表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/22

勝ち抜き戦

 練武場から近衛の詰所に戻る途中も、白雅はご機嫌だった。


「あー、いい汗かいた」

「それはお前だけだ。お前のせいで俺は冷や汗しか出ない」

「いやいや、そんだけ涼しげな顔しておいてなにを言ってるんだ。それに、隊長格はともかくとして、あいつら弱すぎる。これから要鍛練だな」


 白雅の感想に、景葵は、ふむ、と顎に手を当てた。軽口の裏に、彼は見過ごせない真実を見た。


──桜花国の武人は、あまりに穏やかすぎる


 景葵は訓練場の気配を思い返した。争いを好まぬ気質の国柄は、この百年でますます骨を抜かれてしまった。それは王宮を警護する武官といえども例外ではないのだ。


 白雅の存在は、武官たちへの良い刺激となるだろうと景葵は考えた。この際、徹底的に鍛え直してもらうのもひとつの手だ。


「白雅」

「ん?」

「あいつらを鍛え直すにはどれくらいかかる?」


 景葵の言わんとするところを正確に理解した白雅はニンマリと笑った。


「しばらく毎日通ってやるよ」

「そうしてくれ」


 これからしばらくは武官たちに泣きつかれる日々が続くのだろうと思って景葵はげんなりしたが、背に腹は代えられない。これも桜花国の為だと己に言い聞かせて心を鬼にするのだった。



 陽の光が少し強くなった。桜の花はとうに散り、庭には若葉が萌えている。


 白雅が桜花国の王宮に来て早一ヶ月。連日のように白雅にしてやられている武官たちはようやく覚悟を決めたようで、負けて悔しがる隊長格を筆頭に、日々の鍛練に精を出すようになった。


「最初に比べると動きがすいぶんとマシになった。そう思わないか? 景葵」

「そうだな」


 近頃では、誰が一番先に白雅の素顔を拝めるか、という勝負もしているようで、目標のできた武官たちの鍛練にはより熱が入っていた。彼らは憐れにもまだ知らないのだ。白雅が女性であるという事実を。


「……知ったらあいつら、どう思うのやら」

「なにを?」

「いや、なんでもない」


 景葵がそう答えたとき、二人はちょうど目的の部屋の前に来ていた。お喋りはここまでだ。扉を軽く叩いて入室する。中では灯李が待っていた。


「聞いたぞ。軍を挙げてずいぶんと強くなったそうじゃないか」

「白雅の手柄です」


 軽く頭をさげる景葵に頷きを返すと、灯李は白雅に視線を向けた。


「仕立てあがった新しい武官服もよく似合っている。僕としては父上に謁見したときの女官服でも悪くなかったとは思うけどな」

「畏れ入ります」


 ここは室内であるため、白雅はあらかじめ外套を脱いでいた。その格好はようやく大きさの合った武官服である。しかも仕立てる際に白雅がいろいろと注文をつけたため、かなり軽量化され動きやすい仕様となっていた。


