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noblesse;oblige  作者: 夏桜羅(原案・設定協力)、雪羅(原作・執筆担当)
第4章 連鎖 -butterfly effect-
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連鎖 -butterfly effect- 幕間4

 それは唐突な宣戦布告だった。

 夜明けから数時間、まだ太陽が昇り切っていない頃合いに、そのメッセージは、領都アガメムノンにある者たち全員へと伝えられた。

 突然、予定にないヘリが領都上空に現れ、こう告げたのだ。


「領都アガメムノンの住民の皆様、おはようございます。突然のご無礼をお許しください。わたくしは、ルイーズ・マルグリット・ラ・マレルシャン。

 ヴィクトール伯爵の訃報を受け、マレルシャン子爵家は独自に調査を行い、ヴィクトール領現領主を殺害した反動勢力に国家転覆罪が適応されると判断しました。よって、我が天馬騎士団の戦力を以って、あなた方を拘束します。我が騎士団の戦力は一個大隊規模、無駄な抵抗はしない方が賢明かと存じます。

 また、可能な限り、領民の皆様の安全には考慮するつもりですが、確約はできないということをあらかじめ、謝罪とともにお伝えしておきます。なお、騎士団の到着までの1時間の猶予を与えます。わたくしはこの期間に反動勢力の関係者が速やかに投降することを望みます。それでは皆様、また時を改めまして」


 一方的な言葉を突き付ける放送で、ルイーズ・マルグリット・ラ・マレルシャンがそれだけのことを言い終えると、メッセンジャー(搭乗していたのか、録音していたのかは定かではないが)のヘリは南の方角へと姿を消した。

 結果は劇的だった。そう、おそらくは革命団(ネフ・ヴィジオン)が掲げた勝利の凱歌よりも。

 騎士団、それは貴族の力の象徴。その存在をちらつかされたとあっては、それはどんな魅力的な言葉よりも、はるかに純粋で分かりやすい、プリミティブな感情を人々に与える。すなわち、死への恐怖である。

 その恐怖は、革命団(ネフ・ヴィジオン)が与えた貴族支配の脱却という勝利と、領民が参加できる革命政府という希望を容易く塗りつぶすだけの力を持っている。そう言わざるを得なかった。

 結局、大多数の一般人にとって、貴族とはやはり支配者であり、騎士団とは暴力の象徴であるのだ。長年の締め付けによって生まれた、刷り込みにも似たその考えに抗うことはできないのだろう。

 領都アガメムノン内は、一瞬で蜂の巣を突いたような騒ぎになった。己の命をチップにされた領民たちは、歓声と期待をもって迎えた革命団(ネフ・ヴィジオン)を狩る狩人と化したのである。

 それなりの広さがある領都内のどこに潜んでいるかも分からない反動勢力に対して、瞬時に、不特定多数の能動的には敵に回せない『敵』を作り出したルイーズの手腕は恐るべきものだと言えるだろう。

 何せ、守り導くべき民を敵に回せない革命団(ネフ・ヴィジオン)に取れる有効な手段は、ただ、逃げることしかないのだから。

 反動勢力を狩り出すには非常に有効な手段と評価せざるを得ない。後は、追い立てられ、有効な反撃の策を打てない革命団(ネフ・ヴィジオン)を、悠々と騎士団が捕らえるだけの話なのだから。

 男ーー《テルミドール》もまた、自らが身を潜めていた拠点を追われ、護衛とともに、旧市街の方角へと逃げていた。

 男の心中にあるのは、他の多くのメンバーが抱いているであろう恐怖や敗北感ではなく、感心めいた思いだった。

 人形師は糸の切れた人形が勝手に踊るのがどうしても気に食わないらしい。とはいえ、脚本を書き、役者を用意し、派手な演出をし、そうやって舞台を整えてきた、()にとっては、糸を切られて動けなくなったはずの人形が、舞台から退場せず、不恰好に勝手に踊り続けているのは、さぞ不快なことだろう。


「《テルミドール》、急ぎましょう。理性を失った領民に捕まってはどうなるか分かりません」

「ああ」

「しかし、騎士団とは……一個大隊規模に、彼らは対抗できるでしょうか?」

「私は可能だと確信している。彼らの力は本物だ」


 役が板についてしまったのだろうか。こんな時ですら、男は熱っぽい煽動家としての口調を崩すことはなかった。


「そうですね……彼らも修羅場を潜ってきた猛者です」

「そうだ。我々が信じなければ、誰も彼らを信じなどしないのだから」


 しかし、男は知っている。あのMCもまた、人形師が用意した役者に過ぎないのだということを。

 聞いた話では、傭兵として貴族領どころか、楽園(エデン)の外すら渡り歩いている猛者らしいが、その触れ込みがどこまで信用できるのかについては、計り兼ねている。

 ただ、傭兵団の団長だという男は、抜き身の真剣のような鋭い雰囲気を纏っていたことだけは覚えていた。

 その時、護衛から鋭い声が飛んだ。


「《テルミドール》、前から誰か来ます」


 そして、姿を現したのは、二人の男女だった。一人は黒いマントで人相を隠した女で、フードから溢れでる流麗な白銀の髪が目立っていた。もう一人は地獄の業火の輝きを時を止めて宿したかのような真紅の瞳をした少年だった。

