“乙女ゲームの世界に転生した俺は、知らぬ間にシナリオを変えていました。”関連
乙女ゲームの世界に転生した俺は、知らぬ間にシナリオを変えていました。(後日談)
「?! ななな、なんてこと!!!」
とある国にある城の一室に、叫び声にも似た大声が響き渡った。大声を上げた人物は書簡の端を両手で持ったまま立ち上がり、わなわなと震えている。しかし、そんな大声が上がったにも関わらず、その部屋には誰も訪れることはなかった。通常なら、城の一室でそんな大声が上がれば、騎士や使用人が、「何事ですかッ?!」と大慌てで訪れることになるのだが……。
今、大声を聞き付けた者たちの頭の中には一つのことを思っているに違いない。「ああ、またか……」と。
その人物が大声を上げるきっかけとなった原因の書簡には、要約すると、こう記されていた。
“【ゼクスィート王国】第三王子アレクセイ・ゼクスィートと、同国の公爵家御令嬢レイリーナ・ジクマリンの婚約式を行う。ついては、その式に出席されたし“と。
「……不覚だわ。もっと早くに行動に移すべきだった」
大声を上げたその人物は心底悔しそうにポツリと呟いた。
人物の名前はステファニー・センバール。アレクセイが通う“センバール魔法学院”がある隣国——【センバール皇国】の第二皇女だ。彼女は少し……いや、大分お転婆な性格をしており、多くの者の手を焼かせるじゃじゃ馬姫、もしくは猪姫として、城に勤める者には認識されている。そんな彼女だからこそ、叫び声を上げたところで、誰も部屋には訪れることがなかった。だが、ステファニーは貴賤問わず誰にでも優しいので、慕われていたりもするが。
そんなステファニーが、書簡を読むや否や、大声を上げた理由。それは彼女の思い人がアレクセイだったからだ。将来的には、彼の妻におさまることを密かに画策していたのである。そんな計画が実施前の段階で頓挫してしまったのだから彼女の胸中は推し測るべき……
「いえ、まだ手はあるわ! 隣国は確か第二夫人まで持てるはず!」
……いや、その必要はないようだ。彼女は非常にポジティブシンキングなのである。
「そうと決まれば、早速訪問よ! もし、アレクセイ様に相応しくない者なら追い出してやるんだから! 頑張るのよ! ステファニー!」
ステファニーは拳を突き上げた。そして、彼女の近くで控えていた侍女の方を向くと、
「ケリー! 今すぐに馬車と護衛を準備なさい! 一緒に【ゼクスィート王国】に向かうわよ!」
と言った。ケリーと呼ばれた侍女は面倒くさそうな態度を隠そうともせずにステファニーを見る。
「……それ、私も行かないとダメでしょうか? 明日、予約していた本を取りに行く予定なのですが」
「当たり前でしょう! というか本と私の恋路、どちらが大事なのよ!」
「本ですね」
「即答!? せめて少しくらいは悩みなさいよ!」
「いえー、一年の猶予があったのに全く気持ちを伝えられないヘタレ主人の恋路を優先していたら何もできないではないですか。私も散々協力して差し上げましたのに」
「ぐふっ。言葉の刃が痛いわ……」
そんなことを言いながら、ズーンという音が聞こえてきそうな様子で落ち込んだステファニーを見て、ケリーは一つ溜め息を吐く。そして、
「はぁー。分かりましたよ。しょうがないので付いていってあげます」
と言った。なんだかんだ言っても、ケリーは主人であるステファニーを敬愛しているのである。言えば調子に乗るのが目に見えているので決して言わないが……。
「ほんと?」
ステファニーが上目遣いでケリーを見る。この様子を見れば、大抵の男は落ちるだろう。ケリーはそれを見て、「なんでアレクセイ様の前ではその姿をみせられないのだか……」と内心思う。しかし、自らの主人が好きな人の前ではつい空回りしてしまうのを知っているので、それを要求したところで本番では失敗することが目に見えている。そのため、その思いは封印する。そして、協力する代わりに一つの条件を告げる。
