死角
僕の名前は吉良孝志郎。
今年の春、大学を卒業して僕は故郷の静岡県を離れ東京へと就職をした。
憧れだった東京での生活。そして夢だった空間デザイナーの仕事。
東京での生活には伴侶も出来る。
僕はこの一年で両手に有り余る程の喜びを手にすることが出来たってわけだ。
充実している、なんてものじゃない。
これ以上の幸せを感じることが果たして今後の僕の人生の中で味わえるのだろうか。
そのくらい順風満帆な時間を過ごしていた。
きっと辛い過去を経験してきたからだろう。
3年前の学生時代。
僕は大学ぐらいは男なのだから行っておいたほうが良いだろう。
学歴に花を添えるだけでなく、やりたい事も見つかるかもしれない。
大学に進学する目的の意識調査をしたらそこそこのパーセンテージを稼げるだろう部類の一人として入学した。
目的も曖昧な、安直な理由に今となっては目標を持って受験戦争に立ち向かい同期になれなかった受験生たちに頭が上がらない。
しかし、そんな僕にも転機が二つ訪れる。
まず一つ目は、イベント会場の設営を手伝った事だ。
定められた空間と予算で無駄なくアピールしたい対象を表現する。
派手過ぎず、地味過ぎず。
創意工夫を最大限に発揮し、ゼロから作り上げる楽しさに僕は心酔した。
手伝いから始まった空間作りはやがて僕が主導になるもの時間の問題だった。
ビギナーズラックだったのだろうか。
初めて僕が主導で作り上げた空間を高評価された感動は今でも胸に焼き付いている。
これだ!!僕がやりたいことはこれなんだ!!
今でも僕の起爆剤だ。
そして二つ目は彼女、目白澄香の存在。
僕が空間作りにのめりこんで躍起になっていた時。
決まって僕のライバルであり助手であり動いてくれた女性。
彼女の存在が僕の情熱と技術の土台を作り上げてくれたと言っても過言ではない。
同じゼミで一緒だったがその頃は気にも留めなかった。
彼女もきっとその頃は僕の事などただの顔見知り位でしか感じていなかったと思う。
ただ、お互い中学生や高校生で言うホームルームの時間の様に規則に従い集まるだけの存在だった。
ゼミ担当の教授はイマイチまとまりのない集合体に何を思ったか親睦を兼ねて仮装有のハロウィンパーティーをしようなどと言い出した。
ようやく軍隊にいるような窮屈さから解放され我慢する時間はこのホームルーム位と感じていた学生達はいちように反論をする。
しかし教授は梃子でも動かぬ姿勢を取ってしまったため渋々行う運びとなる。
「単位人質にされて汚くねぇー?」
学生の一人がハロウィンパーティーの決定にご満悦で出て行った教授をの後姿を見送ると呟いていた。
開催場所の装飾は僕が担当になる。
ハロウィンパーティーなんか僕にはどうでも良かったのだが空間作りだけは嬉しくてノリノリに気分は高揚していた
。
その時一緒に装飾担当になったのが澄香。
澄香もまた反論軍の一人だったが僕の会場設営にかける熱を感じたのかそれ以降僕との距離が縮まる。
俺と澄香は空間作りにおいてお互いの価値観やイメージに相違はあれど、何度衝突してもその熱が冷めることはなかった。
そして俺と澄香は付き合うまでに至る。
分かれは突然やってくる。
学園祭のイベント設営で僕達はとうとう主導として動ける大役を担った。
今までの集大成というべき出来にしてやろう。
僕と澄香は以前よりも増して来るべき日に伴いアイディアを発揮した。
学園祭前日、大型で勢力の強い台風が大学を襲う。
僕はたまたまアルバイトで様子を見に行くことが出来ず、澄香が有志を募って確認することになった。
予報で前もって情報を知っていたので対策は万全だと高を括っていた。
きっと僕だけじゃない。
他の誰しもがそうだったに違いない。
前日の夜、僕に一本の電話が入る。
澄香が倒れたイベント用の柱に挟まれ瀕死の状態だということだ。
僕は懸命に自転車を漕ぎ、嵐の街を病院に向かって走った。
300号室。
到着した時、澄香はボロボロの変わり果てた姿で俺を迎えた。
右手の骨は粉々に砕かれ、鋭利な刃で薬指は千切れてしまっていた。