 歳若く見える見た目の割には、その瞳の輝きは触れたものを切り裂きそうなほどに鋭利で、同時に強い意志を秘めた力強さを持っていた。

 ーー美しい……

 素直にそう思った。それこそ、《テルミドール》を名乗る男が持ち得なかったものだったからだ。少年は今まで誰よりもその強き芯を瞳に宿していた。

 しかし、男のそんな評価は口に出ることはなかった。なぜなら、護衛の男たちが、


「真紅の瞳の男……!?」


 と、泡を食って銃を向け出したからだ。

 そこで男も思い出した。昨日の会議で、真紅の瞳の男に尋問されたメンバーがいたはずだ。

 真紅の瞳の少年は、護衛の持った銃に目もくれず、少し驚いたような表現を見せた後、獰猛な笑みを浮かべ、


「無様だな。《テルミドール》」

「ちょっと……!」


 その一言に護衛が殺気立ち、相方のフードの少女が、少年を嗜めるように袖を引っ張った。


「待て」


 男は今にも発砲しそうな護衛たちを声と手で制すると、少年の紅い瞳を見つめた。

 知りたいと思ったのだ。その瞳に宿す輝きはどこから来たのかを。その輝きは、自分に何を見せてくれるのかを。


「君が、我々を探っていた『紅い目の男』で、いいのかね?」

「間違いじゃないが、おまえは、混乱した領民を置いて逃げるだけか? 大した指導者だな」

「貴様……! 口の利き方にーー」


 護衛の一人が再び銃口を向けようとした次の瞬間には、少年は護衛の間合いの内側にまで入り込み、上げようとした手を掴んでいた。


「主人の命令も守れないような駄犬は護衛につくべきじゃない」

「ちょっと、そんな暇ないでしょ!」

「確かに時間は惜しいが、ここで使う価値はゼロじゃない」

「そうかもしれないけど……」


 不満げな銀髪の少女に対し、少年はいたって淡白な態度で少女を突き放す。


「確かに私もこの状況には忸怩たる思いがある。しかし、この状況下では事態の収束を図るためにも、一度身を隠すしかあるまい」


 真紅の瞳の少年は、その言葉を失笑を持って迎えた。


「なるほど、操り人形には相応しいな。おまえはその程度の器だ」


 少年は腕を捻り上げていた護衛から銃を奪いながらそう言った。

 男はとっさに反復できなかった。全くもってその通り。否定などできないのだから。


「貴様! ここにいるのが誰だかわかっているのか!」


 怒り狂う護衛たちにも少年は冷たい目を向けるだけだった。男は、腕を捻り上げられても自分の味方してくれる護衛たちに申し訳なく思いながらも、少年に返す言葉を知らなかった。


「もはや隠す理由もない、か……」


 少年はそう独りごちると、男を見据えてこう言った。


「いずれにせよ、状況は収束させなければならない。それはいいな?」

「無論だ」

「じゃあ名乗らせてもらう。俺たちは革命団(ネフ・ヴィジオン)。後は俺たちに任せて、雑魚は引っ込んでいろ」


 少年は革命団(ネフ・ヴィジオン)と名乗った。その名の意味するところは、男のよく知る革命団(ネフ・ヴィジオン)ではないということはすぐに察せられた。


「おまえはこの状況を収束できないと言ったな? ならばそこで見ていろ。おまえが何を諦めたのかを。この状況は革命団(おれたち)が覆す」


 それだけ言うと、少年と少女は反対側へと走り去っていった。


「くっくっく……はっはっはっ……!」


 男は心の奥から溢れ出す愉快な思いを隠せなかった。

 彼らは本物だ。そしてその本物が、今を覆すと言った。

 これほど愉快なことがあるだろうか?

 偽物が作り出した、白けた舞台を、本物の役者が掻っ攫っていくなど。

 本当に愉快で仕方ない。


「そうか、だから君たちは戦うのだな……」


 口から溢れたのは革命闘士としてのそれではなく、本来の自分が持っていた言葉だった。

 自分の内に、初めて渇きが生まれたのを感じた。否、渇いていたということに今更気が付いたのだ。

 それは素直な欲求だった。彼らがなすことを見届けたいという、受動的な、しかしそれでいて、人形ではなく、役者として、舞台に出ようという強き意志だった。

 彼らにとってはきっと、この渇きこそが戦う理由なのだ。

 強大な権力に立ち向かい、覆さんとする反動の根源なのだ。

 思いはそれぞれ違うのだろう。

 秘めた渇望に同じものなどないに違いない。

 しかし、だからこそ、彼らは強くーー

 ーー己を信じ、戦えるのだ。


「《テルミドール》……?」

「いや……諸君、他のメンバーと合流を急ぐぞ。我々は我々の戦いをせねばなるまい」


 理解していた。男はそう遠くない未来に斃れるのだろう。人形に生命(いのち)は、心はあってはならないのだから。

 しかし、男は初めて感じたその熱情に身を任せていたかった。酔っていたかった。

 それが破滅へと向かう輪舞(ロンド)であると知りながらも。

 それは、歴史に残ることのない小さな反旗であった。

 しかし同時に、確かに意味のある行為であった。

 ーーさあ、叛逆を始めよう。

 ーーその先にある答えをみるためにーー

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