「ですが、条件があります」
「な、なによ?」
「ちゃんと姫様の気持ちを伝えてくださいね?」
「うぐっ。が、頑張るわ」
ケリーは、情けない声で返事をするステファニーを見て苦笑いすると、早速馬車と護衛の手配をするために部屋を後にした。
♦︎♦︎♦︎
ステファニーとアレクセイの初出会いは今から約一年前まで遡る。
事の発端は、アレクセイが【ゼクスィート王国】にある【ゼクスィート魔法学院】ではなく、【センバール皇国】の皇都にある【センバール魔法学院】に入学が決まったことにある。
そして、それに際して、皇城にて歓迎パーティーが開かれることになったのだ。
ステファニーとアレクセイはそのパーティーで出会ったのである。今までも、同盟国同士ということで王族同士の交流というものはあったが、それらは今代ではまだ王や王妃、王太子までの交流までにとどまっていた。
故に、ステファニーとアレクセイはこのパーティーが初めての顔合わせとなった。
そして出会った二人であったが……一目見た瞬間にステファニーはアレクセイに恋をしてしまったのである。いわゆる一目惚れというやつだ。
もし、ステファニーが恋愛に長けた女性なら言葉巧みに自らを売り込み、印象付けることまでは容易であっただろう。しかし、ステファニーは初心だった……。初めての感情に戸惑ってしまい、挨拶ではどもりまくった上に噛みまくり盛大に失敗してしまったのである。だが、ある意味、印象付けるということには成功した。
それ以来、三ヶ月かけて普通に話せるようになり、なんとか名誉を挽回? することができたわけだが、一年経っても気持ちを伝えることはついぞ叶わなかった。
そんなこんなで過ごしているうちに先を越されたわけである。
そして、ステファニーが書簡を受け取った翌日。彼女はケリーが用意した馬車へと乗り込み、意気揚々と【ゼクスィート王国】へと向かうのであった。
♦︎♦︎♦︎
ここは【ゼクシィート王国】の王城中心部にある庭園。
その場には【ゼクシィート王国】の第三王子アレクセイ・ゼクシィートと、その婚約者レイリーナ・ジクマリンがお茶会を開いていた。参加しているのは二人だけの小さな小さなお茶会だ。婚約者同士は、定期的にこのようなお茶会を開く。そうやって徐々に仲を深めていくのだ。
「殿下。お茶会の途中に申し訳ありません。お伝えしなければならないことがございまして報告に上がりました」
そんなお茶会の最中、一人の兵士が近寄って来、アレクセイに声をかけた。
「なんだ?」
「はっ! 現在より半刻後、隣国――【センバール皇国】よりステファニー・センバール様がお越しになられます。つきましては殿下に対応していただきたく伝令に参りました」
「ステファニー殿下が? 用向きはなんだ?」
「不明です。ただ、アレクセイ殿下にお会いしたいとだけ……」
「分かった。到着されたら、こちらに案内してくれ」
半刻という時間ではもてなす準備はできない。そこで、この場をそのまま利用しようとアレクセイは考えた。
兵士はアレクセイとレイリーナに頭を下げると、その場を後にして持ち場へと戻っていった。
「リーナ。悪い。今日はここまでみたいだ」
「いいえ。勿体ないお言葉です。……それでアレクセイ様。私もご同席させていただきたいのですが、よろしいですか?」
「うーん。まぁ大丈夫だろう。ステフは良いやつだしな」
「……愛称で呼んでいるのですね」
「? 何か言ったか?」
「いいえ。何も。ご許可していただきありがとうございます」
そして半刻後。
兵士が告げた時間通りにステファニーが姿を現した。彼女の後ろには彼女の乳兄弟であり、彼女の専属侍女であるケリーが付いていた。
