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旅の仲間

 すぐに霊王山に向かうのかと思いきや、大きな町を目指す、と白雅は言った。忉李は首をかしげて尋ねた。


「なぁ、白雅。町や村を避けて、まっすぐ霊王山に向かったほうがいいのではないか?」


 だが、白雅は困ったように頬を掻いた。


「いや、そういうわけにもいかないんだ。ちょっと人を捜しているのさ。古い知人なんだが、そいつは賑やかな場所が好きでね。どの道、山に入るのならきちんと準備をしなければならないし、大きな町を目指したほうがいい」

「……どうしても、その者が必要なのか?」


 景葵の問いに、白雅はためらいなく頷いた。


「非常に博識なヤツでね。伝承や伝説の類ならアイツの守備範囲だ。霊王山に入るのなら、まずはアイツを捕まえないと」


 そこで白雅は一旦言葉を切った。


「本業は呪術師なんだが……まぁ、賭場で見つかるよ」

「……なんだか不安になってきた」


 ぼやく忉李に、白雅は苦笑を浮かべた。


「まぁ、そう言うな。悪いヤツじゃないんだ。ただ少し遊び人だというだけで……」

「それは充分、不安材料だ」

「……そうかもな。だが、腕は確かだ。心配せずとも、賭場には私一人で入るさ」


 心配するのはそこじゃない、と忉李と景葵はツッコミたかったが、地図と睨めっこしている白雅には言っても無駄だとわかっている。


 先ほどからなにをしているのか、小さな水晶柱に細い紐を括りつけた物を地図の上でぶらさげている。ときどきそれをゆっくりと水平に動かしながら、顔をしかめている。地図の上で振れるたび、紐に結んだ水晶柱が淡い光を帯びた。


「うーん、移動したか……と、なれば……」


 ときおりわけのわからないことをブツブツと呟いている。ややあって、白雅は地図を畳むと水晶柱をしまい込んだ。


「おおよその位置は掴めた。幸いにも霊王山に近い町へと移動しているようだから、そこに向かおう」

「ちょっと待て。今ので何故、わかるんだ?」

「あぁ、さっきのはそいつから教えてもらった呪術のひとつでね。目的の人や物を探し出すのに役に立つんだ。竜神相手には、とんと役に立たなかったがな」


 すぐ目の前で呪術が行使されていた事実に、忉李と景葵は目を丸くした。


「そんな呪術もあるのか……もっと恐ろしいものかと僕は思っていた」

「うん? 呪術にもいろいろある。善意によって行われる呪術は白呪術、悪意を持って行われるのは黒呪術という呼び方をしたりもするんだ」

「その知り合いとやらは、どちらの部類に入るんだ?」


 景葵が訊くと、白雅はうーんと首をかしげた。


「術の種類と違って、呪術師のほうはそう簡単にわけられるものじゃあないよ。アイツは黒呪術にも精通しているが、かといってそれを実際に行使するかどうかは別の問題だからな。基本は白呪術師だと思っていていいが」

「なるほどな」


 景葵が頷く。そのへんは、薬草が毒にも薬にもなる、という理屈と通じるものがあるためわかりやすい。その力が誰かを守るものになるか、誰かを傷つけるものになるかは、行使する人間次第ということだった。



 近隣の村の厩舎で馬を二頭借りると、霊王山に一番近い大きな町を目指す。忉李がいるため、道々休憩を挟んだ。忉李の息は大きくあがっている。


「た……旅がこんなに大変なものとは、知らなかった……」

「全は体力がないな。まぁ、仕方ないが」


 馬の背に揺られているだけでも、忉李の体力は容赦なく奪われていく。馬が少し速歩になるだけでも、体力はさらに削られた。休むたびに、泥のように眠っている。


「だが、体力のある我々によくついてきている」

「そうだな。アイツも体力があるほうとは言えないから、ちょうどいいかもしれないな。アイツ、子供好きだし。私もよく可愛がってもらった」


 白雅が呪術師とやらの話をするのは、景葵にとっては面白くない。だが、情報は必要だった。


「いったいいくつなんだ?」

「んー、確か三十三だ。景葵よりも六つ上だな。全とは親子で通じそうだ。心配しなくてもアイツは派手だからな。すぐにわかるよ」


 白雅はおかしそうに笑うが、景葵は眉根を寄せた。


「名前は?」

紫闇シアンだ。自分で名付けた名前らしいが、聞くだけで悪そうな感じだろ? 気に入っているらしい」


 景葵には、どうにも信用しづらい人物に思えた。本当に腕利きの呪術師かと疑いたくなるが、白雅が言うからにはそうなのだろう。そういう類の嘘をつく人間ではないことくらい、承知している。


