連鎖 -butterfly effect- 23
廃屋ばかりが立ち並ぶ旧市街の一角。そこで、赤い火花が弾け、金属同士がぶつかる耳障りな音が響いた。
〈ファルシオン〉との出力差故か、黒色のMCーー〈ティエーニ〉は、大きく弾き飛ばされることになった。
そこにもう一機の〈ファルシオン〉が斬り込み、〈ティエーニ〉に剣を叩きつける。
鋭い一振りで剣を弾き返した〈ティエーニ〉の機体がふっと沈み込むと、しなるようにして剣が突き出され、ギリギリで対応した〈ファルシオン〉は、装甲に傷を作りながらも、後退した。
しかし、〈ティエーニ〉は絡み付いた蛇の如くそれに追従し、手に握った短剣を叩きつけて盾を砕いた。
そのタイミングで、味方を援護すべく突っ込んできた〈ファルシオン〉に応ずる形で、一つバックステップ。剣の間合いから離脱する。
「ちっ……殺しきれねェか」
〈ティエーニ〉のコックピットで白髪の男ーーシェパードは落ち着いた外見に似合わぬ、苛立たしげな舌打ちをこぼした。
〈ファルシオン〉の装備が、片手に騎士剣、もう一方の手に騎士盾という、騎士の一般的装備であるのに対し、〈ティエーニ〉の装備は小振りで幅広な短剣と、鋭く研ぎ澄まされた細い突きに特化した剣だった。
どちらも楽園では一般的装備ではなく、左に剣砕き、右に突剣という一見、奇異に見える構えであるが、シェパードはその剣術を実戦レベルで使い熟していた。
密度が高く、重く固い金属で作られた剣砕きによって、敵の剣を捌き、防御を崩し、突剣による刺突でわずかな隙をついて弱点を貫くという戦術は、ある意味では、シャルロット・フランソワの『二剣』に通ずるものがあるが、攻撃と防御が左右で明確に分割されている点では、どちらの手でも、攻撃と防御の双方を行える『二剣』とはまた異なるタイプの『双剣術』であると言えた。
「ここいらで退いてくれねェもんかねェ。デルフィン、そっちはどうだ?」
『厳しいですね、一機抑えるので精一杯です』
「っつーことは一機抜かれたか」
『……すいません』
「責めちゃねェさ。だが、ここを切り抜けねェと話にもならねェ」
援護の部隊は送ったが、先行した革命団の二人もあの戦力差では厳しいだろう。待ち構えるような陣形から挟撃や本陣奇襲を警戒し、部隊を送るのをためらい、結局、彼らの窮地を呼び込んでしまったのは彼のミスである。
結果として、大部隊相手に大立ち回りを演じる革命団、宙に浮いたチェルノボグのMC部隊、性能差ある奇襲部隊に数の差を圧して立ち回らなければならない彼ら、という構図が生まれてしまった。
戦力は分散され、相手の戦力にはまだ未知の部分が残っている。戦場の趨勢はほぼ決したと言ってよかった。
この時点でシェパードは指揮官として敗北していると言えよう。
とはいえ、戦略的に敗北していても、個々人の技量があれば、戦術的勝利を掴むことは不可能ではない。
逆に言えば、ここから先はすべてここの技量と、いかに速やかに敵を排除できるかにかかっていた。
「ちっ……」
〈ファルシオン〉は左右に展開すると、両側からピタリと息を合わせて剣を振るってくる。
左の剣砕きが堅牢であるのに対し、右の突剣は細く脆いことを利用された形だ。両側から同時に来る剣を、同時に捌くには、間合いが短い剣砕きとまともに剣を受ければ破損する可能性のある突剣では無理がある。
故に、シェパードは守りを捨てて攻めに出た。片方に自ら突っ込むことで、同時攻撃という相手の思惑を崩しにかかったのだ。
しかし、さすがに新型機を任せられる騎士といったところか、片方が回りこむような軌道を取り、同時攻撃から前後からの挟撃へと戦術を切り替える。
常に二方向から攻撃することで、シェパードの弱点を突き、確実に討ち取らんとする構えだ。その連携の淀みなさは、厳しい訓練を潜り抜けてきた騎士のもので間違いない。
