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御前仕合

 御前仕合の日。晴天に恵まれ、王宮前の広場は朝早くから関係者や文官、武官で埋め尽くされていた。中央に設けられた特設の仕合場には、緊張と熱気が渦巻いている。


 王が座す御簾の奥からは、風ひとつ通わぬような静寂が流れていた。その緊張を破ったのが、白雅の軽やかな声だった。


「凄い人の数だなー」


 周囲の武官たちが眉をひそめる。


「こら、御前ではその口を慎め!」

「王の御前ぞ!」


 ざわめきが広がる中、白雅は肩を竦めて笑った。


「いや、だって本当に多いだろ。あんな人混み、どこ見ても偉い人ばっかでさー」


 その奔放な言葉にさらにどよめきが起こる。だが、それが白雅だ、と景葵は苦笑を浮かべただけで制止はしなかった。


 御前仕合への出場者は六人。人数が中途半端であったため、炉橘王の推薦した千梨と、忉李王太子が推薦した景葵は第一仕合を不戦勝とし、残った四人で第一仕合を行うことになった。一勝すれば準決勝、二勝すれば決勝である。


 組み合わせは抽選で決まった。白雅が引いた籤は『一』だった。


「あちゃー。景葵と当たるのは決勝か。準決勝で千梨ってヤツかなー」


 そんなことを言う白雅の前に、隊長格のうちの一人の武官が立ちはだかった。


「ずいぶんと余裕だな、白雅。言っておくが、貴様に初めて敗れてからというもの、俺は誰よりも鍛錬を重ねてきた。陛下の御前で、貴様に負けるという愚は犯さぬ!」

「あー、うん、そうだよなー。でも、お気の毒様。勝つのは……私だ」


 その声音には挑発でも傲慢でもなく、静かな確信があった。紅い瞳が一瞬、陽光を反射して燃えるように光る。抜き放たれた二口の刃が燦然と輝いた。


 仕合開始後、数合での決着であった。剣が半ばから折れ飛んで、白雅の剣が首筋に突きつけられる。武官は青褪めた。


「殺しはしない。それが決まりだからな。だが、本来、私はこういうのには向いていないんだ。そのうちうっかり手が滑るかもしれないな。つまらない意地で命を落とすのは嫌だろう?」

「ま……参った!」


 武官が敢えなく降参する。全力でかかったのに、ほんの数合しか保たなかった。日々、練武場に乱入しては武官たちを蹴散らしていた白雅が、その半分程度しか実力を出していなかったことを、今更ながら思い知らされたのだった。本気を出せば、この通りである。


「な……何故、そんなに強いんだ!?」

「ん? それはなぁ、生きるか死ぬかの瀬戸際で、いつも剣を振るっていたからだよ。こっちは真剣に命のやりとりをしているんだ。お前たちの剣に足りないものは、その必死さであって、技術ではないよ。だが、以前より確実に強くなっている。今後が楽しみだ」


 カラリと笑う白雅に器の違いを感じて、武官はスゴスゴと折れた剣を持って引きさがった。


 以後、彼は必死で剣の腕を磨き、桜花国でも、千梨、景葵に次ぐ、屈指の剣士へと成長するのであるが、それは、また別の物語である。


 次の仕合も無事に終わり、景葵の対戦相手が決まった。白雅の次の相手は炉橘王の推薦した千梨である。白雅は外套を被り直すと小声でぼやいた。


「うーん、おそらく、ここで私が負けて、千梨と景葵が決勝を迎えるっていうのが求められているんだろうが……」


 白雅は不敵に笑った。王だろうがなんだろうが、誰かの思惑に乗るつもりは微塵もなかった。


「悪いが勝たせてもらう。どうしても景葵と本気で仕合してみたくてね」


 千梨は壮年の武官で、筋骨逞しい大男だった。げきと呼ばれる槍を扱うようだ。


「上等だ。先ほどの動き、しかと見せてもらった。だが、儂は貴様を侮らん。そう簡単に倒れはせんぞ!」

「そうこなくっちゃな!」


 二人の白刃が閃いた。



 白雅と千梨の仕合は熾烈を極めた。剛の剣と柔の剣。力では千梨が勝り、速さでは白雅が勝る。射程の長さでは戟を扱う千梨が有利だ。


 千梨が力で押せば、白雅はそれをいなして反撃を仕掛ける。千梨の扱う戟は間合いの大きな武器だけに、攻撃を躱されたときの隙は大きい。


 白雅の柄打ちが千梨の胴を捉える。しかし大柄の武人は膝を折ることもなく、ただ息を詰めただけだった。たとえ、首筋に剣を突き付けたとしても、千梨ほどの武人ならば死を覚悟で前進してくるだろう。