 休み休み、ようやく辿り着いた大きな町の空気は湿っていた。香と煙草の匂いが入り混じり、遠くで賽の音が響く。夕暮れに赤く滲んだ提灯の列が、町の入口を照らしていた。


 馬を厩舎に預けると、白雅はさっさと必要なものを買い集めて、賭場を見つけて中に入っていってしまった。行動を決めかねて迷っていると、忉李が口を開いた。


「ここにいても仕方がない。僕たちも行こう」

「わかりました」


 白雅のあとを追って、賭場の中まで入る。扉を開けた瞬間、むっとする熱気が押し寄せた。


 煙管の煙がくゆる店の中で、人相の悪い男たちがジロジロと忉李と景葵に視線を向けてくる。明らかに場違いだったが、白雅が気にした様子はない。店の入口にいた男に白雅は声をかけた。


「すまない、人を捜しているんだ。紫闇という名の賭博師を知らないか?」


 男は白雅を品定めするようにジロジロと眺め回すと、無言で奥の席を示した。


「ありがとな。これ、とっといてくれ」


 男の手にいくらかの心づけを握らせると、白雅は奥の席へと無遠慮に進んでいった。


 薄暗いそこには、店の中でもひと際派手な格好をした人物がいた。


「こんなところにいたのか、紫闇。捜したぞ」


 白雅が声を掛けると、その人物は振り返った。白雅を見て歓声をあげる。


「アラ、白雅じゃない。久しぶりねぇ! 相変わらず可愛いわー! どうしたの? アタシを訪ねてくるなんて珍しい……」


 その人物は、忉李を見るなり、グイグイと身を乗り出してきた。


「いやーん、可愛いー! ちょっと、白雅どうしたのよ、この子! ついにどこからか攫って来ちゃったの!?」

「お前と一緒にするな、紫闇。この子は全。こっちの男は景葵だ」

「ふーん、全、ねぇ」


 意味ありげに流し目を送る派手な人物に、忉李はすっかり驚いて景葵の後ろに隠れてしまった。


「紹介するよ。コイツが呪術師の紫闇だ」

「よろしくネ!」


 紫闇は、艶やかな長い黒髪を揺らし、扇で口元を隠しながら笑った。その仕草は、褐色の肌色も相まって場末の賭場にはひどく不釣り合いだった。目元の化粧が夜の蝶のように艶やかだ。


 化粧も装いもとにかく派手で、呪術師の心象がずいぶんと変わってしまう。


 白雅はポカンとしている景葵と忉李に苦笑を返すと、自分より長身な紫闇の肩を軽く叩いた。


「こんななりだが腕は確かだ。さ、揃ったところで行くか」


 景葵は思わず息を呑んだ。これが白雅の言う『腕利き』か。予想の斜め上だった。


 その一方で、忉李は心許なげに白雅を見つめ、結局、小さく頷いただけだった。


「アラ、アタシはまだ行き先を聞いてないわよ?」

「聞かずとも先刻承知だろ? わざわざこんなところにいるくらいなんだ。事情も粗方知っていると見たが?」


 白雅の言葉に、紫闇は白雅にしな垂れかかると艶冶に笑った。


「アタシが知っていることと、白雅の考えていることが一緒のものとは限らないだろう? だから、とっととお話しよ」

「わかった。道々歩きながら話すよ。荷物は宿か?」

「そうよ」


 にっこりと頷く紫闇に、白雅も笑った。


「じゃあ、取りに行こう。ついでに全を寝台で休ませたい」

「わかったわ。こっちよ」


 紫闇に連れられて宿まで向かうと、白雅は紫闇に忉李を任せ、景葵と二人で宿の外に出た。


 路地には雨上がりの匂いが残り、石畳に薄い霧が漂っていた。


 気配を頼りにあっさりと五、六人の刺客を見つける。二人が動いたときには、刺客たちはすでに地面に転がっていた。町中で騒ぎを起こして目立ちたくなかったので、路地裏でこっそりと締めあげた。


「やはり尾行つけられていたか」

「あぁ。おおかた関所からついてきた輩だろうよ。おそらく通行手形でバレたんだ。ってことは、お前たち二人がこの国に入ったことは、王にはすでに知られていると思ったほうがいいな」