僕は後悔し、泣いた。
第一発見者の方に濡れて一部汚れが酷くなったメモ用紙を渡される。
(きら・・くん・・こ・・も・・いっしょに・・つくりたかった。)
僕は再び泣いた。
一目を憚らず大声で泣いた。
もう当時の記憶は断片的なものが多く、無意識に僕自身が蓋をしている。
これからの僕の人生を生きる為にきっと防衛反応が働いたのだ。
これからの幸せの為に。
やがて妻に子供が出来る。
その頃から幸せの隙間にちょっとずつ奇妙な出来事が入り込むようになる。
いや僕の勘違いだろうか。
初めは仕事中だった。
あるイベント会場の空間デザインを依頼される。
大手のお客だった為二つ返事で引き受けることになった。
担当は僕に任命される。
自宅からのかなり距離のある場所での仕事だった為、職場、ホテルを行き来する毎日が始まった。
ちょうど1週間位したある日。
僕はアイディアとして正方形のモニュメントを2つ並べ、あえてその2つの間に隙間を作る構図にした。
幅40㎝位だろうか。
細身の人がギリギリ入れる位だ。
奥行きはそれほどない。
出資者とその隙間を背にして話し合っている時。
一瞬視線を感じた。
話に集中したいところだったが、どうも気になってしまい少しだけ目を逸らしチラ見した。
身体に軽い電気が走る。
その隙間に何かが見えた訳ではないけれど、確かに何かと目があったように感じた。
「吉良さん?」
出資者の声掛けに僕は我に返る。
ほんの少しだけ見るはずだったのに、注視してしまっていたらしい。
僕はその時平謝りし仕事に戻った。
翌日以降も仕事場に出て指示を出し作業を行っていると視線を感じるようになる。
モニュメントが次々と運ばれ、数々の作品や装飾品を僕のイメージ通りの場所に埋め込む。
無機質だった長方形の大きな箱に次々と隙間が生まれる。
するとその隙間から視線を感じるのだ。
視線は一瞬だった短い時間から、じっと見られ続けているような長い時間へと変化していた。
疲れているのかな。
僕は体調を気遣うようになった。
思い切って出資者に相談する。
一日、二日休暇を希望。
休みなしで働いていた僕に出資者は快く許諾してくれた。
僕は家族の元へ戻ることにする。
お腹の大きくなった妻が嬉しそうに出迎えてくれた。
休暇中は思い切り羽を伸ばすことが出来た。
当然奇妙なことも起きなければ、視線を感じることもなかった。
数日後。
気にはなるものの、プロとしての意識で自分を奮い立たせ現場に戻る。
僕がいない間も現場は動いており凡そ指示していた通りで完成に近づいたようだ。
急な休暇はそれほど影響が少なく安堵する。
しかし、復帰初日の業務終了後。
一日視線は感じられずホッとしていたのも束の間。
帰り支度をしながらスタッフに声をかけられた時だった。
あるスタッフに後ろから声をかけられたので勢い良く振り向いたその視界に奇怪なものが映りこんだ。
「お・・おつかれ・・」
僕の動揺ぶりにそのスタッフが不思議そうな表情をする。
なんだ、いまの。
人とは違う。
人に似せたような何かだった気がする。
結局最終日までその奇怪なモノは視線の代わりの僕の視界へ溶け込んでくるのだった。
理解できない恐ろしさに僕の表情には光彩が失われ徐々に衰弱していく。
本社に戻る頃には頬はこけ、無気力になり、死んだ目になっていた。
そんな状態を心配した上司が僕に声をかけた。
家ではもう妻は臨月を迎えいつ生まれてもおかしくはない状態。
上司は育児休暇と称し、長期療養を進める。
自分でも理解できない状態に僕は上司の労いをありがたく貰う事にした。
療養中の家の中でも現象は変わらなかった。
いや、逆に酷くなっていたと思う。
妻の心配を他所に頑固な僕の性格が災いし状況は益々酷いものになっていく。
見られている。
もう、今まで物というものの隙間からだけではなく、僕の死角から。
昼も夜も時間など関係ない。
靴を履いている時、食事をしている時、トイレに入り振り返り鍵を閉める一瞬。
洗面所で歯磨きをしている時ふと鏡を見ると俺の後方に何かが映ったように感じた。
またか、、