 白い髪は髪紐で纏めて簡素な簪を挿している。危急時には投擲用の武器にもなる優れものだ。


「白雅、今ここにいるのは僕たちだけだ。敬語は必要ない」

「わかっているよ、灯李。手足の具合はどうだ?」


 真っ先に傷の様子を尋ねた白雅に、灯李は嫌そうな顔をした。あえてそこに触れるのか、とでも言いたげに。


「相変わらずだ。だけど、お前のくれる薬はよく効く気がする。典医に見せたらずいぶんと感心していた」

「それはなによりだ」


 白雅は屈託なく笑った。灯李は視線をさまよわせ、わずかに肩を強ばらせた。


「白雅。僕に言いたいことはないのか?」

「……? なにを言えと?」


 一瞬、静寂が落ちた。心底不思議そうにしている白雅の視線が灯李には耐え難かった。


「僕はお前の自由を奪ったんだぞ!」


 白雅は一瞬まばたきをしただけで、あっけらかんと答えた。


「居場所をもらっただけだろう。気にするな、灯李」


 灯李は絶句するしかなかった。違う。自分のしたことはただの我儘だ。父にも重臣たちにも反対された。それなのに。


「私がここにいるのは私の意思だ。灯李が気にすることじゃない。第一、嫌ならとっととおさらばしているさ」


 さもありなん。景葵は黙ったまま頷いた。灯李が視線を向けると、白雅は笑っている。穏やかな表情で。灯李の両目から涙が溢れた。


 泣き出してしまった灯李に、白雅は無礼を承知で歩み寄ると跪いて視線を合わせ、その頭を撫でた。

 灯李が手を伸ばして白雅にしがみついてくる。白雅も弟に懐かれたような気分になって、そっと抱きしめ返した。


「白雅、ごめん……」


 灯李の頭に手を置いたまま、白雅はそっと息を吐いた。


「あぁ、それが言いたかったんだな、灯李は。気にするなって言っただろう? ったく、真面目なんだから……」


 白雅に抱きしめられていると、灯李は自分が年相応の子供に戻れた気がした。温かい。その温もりが灯李の心を解していく。涙はいつの間にか止まっていた。


「……すまない。もう落ち着いたから」

「ん、そっか」


 だが、白雅は灯李を抱きしめたまま離さない。灯李は顔を真っ赤に染めた。


「は……白雅……?」

「もー可愛いなぁ、灯李は。グリグリとかいぐりしてやりたくなるね」


 そこへ、景葵がこらえかねたように白雅の襟首をつかんだ。困惑している灯李から、景葵が白雅を引っ剥がす。猫のようにぶらさげられ冷たい視線を向けられた。


「いい加減にしろ、白雅。殿下が困っておいでだ」

「はーい。ちぇー、灯李可愛かったのに……」


 極寒の吹雪のような景葵の視線をものともせず、白雅に反省の色はない。そのままポイッと床におろされた。


「白雅、人前では絶対に今みたいなことはするなよ」


 顔を赤くしたままの灯李に釘を刺されても、白雅はニヤニヤと意地悪く笑っていた。


「おや、それだと人前でなければしてもいいっていう風に聞こえるが?」

「……僕が泣いたときだけだ。それなら許す」


 やけに素直な灯李に、白雅はニヤニヤ笑いをスッと引っ込めた。跪いて頭を垂れる。


「御意、殿下」


 真面目くさって答えた白雅だったが、すぐにこらえきれなくなって、灯李と顔を見合わせるなり、二人して吹き出してしまった。


「白雅が真面目にしているのって、なんだか変な気分だな」

「自分でもそう思った。やっぱりこういう役どころは景葵だろう」

「む……」


 唐突に話を振られて困惑する景葵を、白雅は笑いながら振り仰いだ。


「真面目なのは景葵だけで充分だって話さ。私の柄じゃない」

「あぁ、そういう話か」

「……どういう話だと思っていたんだ?」

「いや、別に」


 仲の良さそうな白雅と景葵に、灯李はわずかにモヤモヤする気持ちを隠せなかった。


「ずいぶんと仲がいいんだな、お前たち」

「ん? あぁ、景葵とは飲み友だからな」

「……飲み友?」


 灯李の目が点になる。


「そう、飲み友達。景葵ってばザルでさー」

「ザルはお前だ、白雅。いつもいつも人にたかるのはやめろ」


 宿直のない日は、王宮からほど近い酒楼で、白雅は景葵とよく酒を酌み交わしていた。白雅はめっぽう酒に強く、景葵も強かったがその比ではなかった。


「えー、ケチケチするなよ。いいじゃないか。どうせ景葵は私くらいとしか飲みには行っていないんだろう?」


 図星を指された景葵はとっさに反論できなかった。白雅と酒を飲むのは楽しい。だから、つい口数が多くなる。ついでに財布の紐も緩くなる。


「……お前は人の懐に入るのが上手すぎる」

「生きる術だよ。旅人ってのは、そうやって世間を渡るもんだ」


 一緒に飲むようになってから二人はいろいろな話をした。だが、景葵について白雅がこれまでにわかったことといえば、歳は二十七。仕事が恋人の独身貴族。だからといって貴族の出というわけでもない。それくらいだ。


 景葵の話のほとんどは仕事に関するものだったし、白雅もときどき旅の話をするが、基本的に興味関心が偏っているので、色気もなにもあったものではなかった。


「今度は僕も混ぜろ」

「おや、お子様に酒はまだ早いんじゃないか?」

「誰が飲むと言った? 僕は飲まない。飲むのはお前たちだけだ。お前たちが酒を飲むところを見てみたい」


 灯李の言葉に、白雅はやや顔を引き攣らせた。


「いや、見てもあんまり面白くないと思うが。普段の会話の延長みたいなものだし、いつもと違うところといっても、強いて挙げれば、景葵がいつもより饒舌になることくらいか」

「景葵が饒舌に? それは面白いことではないのか?」

「それはもう、武芸に馬術に兵法に……語らせるとキリがない」

「……確かに、あまり面白くはないな」


 思わず口元をへの字に曲げた灯李に、白雅は苦笑を返した。景葵がゴホンと咳払いで誤魔化す。


「殿下、我々にお話があるのでは?」

「あぁ、そうだった。実は近頃、武官たちが見違えるほどに腕をあげているとの話を父上がお聞きになられてな。ならば、なにか目標があるほうがやる気も出るだろうということで、久々に御前仕合を開催してはどうかという案が出た」


