ジジイどもときたら、変なところで勘違いし(俺もちゃんと説明しきれて無かった)本当に『お客様』を呼んできてしまった。
絶対に冒険者が偵察に来ると思いこんでいた。しかし最初に来たのは、人間族で結構美人の伯爵妃で、あんまり『人見知り』しない女性だった……。
「まぁ!こんな場所にこんな素敵な島があるなんて!」
「いやあ、喜んでいただけた様で何よりですよ。ところで、護衛の方々はこれで全員でいらっしゃいますかな?」
俺は伯爵妃に対して営業スマイル全開で対応した。
因みに言葉の方は何とかなる。知的種族には共通言語があった。
ご婦人の後ろに居る護衛の奴らは、絶望的に無欲そのまんまの職業人だった。とてもダンジョンを漁ろうとか、一獲千金とか狙いそうに無い奴らだった。
島にはクルーズ船が横付け余裕だった。
そりゃ変な海流や海の化け物がいたら、俺たちがこの島に来れないから当然ではある。岸壁や暗礁も無いんだ。
今まで無視されてただけの島だった……。
「こんな砂浜があるなんて……何て申し上げたら良いか……領内は山ばっかりなんですのよ」
「山も良い所ではありましょう。少なくとも私の様に地平線しか見る物が無い輩には羨ましい限りでございますよ」
俺は胃に穴が開きそうだったが頑張った。
この手の『ご婦人』と争う気は全く無かったし、物珍しさでやって来た御方を追い返すのは何か違うのでは無いかと思った。
それ以前にこういう御方が来てしまう時点で『何か違う』のだが、俺は知り合いの商人連中にきちんと確認をするべきだったと後悔している。
とにかく他の人種も来てくれることを願いつつ、一行を景勝と料理で歓待した。それしか出来なかった。
で結局のところなのだが、いわゆる『貴婦人』しか島には来なかった……。
俺も悪かったのだろう。きちんと部下たちにも『ダンジョン』をやろうと思っていた事を説明するべきだった。
俺がやりたいことは観光事業では無いことはきちんと説明しておくべきだった。
部下たちは当時、俺が『ダンジョン』をやることについて冗談だと思っていたらしいのだ。
それでも面白がっていて、結果『ダンマス』と俺は呼ばれていた。
とにかく『お客様』が来てしまった以上、やることは決まっていた。
俺とネイデスによって地上3階建てのダンジョンもどきは、ほとんど『ホテル』になってしまった。
以前に別の場所で宿屋みたいなことをやっていた経験もあって『凝り性』だった我々の手によりサービスも充実していたと思う。
さらには俺の格好も『親しみやすさ』に拍車をかけたかもしれない。
グレーっぽい髪からグルッと紫色の捻れ角が2本生えてはいた。意外とお気に入りだったし、威厳も出てきたと思った。
上はボタンの無い半袖シャツだったし、下は膝上ちょうどの半パンツだった。しかも足はサンダルだった。暑かったからだ。
結果として『観光島の総支配人』になってしまっていた俺は貴婦人を相手に奔走していた。
商人からホテルを運営するのに必要な品物についても購入しないといけなかったが何とかなった。
ちょうど島を訪れていた侯爵妃より
「何かあれば力になりますから、いつでも頼ってちょうだいね」
などと紋章入りの小箱までもらってしまい「それ絶対違いますん」と思ったものだ。
そんな訳で俺は引っ越しを決めた。
俺とネイデスは一芝居うって島の危険性をアピールした。噴火の予兆がありますってやつだ。
絶対にやりたくなかったが、この時ばかりは2人居る婚約者の一人に泣きついた。
実は彼女達は『魔力』ばかりの俺たちと違って『理力』でこの島くらいは消せる。
で冷厳な美貌を持つその令嬢は、予想外に早くやって来てくれた。
何であなたが?と言いたいところではあるが俺も男だ。カミさんが美人ならそれに越したこと無し。
『クーデレ・ジャネイツッテンダロワ・ヒッデーナ』嬢は、俺を見て少しだけ溜め息をついた。
「クーデレ!よく来てくれたね!相変わらず素敵な衣装だ。自分に似合わない物を着れない女性だとは思っていたけど変わらないな! もちろん君自身も美人だとは思うよ。 いやー此所って辺鄙な場所だろ。君を呼ぶのもはばかられたんだけど、どーしてもお願いしたい事があってね。 終わったら島を案内するよ。 沈めてからだと無理だから今からの方が良いかな?」