 この国では、他国の者の移動は厳しく管理されているのだ。


「すまない、不注意だった」

「気にするな。とはいえ、ほかの手形を得る術もなかったんだろ? 仕方がないさ」


 宿に戻ると、忉李は寝台でぐっすりと眠っていた。手足の包帯は紫闇の手で清潔なものに取り換えられている。小さな灯火が忉李の寝顔に柔らかな影を落としていた。


「ねぇ、白雅。この子の名前、本当は『全』じゃないんだろう? アタシの目は誤魔化せないよ」


「ちぇ、いい名前だと思ったんだがな。まぁ、お前に嘘をつく気はないよ。その通りだ。本当の名前は『忉李』」


 紫闇は満足そうに笑った。


「んふふ、やっぱりね。そうだと思ったんだ。この可愛い子がねぇ……しかも、こーんな難病背負っちまってるしさ。それで? どうやって知り合ったんだい?」


 白雅は出会いの経緯を簡単に説明した。黙って話を聞いていた紫闇は、話を聞き終わるとため息をついた。


「なるほどねぇ。それで霊王山に登ろうって言い出したわけね。そろそろ来るだろうとは思ってたけど……まさか、こんな形になるなんて。しかも、この子はアンタを心配してついて来ちまったんだろう? 罪な話じゃないか」

「……今の話のどこが罪なんだ?」


 首をかしげる白雅に、紫闇はコロコロと笑った。


「アンタはわかんなくていいの。大事なのは……この子がこの国に命を狙われてるってことだろう?」

「あぁ。だから、できればすぐにでも発ちたい。だが、我々と違って全には体力がない。休息は必要だ」


 白雅の視線が眠る忉李に向かう。元々十二歳にしては小柄な忉李だが、寝顔はそれ以上に幼く見える。


「アタシだって体力はないけどね。この子はそれ以上だよ。連れて行くのにはお荷物だ。それでも……」

「全が一緒に行きたがっている。景葵はそれを尊重したんだと。普段言わないヤツに頼まれたら、断れなかった」

「それで、アンタが同行を許したわけね。珍しいと思ったんだよ。アンタは、駄目なことは駄目、ってきちんと言う子だからさ」


 白雅がふいと視線を逸らした。照れているのだと、紫闇と景葵はすでに知っている。


「……とにかく、次に全が目を覚ましたら、ここを出るからな。紫闇も今のうちに身体を休めておけ」

「はいはい。アンタたちもね」


 紫闇はバチッと景葵に片目を瞑ってみせたのだった。



 女呪術師・紫闇を仲間に加え、支払いを済ませて宿を出ると、夜が明けきらぬ空に、淡い靄がかかっていた。旅の再開にしては、少しばかり静かすぎる朝だった。


 街はまるで眠っているかのように静かだ。


「山で馬は使えない。だが、麓までは馬で行って、そこから先は歩こう」


 三頭の馬を厩舎から調達すると、霊王山の麓にある最寄りの村まで馬を走らせる。忉李はもっぱら景葵の馬に乗っていた。


 景葵と一緒に戦っていて白雅には気づいたことがあった。景葵の戦い方は、一対一の戦いに慣れた者のそれだった。白雅のように、一対多数の戦いを目的としたものではないのだ。乱世を生き抜いてきたわけではないので、仕方がないといえば仕方がない。


 だから、白雅の手が空いているほうが、多数の追手に対応するには便利だった。景葵もそれを自覚しているのか、忉李を守ることに徹していた。


 一方で、景葵は感心していた。一見すると戦えるようには見えない紫闇だが、実は実戦慣れしており、弓や毒針、目眩ましを駆使して、自分の身は自分で守っていた。しかも、驚くべきことに、弓を扱えるのは紫闇だけではなかった。


 景葵は武官の嗜みとしてもちろん弓を扱うが、白雅もまた弓を扱うのが巧みだった。矢がもったいない、とめったなことでは使わなかったが、揺れる馬上からの正確な弓射は王宮の武官たちに見習わせたいほどだった。


「ずいぶんと慣れているんだな」

「昔は、よくこうして三人で旅をしたもんさ。白雅とアタシと……」

「師匠のことはもういいだろ? 紫闇」


 紫闇の声を白雅がやや唐突に遮った。白雅の手綱を握る指がわずかに強張った。


「はいはい、そうだったねぇ。薄情にもアタシのところにアンタを放り込んで以来、出て行って帰って来ない男なんざ、どうでもいいさね」

「……わざと言ってるだろ、それ」


 白雅が拗ねた。

2025/11/28

公開しました。

2025/12/11

加筆・修正しました。

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