 灯李の声に、部屋の空気がわずかに引き締まった。景葵も白雅も目を丸くする。


「御前仕合、ですか? ですが、殿下。武官も多いので事前に篩にかける必要があるのでは……」

「それは僕も考えた。だから、話し合った結果、参加者に推薦枠と一般枠を設けることにした。推薦枠は父上と僕と、主立った重臣たちが推薦する武人だ。父上はご自身の近衛隊長である千梨センリを、僕は景葵を推薦した。他にも三名ほど推薦されている。いずれも隊長格ばかりだ」


 主に推薦されたと知って、景葵は軽く頭をさげた。


「それは……大変光栄です」

「一般枠はどうなるんだ?」

「事前に勝ち抜き戦をしてはどうかという話になった。公平を期すため僕も立ち合う」


 勝ち抜き戦という言葉に、白雅が紅い瞳を煌めかせた。


「それは私も参加できるのか?」


 すっかり乗り気の白雅はワクワクする気持ちを抑えきれない。灯李が微笑んだ。


「僕は最初からそのつもりだった。ただ、一般枠を勝ち取るには武官十人を勝ち抜く必要がある。できるか? 白雅」

「愚問だな」


 白雅がニヤリと笑う。その凶悪な笑みに、景葵は武官たちの辿る悲惨な命運を悟って、軽く瞑目したのだった。


 そして、迎えた勝ち抜き戦当日。審判係の役人が声を張りあげた。


「では、ただいまより一般枠選抜仕合を始める。規定は事前に通達した通り。武器防具は自由。ただし、殺しはご法度。各々よく考えて武器を選ぶように。降参するのも自由だ。降参した者へのさらなる攻撃は失格とする。それでは、御前仕合への出場を志願する者は前に出るがいい」


 白雅は間髪入れずに前に進み出た。すると大きなどよめきが起こり、前に進み出ようとしていた武官たちが慌てて皆引っ込んでしまった。


「どうした? 一般枠は三人分ある。他に出ようと思う者はいないのか?」


 灯李が見かねて口を挟んだが、もう誰も前に出ようとはしなかった。


「……致し方ありませんな。候補者は白雅一人とする。では、その出場を阻止せんとする者は十人、前に出よ」


 場内に沈黙が満ちる。誰一人、前に出ようとはしない。審判が焦れて檄を飛ばした。


「誰もおらんとは情けない! 貴様ら、それでも誉れ高き王宮武官か!」


 だが、それでも誰も動こうとはしなかった。沈黙が苦しくなってきた頃、微かな笑い声が起こった。声の主は白雅だった。


「いやー、まぁ、お前たちの気持ちもわからんではないが、このまま誰も剣の相手をしてくれないというのはあまりにも残念すぎるんでな。よっし、お前ら全員、束になってかかってこい。久々に遊んでやるよ」

「な……なにを勝手な……!」


 思わず目を剥いた審判に、灯李は苦笑して一声かけた。


「好きにさせてやれ」

「しかし、殿下……」

「いいから」


 一方で、白雅は準備万端、戦闘態勢を整えていた。


「来ないならこっちから行こうか。もちろん無差別にな」


 その言葉に、弾かれたように武官たちの雄叫びがあがった。皆、気が狂ったかのように白雅に襲いかかる。


「なんだ、やればできるじゃないか」


 冷静そのものの声で白雅が呟き、双剣を抜いた、そのわずか四半刻後。そよ風が吹き抜ける練武場で、立っているのは灯李と審判、そして白雅だけになっていた。足元には昏倒したり負傷したりで呻く武官たちが累々と転がっている。


「白雅のヤツ、あんなにちっこいのにな……」


 太刀打ちできずに倒れ伏した武官たちのかすかな囁き声が風に紛れて消える。


 あっという間の出来事に、審判は大きく目を見開いて金魚のように口をパクパクと開閉させていた。


「……っと、こんなもんか。約束通り誰も殺していないからな」


 白雅が外套の下でニヤリと笑えば、灯李が会心の笑みを浮かべた。


「見事だ、白雅。これで文句はないな? 審判」

「は……はい!」


 思わず直立不動で敬礼した審判に若干気の毒そうな視線を向けてから、灯李は宣言した。


「では、白雅以外の武官は戦闘不能とみなし、一般枠での出場者は白雅一人とする。皆、今後も鍛練に励むように」


 こうして、白雅はたった一人の一般枠として御前仕合に出場することになった。


 その御前仕合が、やがて桜花国の運命を揺るがすことになるとは──その場の誰ひとり、想像すらしていなかった。

2025/11/24

大幅に加筆・修正しました。

2025/12/09

加筆・修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