裏野ドリームランドのウワサ
ねえねえ、知ってる? 昔、この辺りに、小さな遊園地があった話。
……あ、知らない? そうか。じゃあ、教えてあげるね。
その遊園地は、『裏野ドリームランド』っていうんだ。夢と希望に満ち溢れた、魔法の王国――それがドリームランドだよ。
え、某ネズミの王国のパクリだろって? そんなことないよ。ここは、ウサギの王国だもん。
あ、ご紹介が遅れました。
ボクは、この裏野ドリームランドのマスコットキャラクター、ウサギのうーたんだよ。気軽に、うーたんって呼んでね――え、なに、目が笑っていない? そんなことないでしょ。ね、ほら、にっこーり。
そんなドリームランドだけど、悲しいかな、数年前に閉園になって、今はこの通り。使われなくなったアトラクションだけがぽつんと残って、「廃園になった遊園地」として、すっかり町のチビッ子やカップルたちから煙たがれる存在になってしまった。
どうして廃園になったのか知りたいって? ああ、それ訊いちゃうか……うん、まあ、そうだよね。気になるよね。
いいよ、教えてあげる。でも、この話を聞いたことで、今後、キミの身に何か起こったとしても、ボクは一切責任を持たないからね。
それじゃあ、聞かせてあげようか。
あの日、裏野ドリームランドに何があったのか。
ボクが知るすべての秘密を――。
* * * * *
思えば、あの遊園地には、昔からこんなウワサがあった。
『たびたび、子どもがいなくなる』
最初は、幼い子どもが、広い遊園地の中で迷子になっただけだろうと思われていた。だけど、その子の親が迷子センターに連絡して、閉園時間を過ぎても見つからないと気付いたときには、もう遅かった。
子どもは、二度と、お父さんとお母さんの前に姿を見せることは、なかった。
その数日後、今度は、また別の子どもが迷子になった。ご両親も、迷子センターの職員も、一生懸命探したけれど、やっぱり見つからなかった。
ひとり。またひとり――。
見つからない迷子の子どもは、いつしか『神隠し』と噂されるようになり、中には、「子どもの方から自主的に姿を消したのだ」として、ご両親の身元調査を始める者まで現れた。
テレビのワイドショーでは、連日この話題が取り上げられ、『現代に甦ったハーメルンの笛吹き男』だと、面白おかしく書き立てる記者もいた。
そういえば、子どもが消える前、遠くで小さな笛の音を聞いた、という人もいたっけ……。
奇妙な口笛の音だったとか、オカリナの音に似ていたとか、いや、あれはリコーダーの音だ、とか。いやいや、あれはピッコロだろう、とか。雅楽で使う横笛の音じゃないか、とか。そもそも、笛の音なんて聞こえなかったとか。
誰に聞いてもあいまいで、はっきりしたことは分からないのだけれど、とにかく、そんなウワサもあったってことだ。
それで、いなくなった子どもは見つかったのかって?
いいや、それが見つかっていないんだよ。ドリームランドが廃園になった今も、ね。
ウワサでは、子どもが行方不明になったから廃園になったんだろう、なんて言う人もいるけど。失礼しちゃうよね。
子どもは見つからなかった。生きている姿で帰ってくることも、遺体で発見されることも、なかった。
ただ、この事件は『遊園地で起きた神隠し』として、今も人々の心の中に残っているっていうだけさ。
* * * * *
ああ、そういえば、こんなウワサは知ってる?
ドリームランドの一番奥にある、大きな観覧車。『大きな』って言っても、もともとが小さな遊園地だから、一般的に言えば、大きいとは言えないかもしれないけれど。
その観覧車はね、夕方になると、一番てっぺんのゴンドラがゆらゆらと動き出して、奇妙な声が聞こえてくるらしいんだ。
本当に小さな、ささやくような声で。
「出して……」
ってね。
ウワサでは、廃園になった今も、時々聞こえてるらしいよ。詳しくは知らないけど、若い女性の声らしい。
それで、出してあげたのかって? あはは、そりゃ無理な話だよ。一番てっぺんのゴンドラだからね。観覧車を操作して、ゴンドラを一番下に持ってこなくちゃならない。
だけど、観覧車の鍵を持っている人は、とっくに亡くなっていて、鍵も行方知れずなんだ。何があったのかって聞きたくなるだろうけれど、こればっかりは、ボクも知らないから、勘弁してね。
でも、廃園になって、もうだいぶ経つっていうのに、どうやってゴンドラの中で生活してるのかな。食料とかもなさそうなのに。
ひょっとして、もう死んじゃってたりして! あれは、幽霊の声だったりしてね! うんと昔に閉じ込められた不運な女性が、廃園になった今も、こうして幽霊となって化けて出てきてるんだ!