「久しぶりね。アレク。ひと月ぶりくらいかしら?」
「久しぶりだな、ステフ。そうだな、大体ひと月だ」
「初めまして。私はレイリーナ・ジクマリンです。ステファニー殿下、お会いできて光栄です」
「こちらこそ初めまして。私はステファニー・センバールよ。よろしくね」
「……まぁ、まずは座ってくれ」
二人の挨拶が終わったタイミングを見計らってアレクセイが促す。ステファニーとレイリーナは席につき、彼女の後ろに控えていたケリーは、他の侍女が控えている場所に待機した。
「それで? 急にどうしたんだ?」
「そう! それよ! アレク! なんで私に黙って婚約者を迎えているのよ!」
「えっ? はっ? なんでステフの許可がいるんだ?」
「だ、だって……あ、あんなことまでされたのに」
「えっ? あんなこと? なんのことだ?」
「あんなことっていうのは……って! 恥ずかしくて言えないわよッ!」
あんなこととは唯、頭を撫でただけである。留学時に、ステファニーが泣いてしまうという、ちょっとした事件があった際に、つい昔にレイリーナにやっていた癖で撫でてしまったのである。
そんなことで恥ずかしがるぐらいにステファニーは初心だった。それに加え、彼女の国で信教されているとある宗教では、頭を撫でるという行為は家族、もしくはその伴侶にしか許されないとの教えがある。しかし、宗教の教えを、信者以外に知らせてはならないとの教えもあるので、アレクセイがそれを知る由はないが。
だが、この言い方では勘違いする者が出るのは必然であった。そして、その相手とは、アレクセイにとって一番勘違いしては困る人物でもあった。
「アレクセイ……さま。わた、私は気分が優れないので失礼します……」
レイリーナである。彼女はステファニーの話を聞いて、物の見事に勘違いをした。彼女は血の気の失せた顔をして、幽鬼のようなフラフラとした足取りで城の方へと向かっていった。
「待て! レイリーナ! 勘違いだ!」
浮気した男が恋人を引き留めるような声をかけるアレクセイであったが、レイリーナが立ち止まることはなかった。
モジモジと恥ずかしがるステファニー。勘違いをして半泣きで去ろうとするレイリーナ。彼女を追いかけたいが、客人として来ているステファニーを残すわけにもいかず、結果どうすればいいのか分からなくなってオロオロとしているアレクセイ。今、この場は混沌と化していた……。
「修羅場ですねぇー」
ただ一人。ステファニーの侍女にして、乳兄弟のケリーだけはノンビリとその光景を眺めていた。
この後、アレクセイがレイリーナの誤解を解き、機嫌を直させるのに苦労したのは言うまでもない。
♦︎♦︎♦︎
「アレク様! 私の勘違いで疑ってしまい、申し訳ございません!」
「いや、元はと言えば勘違いするような発言をしたステファニーが悪い」
「私は悪くないですぅー」
「全く……ケリー、しっかり手綱を握っておけ」
「申し訳ありません、アレクセイ様。私には無理というものです。人間に猪を抑えることは出来ません」
「……それもそうか」
「ちょっと待って! 私の扱い酷くない?!」
「「普通(だろ)(ですよ)?」」
「むう……」
弁解と仲直りを終えたアレクセイたちは、そのあと、一時間ほどのお茶会を楽しみ、やがてステファニーが帰る時刻となった。アレクセイとレイリーナは、馬車に乗り込む、ステファニーを見、内心安堵していると、馬車の窓から顔を出したステファニーが、
「アレク様を幸せにしないと許さないんだから!」
と、そう捨て台詞を吐いて国へと帰っていった。
「……嵐は去った」
だが、この猪皇女襲撃事件の五年後。【ゼクスィート王国】と【センバール皇国】両国の関係強化の一貫として、アレクセイの下にステファニーが輿入れしてくるのだが、そのことはまだ誰も知らない話なのである。