生きる意味を失った少年
『青年は部屋の片隅で頭を抱えていた。ひどく悩んでいたが、何に悩んでいるのかはっきりとしないのだ。
頭は割れんばかりに痛んだ。しかし痛みは青年に何も教えてくれない。
青年は本を手に取った。何に悩んでいるのかわからないときはこれを読むのが一番だ、そういう本を青年は持っていたのだ。開けて読むと、キリキリと痛む頭には理解不能の文字が並んでいる。「自由とは奴隷の思想である・・・」「人間の存在理由を演繹的思考から解き明かすことは不可能だ・・・」「読者に不快感を与えることを拒む著者は、迎合者であり太鼓持ちだ・・・」ぱたりと青年は本を閉じた。何かわかった気がしたからだ。
机に座るとノートを取り出した。日々、悩んでいることを書き出しているノートだ。ページを繰ればこう書かれている・・・。「悩んでいるふりをして、君は逃げようとしているにすぎない・・・」ノートは白紙のページへと開かれた。
そして、こう綴りはじめた。
”どうして、毎日ノートに自分のことを書きつづるのだろう。考えてもみたまえ。こうやって自分を分析しながら、ちっとも毎日は変わっちゃいないじゃないか!つまり、この書くという行為には、こういうことが含まれているのだ。まず、過去の自分を批判する。そうすることで昔の自分より優位に立ち、自分の成長を味わう。そうやって君は自分を批判する!結果的に何も変わってやしないのに!
だがなんということだろう、この批判すら、その自己陶酔そのものじゃないか!ああ、この偉そうな文体・・・・!”
青年はノートを閉じた。毎日繰り返してきたように。コートを着て、外に出た。
青年にはやることがない。学校に通っていたが、行く意味が分からなくなっていた。だからやめた。やめることは自由だと言って。
自由に青年は道を歩き回る。繁華街では需要と供給が繰り返されている。大人になれば、こういう場に身を置かなければならないのか・・・青年はぞっとした。青年はこう考える。
”しょうがない・・・。俺はみんなと違うのだ。贅沢とか、そんなものは分からない。生きることの意味も分からない。どうして俺は俺のために頑張らなきゃいけないのだろう?・・・こんなことを考えている人間が社会にまともに生きていけるはずがないだろう?そう。しょうがないんだ。これが自由なのだから。”
青年は自由に生きることを信条としてきた。自分の心にできるだけ素直になろうと努力してきたのだ。そのために自分は悩み苦しんでいる・・・他人とは違うのだ!みんな、この苦しみから逃げているにすぎない!、そう青年は心の中で綿々と続けた。自由は苦しい、と。
青年は、テレビに映るスポーツ選手を見つけた。電化製品を売る店のウィンドウにテレビがあったからだ。うれしそうに心境を語る選手に、青年はどこか興奮を覚えると同時に冷めていく思いがあった。そして足早にそこを過ぎ去った。
青年は焦慮する。喧噪の中で沈黙を保ったまま、どんどん進む。青年の目には何も映らない。たくさんの景色があるというのに、青年はどれも目に入らない。
そして、立ち止まったのはとあるビルの前である。
13階立ての、ビルだった。青年は屋上へと向かった。
空は青かった。鳥が羽ばたいている。自由だ!
青年にいまできる自由は、結局ここにしかないのだ。
ここから見える下界はどこまでも小さく見えた。自分がどこまでも高いところにいるように思えた。空を見ればどこまでも高いところが見える。きっと、あそこから見たら俺はきっとどこまでも小さく見えるんだろうな、青年はそう思うと覚悟を決めた。
すると背後から声が聞こえた。瞬く間に引っ張られ頬を叩かれた。どうやら掃除をしにきたおばちゃんのようだった。青年はうなだれた。おばちゃんの声はどこまでも遠い。青年は翼を失った鳥のように、ただただ縮こまるのだった。』
生きる意味を失った少年のノートにはそう書かれていた