……なんてね。ちょっと驚いた?
でも、怖いよね。夕方になると必ず聞こえてくる、奇妙な声。この夕方っていうのがさ、また不吉な予感を感じさせるね。
沈みかけた太陽が真っ赤に染まる、夕暮れ時。そう、死体から流れる血みたいに、真っ赤な色さ。辺りは薄暗くて、人は自分以外誰もいない。空だけがどんどん暗くなって、ふいに心細くなる、そんな時間。
昔から、こういう夕暮れの時間帯を『逢魔が時』って言うんだ。「魔物が出る」「災いが起きる」なんて言われて、不吉な兆候とされている。まさしく、『魔の時間』だね。
そんな『魔の時間』に、今日も、か細い声が響く。
「出して……」
誰も乗っていないはずの、観覧車の一番上。その正体は、誰も知らないんだけどね。
* * * * *
ねえ、キミは、メリーゴーラウンドって好き?
ボクは大好き! くるくる、くるくる。愉快なBGMに合わせて木馬が回って、おとなも子どもも、みんなが笑顔になる。
昼間のメリーゴーラウンドもいいけど、夜のメリーゴーラウンドも、またおすすめだよ。
ドリームランドのメリーゴーラウンドは、本体にイルミネーションの飾りが施されていて、夜になると、木馬の重みに応じて、全体がきらきらと光るんだ。ああ、「木馬の重み」っていうのは、単純に誰かが木馬に乗って、人間1人分の重さがかかっているってことだね。
夜、メリーゴーラウンドの乗客が定員いっぱいになったときなんかは、もうすごかったね。このメリーゴーラウンドの定員は30名なんだけど、30人分の人間(中には、付き添いの大人と一緒に乗っている赤ちゃんもいるから、それも含めれば、さらに何人かプラスすることになるけど)の重みが加わったイルミネーション。それは、もう、空のお星さまが落ちてきたかと思うほどに、輝いていた。
廃園になったのは、本当に残念だったなあ。だって、お客さんがいなければ、メリーゴーラウンドに乗る人もいない。乗る人がいなければ、メリーゴーラウンドのイルミネーションだって作動しないんだ。
え、なに? 今でもメリーゴーラウンドが光っているところを見た人がいるって?
まっさかあ! ないない。だって、あのメリーゴーラウンドは、乗客がいないと作動しないはずで……あれ、おかしいね。じゃあ、今も誰か乗っている人がいるのかな?
真夜中に。廃園になった遊園地で。
ねえ、どういうことだと思う? キミ、今度遊園地まで見に行って、ウワサが本当なのか確かめてきてくれないかな?
――それとも、幽霊の体重は、メリーゴーラウンドの動力に加算されるのかな?
* * * * *
キミは、『あっちの世界』って信じる?