俺は心から目の前の女性を褒めちぎったが、彼女の表情は0.1ダウメン(≒0.1㎝)も変化が無かった。
今日は赤いワンピース姿だったし、肩と裾にはふんだんに布地が使われていた。彼女の金色の髪が良く映えていた。2本の蒼い角も。
そしてその可憐な唇から、今までの俺の無茶ぶりを糾弾する言葉が溢れた。
「ご無沙汰しておりますユアセイラ。あなたという方はどうしていつもこう、ご自分の意思に反して利益を上げておきながら、気に入らないと捨てておしまいになるのでしょう? 幼少の頃、あなたが魔都の城壁に尻ごと埋まった時からでしたね。その後も安全だからと言って『薬草の横流し』を始めてバレた時も、『逢い引き宿』をおやりになって騎士様の奥方に怒鳴りこまれた時も、私は『あなた』の尻拭いをずっとしてきた気がします」
「待った!クーデレ……。それでも俺の共犯者はずっと君だけだっただろう?」
俺はハッキリ言えば汚い男だろう。
「そうでしょうとも!あなたは彼女を正しいと認めておきながらメディーアには……」
「そこまでにしてくれ。彼女は……メディーアには俺から言うよ」
メディーアは俺のもう一人の婚約者だ。親が勝手に決めた相手で正直なところ折り合いは悪かった。
結局クーデレは島を沈めてくれることにはなった。
俺は彼女との事に対して踏み切れないでいる。俺ともし結婚したら彼女は『クーデレ・ジャネイツッテンダロワ・ヨケイジャロウェイ』になってしまう。
つっけんどんながら彼女の持っている包容力は、俺と結婚することで失われてしまわないだろうか。
妻になるという事は、そんな要素を孕んでいただろうか。
俺は彼女に言わざるを得なかった。
「クーデレ。今度は静かな場所に行こうと思うんだ。人が本当に来ないような場所に。そこで住み家を作ったら君を呼んでも良いかな?」
地平線をじっと見つめていたクーデレはため息をついて言った。
「好きになされば良いんだわ。期待しないで待っています」
そんな訳で『絶海の孤島』は海図から消えた。
で俺とネイデスとその他の得難い部下たちは、今や山岳地帯のど真ん中でダンジョンを掘ってたりするのだ。
俺はそれなりに焦っていたと思う。
ずっとクーデレのことは気になっていたし、いい加減『魔力』オンリーで何階まで掘れるんだろう?という気にもなっていた。
『魔力』の使いすぎで、毎日ツルハシとリアカーと格闘していた俺たちは、スッカリ筋肉もついて土木工事作業者と理想郷が築けそうになっていた。ガチムチってやつだな。
そんな俺たちに転機が訪れたのは偶然だったんだろうか?
この地にダンジョンを掘ろうとしたのは適当に決めた訳では無いと言い張りたい。
この地は他の世界と、つまり『異世界』と一部繋がっている。『異世界』から漂流物が届くことがある。
特殊な土地だから俺の能力が伸びたり、増えたりする可能性は僅かだがあった。
リアカーだってスコップだって届いた。ドリルだって届いたが、必死こいて取説を解読した俺たちは「やっぱり電動かよ……」と絶望的な気分になったものだ。
この手の電動機械は非常に稀に流れてきたが、もちろん使えなかった。
だが俺たちを助けてくれそうな『神』が現れた。
それは『迷宮造成システム』であると名乗った。
それは正体不明の神々であるナロー異神群と交信し、恩恵を得られるかもしれない機械だった。
ナロー異神群は謎の多い神々だ。彼らは100万以上の評価基準を持っている。そして自分達の都合で世界を終わらせることも出来る。
呆然とする俺たちにネイデスは言った。
「ダンマス、これは使えるかもしれませんぞ。かの神々ならば迷宮の造成拡張は雑作もないこと」
「そりゃ良いんだがな。どうやって見返りを出せば良いんだよ?」
彼らは何に対して恩恵を施すのだろう?
「報告書を出せばよろしいのではないですかな。過去の記録では『武器について語った男』や『植物の成長記録を付けた女性』にも恩恵があったと聞いております」
「土木工事の進捗状況を出すのかよ!?」
「とりあえず何でも試してみてはいかがですかな?」
「そうだな。じゃあ作業記録でも食わせてみるか」
俺はその機械に作業記録簿を食わせた……。
そしてその機械はメッセージを返してきた。
【モット ブンリョウヲ アゲロ ニワカ 0pt】
文章が絶望的におかしかったです(T_T)