精神的に追い詰められており感覚が麻痺していたのだろう。
恐怖というよりもフラストレーションが溜まっていた僕は。
「一体なんなんだよ!!」
思い切って後ろを振り返る。
そこには何もいなかった。
ふと空きっぱなしの洗面所の扉に目を向ける。
そこには地面を這うように伏せこちらを見つめる顔がこちらを見ていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!」
僕は大声で叫ぶと持っていたコップと歯ブラシを勢いよく奇怪なモノに投げる。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!」
大声で叫ぶ声が聞こえる。
よく知っている声。
妻の声だった。
妻は僕の声に心配して駆けつけてくれていた。
勢い余ったコップと歯ブラシが妻の顔に当たってしまったのだ。
妻はその場に強く腰を打ち付けてしまう。
妻の足元からジワッ、、と水が流れる。
しまった!破水か!?病院入院は明日からだったのに、、
急いで僕は妻を病院へと連れていく。
医者に事情を話し妻は緊急で分娩室へと入っていく。
「うぅぅぅぅ・・・あぁぁぁぁぁ・・・」
ああああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー僕は何を・・・・
僕は分娩室の近くの椅子に崩れるように腰を下ろす。
項垂れ、目を瞑り、両手で顔を覆い隠すようにして低いうなり声をあげる。
後悔しても遅い。
どういう理由であれやってしまった行為に自分自身を責める。
どの位時間が経ったのだろう。
ふと目を開ける。
両手で覆い隠した手の隙間から家の洗面所で見た奇怪なものがこちらを見ている。
「だからお前はなんなんだぁ!」
矛先を奇怪なものにぶつけ手を除けるともうそこに奇怪なものはいなかった。
そしてふと何かを思い出す。
僕はこの奇妙なものを知っている。
「あの・・あの吉良さん!」
病院の医師が怪訝そうな顔をして僕を見ている。
僕は医師の言葉で我に返ると今起きている現状を思い出した。
「あまり病院内では大声を出さないようにしてもらいたい」
医師に注意され僕は謝る。
「あの・・あの妻は?」
医師に説いた時神妙な顔つきをしたため僕は最悪の結果を考えてしまう。
「奥様は無事です。」
妻は無事なのか、、
「一緒に分娩室に来てくれますか?」
俺は医師に言われるまま分娩室へと入る。
そこには痛みに耐え抜き疲れ果てた妻とその横に血だらけの僕の子が横たわっていた。
「大変残念なことですが・・お子さん・・何ですけれど・・」
子供、、子供は、、
僕は何となく医師が言いたいことが理解できたのだが自分の口から声に出すことが出来なかった。
心が認めることが出来ない。
「お子さんは・・」
言うな、、ああ、、言うな、、
「死産です。」
受け止めきれず我が子として生まれてくるだろう血だらけの赤ん坊を見ていた僕の目は徐々に病院の床を映し始める。
無意識に涙が溢れてくる。
止めることは出来ず僕はその場で声を出さずに涙を流した。
「奥様は鎮静剤で眠られておりますから安心してください。今、看護婦が色々準備しますから。」
そう言うと医師は分娩室から出て行った。
「どうかあまり気を落とさないでくださいね。」
担当の助産師も準備の為出ていく。
僕はしばらくそこを仁王立ちして動くことが出来なかった。
視線を感じる。
死角から視線を感じる。
こんな時まで。
上からか?
怒りが再びこみ上げ僕は勢いよく上を見上げた。
そこには何もいない。
いや何か見えた。
それは、、
僕は恐る恐る見上げた顔を下ろす。
そこには眠ったはずの妻が目を目いっぱい広げこちらを見ている。
怖いくらいの無表情だっだ。
「これからもいっしょにつくろうね。」
妻の声じゃない。
ああ、、澄香の声だ。そうか、つくろうね、、そう言えば僕達は自分達が作り上げられる最高のものは僕達の子供だって言っていたよな、、
澄香、、
ホラー作品を好むので今後も書いていこうと思います。