 こうなると、一撃必殺型の攻撃技を持たない白雅が不利だった。勝機があるとしたら、ひとつだけ。だが、それを披露することは、決勝戦での白雅の不利を意味し、そうでなければ、この時点での白雅の敗北を意味する。白雅の迷いは一瞬だった。


 次に千梨が戟を大きく振り回したときが好機だった。二口の剣での斬撃を次々に放ちつつ、その好機を耽々と狙っていた白雅は、千梨の突きを右手で弾いた際に、剣を一口取り落とした。


「貰ったぁ!」


 千梨が勝負とばかりに戟を閃かせた。そのときだった。白雅は左手に持った一口の剣で戟をいなしつつ、千梨の懐に飛び込んだのだ。


「ぬっ! 二度も同じ手を食うか!」


 千梨が腹に力を込め、腹部への柄の一撃に備えたときだった。頭部に衝撃が来て、視界がグルンと回った。


「なっ……!」


 命中したのは白雅の掌底打だった。懐に飛び込んだ瞬間、顎を真下から突きあげるような一撃を放ったのだ。千梨の脳が激しく揺さぶられる。


 千梨は仰向けに倒れ、辛うじて受身は取ったようだが、再び立ちあがろうとして失敗し、ヘタリと座り込んでしまった。


「こ……これは……どういう……うぷっ……」


 あまりの気分の悪さに千梨は嘔吐した。白雅はわざと取り落とした剣を拾いあげ、鞘に収めると千梨の傍に寄って背をさすった。


「無理しないで、吐けるなら吐いたほうがいい。さっきの顎への一撃で脳を揺らした。どんなに全身を鍛えあげた武人でも、脳だけは鍛えることができない。それを逆手に取った。命に別条はないが、二、三日は気分が悪いはずだ」


 それを聞いた千梨の顔が忌々しげに歪められた。


「……つまり、儂の負けか」

「うん、まぁ、そういうことだな」


 白雅は笑いながら、千梨の背をさすった。戦場の殺気とは似ても似つかぬ、優しい手だった。


 千梨は悔しいやら気分が悪いやらで顔をしかめる。


「むう……やりおる。武官にも人体の知識が必要ということだな……うぷっ。これは敵わん」

「あぁ、ほらほら、飲み込まないで吐いたほうがいいってば。仕合が長引けば私のほうが危なかった。普通、腹への一撃で沈むんだけどなー」


 慌てて背をさすり続ける白雅に、千梨は鼻で笑った。


「ふん……儂を他の軟弱者たちと一緒にするな……」

「む……そうは言うけどな、だいたい、アンタが強すぎるせいで、こんな攻撃食らう羽目になってんだぞ? ちょっとは歳考えろって」

「言うほど歳は食っとらん。馬鹿にするな、小童」


 そう言い合いをしているうちに、担架が運ばれてきて、降参した千梨を救護室へと運んで行った。


「勝者、白雅!」


 白雅の勝利を告げる声が響く。広場に歓声が沸き起こり、紅白の旗が風にはためいた。


 桜花国の空は青く澄み、剣光の軌跡を映していた。



 次の、景葵と隊長格の武官との仕合はあっさりと勝負がついた。無論、勝ったのは景葵である。


「勝者、景葵!」


 御簾の中では炉橘王と忉李が言葉を交わしていた。


「千梨が負けたか……まぁ、あれも武官にしては歳だしな……」

「ですが、父上。白雅の申した通り、仕合が長引けば不利になったのは白雅のほうです。千梨はやはり強いのですよ。まだまだ現役で働いてもらわねばなりません」

「そうだな。次は、そなたの気に入り同士の対決か。さて、どちらが勝つか……」


 忉李は父の言葉に答えなかった。否、答えられなかったのだ。自分でも、どちらが勝つかわからなかった。だから、黙ったまま心配そうに広場を見つめたのだった。


 一方、当の白雅と景葵は、実に気楽に広場に立っていた。


「決勝の相手は千梨殿だと思っていたが……お前が来たか、白雅」

「そう簡単に負けてたまるか。お前と本気で戦える滅多にない機会なんだからな」

「だが、一度見せてしまったからには、先ほどの勝ち方はもうできんぞ」

「わかっているさ。それでも、本気のお前と一度戦ってみたかった。お前は滅多に本気で相手してくれないからな。こちらに合わせてばかりだ」


 互いにスラリと剣を抜く。景葵は長剣を斜めに構え、白雅は二口の剣を両手で胸の前に構える。


「勝っても負けても……」

「恨みっこナシだ!」


 激しい剣戟があたりに響いた。景葵の攻撃は速くて重い。対して、白雅の攻撃は速くて軽かった。片手では到底受け流せず、両手を使う。剣と剣を交差させて、長剣を受け止めたのだ。


