序章
――寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!
聖ラグナリアの町の下町。その下町の中の一番廃れている場所から、更に奥へ進めば奴隷市場が開かれていた。一ヶ月に一度しか開かれないと言われる奴隷市場。珍しいものをここで披露し、そして金持ちの家目当てで競り落とされていく。
見せられ、晒され、売り、買われる。暗黙の見世物、市場として存在している。別名闇市場とも伝えられていた。表に出ることのない奴隷市場はこの場でしか存在しない。その為か、ラグナリアの外から奴隷市場を見たいがために来る者も多かった。
――今日も物珍しいものを持ってきました! さあさあ是非とも見ていって、買っていってください!
奴隷市場を取り仕切る者だろう、男は周りを見渡せる一段高く作られた古ぼけてしまっている小さな舞台から集まった人々に声を掛け、集まった頃合を見て布で仕切られた向こう側へと消えていく。暫くしてから、男は戻ってきたかと思うと手には鎖が握られている。
――今日の一つ目は……
高らかに、そして自慢げに男は話し出す。奴隷市場が今日も開かれた。
聖ラグナリアの中心から左、下町のそばに、比較的裕福な人たちが住むリリロア通りがある。下町は裕福とは言えない人々が集まっており、野蛮な人たちも多いとも聞けば、リリロア通りに住む裕福な人たちを妬み、憎む人も多い。そんな場所が隣り合ってせいなのだろう、問題も他の街に比べて多く起きる。
ラグナリアの都市内は複数の兵士部隊がそれぞれの治安を守っている。リリロアと下町の治安を守る兵士部隊は一つのみ。その部隊が頻繁に起きる問題を嫌々ながらも、今もどこかでしずめていることだろう。
「ふあ、ぁ……」
リリロア通りから下町へと向かう道をシエルはゆったりとした足取りで歩いていく。片手には空の瓶を持ち、時折あくびをもらしながら。
聖ラグナリアは見れば綺麗な景色が多い。外から旅人と称して見に来る者もいれば、移住したいと言う者も少なくはなく、その人々の力によって栄えてきた。しかしそれが悪い方向にも少しずつ動いていた。
それが下町が生まれた理由となり、奴隷市場が生まれるきっかけとなった。
「おー、テキーニャのおっさん。こんちはーっと」
「なんだ、シエル。今日もかい?」
「毎日一瓶分は飲まないと気がすまなくってな。メニーにゃ困ってないから安心しなよ」
「そりゃわかってるけどよお……ただでさえ〝ここ〟は下町だぞ? まーた面倒事に――」
「最近は面倒な事は起きてないって。んじゃこれ置いとくから、いつも通り届けておいてくれな」
テキーニャの店主に持っていた瓶を預け、下町の奥へと進んでいく。「おいどこ行くんだシエル!」と店主の声に進めていた歩みを止めて、顔だけを振り向かせにたりと店主に笑みを向けた。
真上にある太陽の日差しが、下町の家々の間からちょうど良くシエルを照らす。
「ちょーっと、闇市場に……ね」
それだけを言い、シエルは前を向いてまた歩き出して下町の奥へと進んでいく。肩で切り揃えられ、後ろで一つに結ばれた髪が微かな風によってさらりと揺れた。