……あっ、新興宗教じゃないよ。『あっちの世界』っていうのは、つまり、今、ボク達がいる世界じゃない別の世界――もうひとつの世界ってこと。
この世界とは別に、もうひとつの世界が存在して、両者は決して交わっちゃいけない。なぜなら、そこには『もうひとりの自分』がいて、決して交わることのない生活をしているからだ。
『もうひとりの自分』に会ってしまったら、どうなるのかって? それは分からないね。あ、でも、ひとつだけ方法があった。
夜、誰もいない部屋で、鏡と鏡を合わせて、その真ん中に立つ。すると、世界と世界のあいだに、別の世界が現れる。それが、もうひとつの『鏡の世界』。
偶然にも、ドリームランドには、真っ暗な部屋にたくさんの鏡をはめ込んだアトラクション――通称ミラーハウスがあった。
ミラーハウスは、入り口を入ってゴールまで歩いていくタイプのアトラクションで、ひとつの部屋に、ひとりずつ入る仕組みだった。おまけに部屋は恐怖感を煽るよう、わざと暗くしてあって、手に持ったライトの反射で、鏡に映った自分の姿が暗闇にぼやけて見えるんだ。
あ、そうそう、合わせ鏡もあったよ。これだけ鏡があるからね。それで、出るらしい。もうひとりの、『あっちの世界』の自分が。
合わせ鏡になった瞬間に、自分の姿を覗き込まなければ平気らしいけど、もし、目が合っちゃったら……。
「あなた、なんか変わったね」
「まるで別人みたい……」
ミラーハウスから出てきた人々は、これまでの知り合いに、そう言われることが多かったらしい。見た目は何ひとつ変わらないのに、中身だけが、そっくり別の人間になっていたかのような……。
ねえ、キミは、『入れ替わり』って信じる?
こっちの世界と、あっちの『鏡の世界』の自分が顔を合わせたとき、向こうの世界の自分が、こっちにやってきて、元の自分はそのまま、鏡の世界に閉じ込められてしまうってこと。
――もしかしたら、案外、変わったあとの姿の方が、その人の本性に近いのかもしれないけれど。
* * * * *
20XX年7月某日、明け方5時45分頃、廃園になった遊園地「裏野ドリームランド」付近で、身元不明の遺体が発見された。死因は絞殺、全身にはひどい切り傷と打撲痕があり、火傷痕もあるため、性別や詳しい年齢などは分かっていない。死亡推定時刻は、遺体の腐敗具合などから見て、昨夜2時30分頃。警察は未だ犯人を捜索中、遺体の身元についても捜査を続ける予定でいるとのことである。
* * * * *
20XX年8月●日、警察は遺体発見現場付近をうろついていた住居不定の無職・裏島夢田郎氏を殺人の疑いで逮捕した。
裏島氏は警察の取り調べに対し、「ボクはウサギの王国のうーたんだ」などと意味不明な供述をしており、身につけていたウサギの着ぐるみについても「これは着ぐるみではない」と断言。
調べによると、裏島氏は数年前まで、『裏野ドリームランド』という遊園地を経営しており、今は経営難と諸々の事情により閉園し、空き地となっている。
裏島氏は、先月の身元不明の遺体を含め、これまでに遊園地の跡地で発見された同様の数十件の遺体の暴行と殺害、及び『遊園地神隠し事件』の子ども達の誘拐を企てた疑いもあるとのことである。
専門家によれば、裏島氏は、いずれ死刑になるだろうとのことだ。
* * * * *
後日、裏島氏は裁判の判決により、正式に死刑となることが決定した。
しかし、死刑執行の前夜、裏島氏が拘留されている檻を見張っていた者が、奇妙な笛の音を耳にした。直後、か細い女の声で「出して……」と言うのが聞こえたそうだ。何事かと辺りを探ると、頑丈にかかっていた鍵が開けられ、拘留されていた裏島氏の姿が消えていたという。いつのまに持ってきたのか、部屋には二つの鏡があり、その二つは、『合わせ鏡』となるように向かい合わせで置いてあった。
結局、裏島氏の死刑執行は未遂に終わった。警察は、未だ裏島氏の行方を捜している。
* * * * *
やっほう、ウサギのうーたんだよ。驚いた?
え、裏島夢田郎氏? ……だれかな。ボクは、ウサギのうーたんだよ。
世間では、ボクのことを、いろいろ言っている人が多いみたいだね。でも、キミは惑わされないで。じゃないと、このあいだココへ来た『あの子』みたいに、大変なことになるかもよ。
ああ、何があったのかって? 知りたい? なら、教えてあげるよ。でも、その代わり、今後キミの身に何か起こったとしても、ボクは知らないからね。
聞かせてあげよう。
ボクと、ボクが知る『裏野ドリームランド』の秘密を――。