 そのまま真っ向から勝負するわけでもなく、白雅は身を屈めてそのまま交差させた剣を長剣に沿って滑らせた。二人の距離が縮まる。この間合いならば、白雅に有利だ。


 白雅は剣の柄を景葵の腹部に叩き込もうとした。だが、景葵のほうでもその攻撃は読んでいる。長剣を握っていない左手を伸ばして、今まさに景葵の腹部に柄頭を叩き込もうとしている白雅の細い右手首を掴んだ。


 よくもまぁ、この折れそうなほど細い腕で剣を扱えるものだと思う。そのまま右手の長剣を閃かせようとした景葵だったが、白雅も掴まれたままではいなかった。

 身体とともに手首をクルリと回転させると、景葵の拘束を解いて後ろに跳んだ。長剣が空を斬る。


「やるな」

「そっちこそ」


 観客たちは固唾を呑んで二人の攻防を見守っている。


「今度はこちらからだ」


 白雅はそう言い放つと、初めて自分から打って出た。まるで舞踏のような連続攻撃が景葵を容赦なく襲う。受けるだけで精一杯という状況を、景葵は久しぶりに経験した。


 景葵は一瞬、目を細めた。白雅の攻勢が明らかに先ほどまでと質を変えているのを感じ取ったのだ。刃と刃が鳴るたびに、景葵の中の理が削がれていく気がした。


 しばらく防戦一方の景葵だったが、やがてあることに気がついた。白雅の攻撃は手数が多く、追い込まれると今の景葵のように防戦一方になりがちだが、実は、一撃、一撃は鋭いが軽いのだ。


 これがもし実戦ならば、敵に当たって致命傷となるのだろうが、奇しくもこれは仕合である。互いに互いを殺すことはできない。そこが突破口になるかもしれなかった。それには、もう一度、白雅の動きをこちらの懐で止める必要があった。


 景葵がいきなり攻勢へ転じると、白雅の動きが一瞬止まった。予想外の力押しに、武官たちの間にも小さなどよめきが走る。


 白雅はハッとした──景葵が自分の弱点に気づいたのかもしれない。下手をすれば負ける。


 じっと機を窺う戦法で行きたかったが、実のところ、景葵の剛剣はそう何度もまともに受け切れるものではない。二口の剣だからこそ、かろうじて受け止められる。もし一口だったなら、剣ごと叩き斬られていたに違いない。実際、すでに白雅の手はじんと痺れていた。


 白雅は覚悟を決め、景葵との間合いを一気に詰めた。景葵の一撃を白雅は剣で防ぐが、その隙を突かれ、景葵の左手で自分の左手首を掴まれた。景葵はすかさず白雅の手首を引き、軽やかに足払いをかける。


 体勢を崩された白雅は、双剣を取り落として地面に転がる。その勢いを利用して景葵の膝元へ滑り込み、髪に挿していた簪を抜き放つ。閃光のような軌跡が景葵の喉へ向かった。


 次の瞬間、長剣の冷たい刃が白雅の頬をかすめる。二人の動きが同時に止まった。白雅の身体が上に圧し掛かる景葵の体重で抑え込まれる。首筋に剣を突きつけられた感触がした。


「勝負あり、だな」

「……どっちが?」


 景葵の剣と白雅の簪、どちらも急所を狙っている。


「お前が一番よくわかっているだろう? 白雅。お前は俺を殺せないし、俺を押しのけることもできない」

「くそ……参った」


 白雅は渋々自分の負けを認めた。苦笑とも悔しさともつかない息を吐き、簪を手元へと戻す。


「しょ……勝者、景葵!」


 審判の声が響いた瞬間、広場を覆っていた沈黙が、風に砕かれるように歓声へと変わった。


 ひとつは決勝戦の名に恥じない戦いを見せた二人に対する称賛であり、健闘した武人と勝者である景葵を称える声だった。


 だが、もうひとつは武官たち全員がしてやられている新参者の白雅に景葵が勝利したことに対する安堵の声だった。


 だが、それも景葵が白雅を助け起こすまでだった。

2025/11/24

投稿再開しました。

2025/12/09

加筆・修正しました。

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