しかしーー
「はっ、甘ェよ」
前方からの剣戟に対して、剣砕きを側面から叩きつけて砕き、斜め後ろからの斬撃を、後ろ手に伸ばした手首を返して、レイピアの柄の部分ーースウェプト・ヒルトを刃に絡めることで受け止め、さらに、捻って剣を欠けさせる。
勢いのまま砕けた剣を振り下ろす形になった〈ファルシオン〉に蹴りを叩き込み、欠いた剣を柄で受け流し、振り向きざまに、剣砕きを脳天に叩きつけて、さながらスイカ割りの如く、頭部を砕く。
ーーそれは死線を潜った強さではない。
確かに連携の練度も、ここの技量も高い。しかし、本物の戦場を生き抜いてきたシェパードの前には、そんなものは通用しない。
頭部に集中したセンサーを失い、〈ティエーニ〉を完全に見失った〈ファルシオン〉の脚部関節を砕き、武器を砕かれ、廃屋に突っ込んで瓦礫の山に沈んだもう一機も同じようにして移動能力を奪う。
「悪ィがこれも仕事でよ。テメェらはそこで寝てやがれ」
そう言い残したシェパードは、その場を離れ、もう一ヶ所、デルフィンが戦っている場所へと走り出し、10分も経たずにそこへ到達したシェパードは叫んだ。
「デルフィン、後ろだ!」
いつの間にか現れていたもう一機の〈ファルシオン〉。一機にかかりきりになっていたデルフィンは反応が間に合わない。
そして、〈ファルシオン〉の一刀が肩口から〈ティエーニ〉を両断した。
『団長……』
ジェネレーターを暴走させた〈ティエーニ〉が内側から弾けて爆散する。断末魔の悲鳴さえなかった。共に戦場を駆けた仲間はあっさりとその痕跡を消してしまった。
シェパードの脳裏を駆け巡るのは、仲間との思い出と、自分が依頼を安請け合いしたことへの後悔だけだった。
あの時、《フリズスヴェルク》という男の口車に乗せられるべきではなかったのではないか、もっと言えば、依頼人が、その素性も明かさないような怪しい依頼を報酬がいいからと受けるべきではなかったのだ。
そんな後悔が頭を駆け巡った。
「ちくしょう!」
思わず、そう叫んだシェパードを嘲笑うかのように、二機の〈ファルシオン〉が突っ込んでくる。
動揺が動きに出たのか、二機から繰り出される剣戟を捌くシェパードの動きはいかにも精彩を欠いている。
「くそっがっ!」
危ういところで飛びのいて剣を避ける。いつもなら余裕を持って対応できるはずの剣戟さえも、今のシェパードにとっては脅威であった。
飛びのいた〈ティエーニ〉に張り付くように、〈ファルシオン〉が付いてくる。シェパードの精彩を欠いた機動を抜きにしても、先ほど戦った〈ファルシオン〉のパイロットよりさらに腕がいい。
相手を逃さぬという意思を込めた刃が振るわれる。
まずい。喉が干上がった。
繰り出された鋭い剣戟を回避しきれないというのを、経験で理解できた。
その時、側面から高速で何かが突っ込んできた。MCなどを運ぶのにも使われる大型の輸送車だ。
ドリフト気味に、〈ファルシオン〉の脚部に、コンテナを叩きつけて、輸送車が静止し、衝撃を受けた〈ファルシオン〉の動きが乱れ、シェパードはその隙に剣を回避した。
「なんだってんだ!?」
驚愕をそのまま口にするシェパードの前で、コンテナを突き破って、鴉めいて漆黒に染め上げられた腕が飛び出し、〈ファルシオン〉の腹部を貫いた。
布を裂くようにコンテナを引き裂き、その内側から、一機のMCが現れる。
それは大望を抱きし、漆黒の叛逆の刃。
突き刺した腕を引き抜き、伝達系を破壊されたことでコンクリートの地面に沈んだ〈ファルシオン〉に漆黒にMCは蹴りを入れて吹き飛ばす。
「なるほど、悪くないねぇ、この新装備」
そして、そのコックピットで虹の如く揺らめく輝きを秘めたブロンドの少年は、
「さて、刺激的な舞台には違いない。エスコートをお願いしてもいいかな?」
残った敵を睨めつけ、獰猛に笑んだ。




